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雪うさぎ(夢と追憶の先の目覚め)

 真央は相変わらずそこにいて、かわらず眠り続けている。


 椅子をベッドのそばに寄せると、真央の手をとり、その顔を眺めた。


「真央、私行きたくないよ」


 独り言のように呟くと、ぽすっと真央のベッド端に頭を埋めた。


 さっき鞄に付けた匂袋の鈴が、微かにチリリンと鳴った気がした。


 そっと目をつぶると、雪の日、病院屋上での出来事を、思い出す。





 あの日、しんしんと降る雪は、あっという間に辺りを真っ白に染め上げていた。


 白い息が、膨らんでは消えていく。


 車イスに乗った真央は、薄く両目をすがめると、手についた雪を感慨深げにみる。


『今年も雪の季節がやってきたわね』


『そうだね』


『さすがにまだ、掴めるほどは積もってないわね。

 でも、冷たーい!

 あぁこれが全部、綿菓子だったらいのになぁ』


『そんなこと言って、ただお腹がすいてるだけでしょ』


“ぐうーっ” タイミンク良くお腹の音が鳴った。


『あははは……』


 目を閉じたまま、軽くお腹をさする真央は、苦笑いを浮かべている。


『だいたい、これ全部綿菓子だったら、ベタベタして歩けないじゃない』


『もう比奈は、夢がないなぁ』


『夢がなくて悪かったですね。

 でも、どうせ降るなら、私は飴が良いかな、もちろん包み紙とかに包んでるやつね!』


『えぇー飴が降るの? 当たったら痛いじゃん!』


『もう……真央こそ、夢が無いじゃない』


『……確かに』


ぷっ!


 気付けば二人で笑ってた。

 真央は目を閉じたまま、降る雪を集めるかのように両腕を広げた。



『比奈、雪が積もったら、また“雪うさぎ”つくるわよ』


『今年は真央に、負けないから』


『あら比奈さん、私に勝とうなんて百年早くてよ! 

 ぷっあははは……

 ……

 あーあ、笑った笑った。

 ……比奈、ありがとう。私行ってくるわ。おくってくれる?』


『うん』


 真央は振り切るように大きく息を吐いた後、決心したかのように、車イスで病室へと向かった。




 あの日のように、雪が降る。


 はらりはらりと……


 そしてそれは、濃度を深めていく。


 一寸先も見えないほどに降り続く雪の中、私はただ一人立ちすくんでいる。


 なにも聞こえず


 しんしんと降り積もる雪の、微かな物音だけが伝わる。


 両手を伸ばしても何もなく。


 誰もいない


 降る雪で、白く埋るだけ。


あぁ、またこの夢か


 最近この夢を見続けている。


 まるで終りの無い、白い雪の空間に閉じ込められたような、そんな夢を私は毎夜見ている。


チリリン


 鈴の音が聞こえた。


 けれどその音は、離れた場所から、聞こえてくる。


 私はまるで、雲の上を歩くように、ふわふわとした足取りで、その音のする方へと歩いていた。


 音に近づくほど足は重く、何故か胸も苦しくなった。


 でも、その鈴の音のする方へ、行かないといけない気がした。


 そう。どんなに苦しくても、会いに行かなきゃ


誰に?


 自問自答する。



 そしてグッと手を伸ばした先に、扉があった。


 私はなんの躊躇いもなく、その重い扉を開けていた。





 ボンヤリと映る視界は、徐々にその姿を現していた。


 膝を抱えて、うずくまるように、しくしく泣いている。


 あの、何事にも前向きな真央が、しくしくうずくまって泣いている。


真央!


 真央は、まるで聞こえていないかのように、泣き続けている。


『大丈夫きっとよくなるよ』

 真央の隣にもう一人の私、あの時の私がいた。


『……』


『え?なに?』


『……じゃあ代わってよ!』


『え』

 思わず固まる私


『だって、たとえ助かっても、身体動かなくなるかもしれないって。

 記憶が、おかしくなるかもしれないって。

 目だってこのまま、見えなくなることがあるって。

 そんな中途半端な身体で、どうやって生きてきけば良いのよ。

 寝たきりになるくらいなら、このまま死んだ方がましよ』


 真央は両手で頭を抱え込んだまま、叫ぶように訴えた。


『そんな……』


『比奈、あんたなら言えるの?

 身体が動かなくても、生きた方が良いって。

 記憶がおかしくなっても、目が見えなくなっても、生きた方が良いって言いきるれるの?』


『それは……』


『ほら、比奈だって嫌でしょ。私なんてこのまま死んだ方が良いにきまってる。お金だっていっぱいかかるし、みんなに迷惑ばっかりかけて生きていくなんて、耐えられない……』


“バシッ”


 頬を叩く小気味良い音がした。


 いつの間にか隣にいた人を見る。


『馬鹿なことを言わないで! 私より……母さんより先に死ぬなんて許さない。そんなこと絶対に許さないから、そんな親不孝なこと、言わないで!』


『お母さん……』


 涙をポロポロ流しながら、おばさんがたっていた。


 その後ギュッと、真央を抱き締めていた。


『お願いだから死ぬなんて言わないで、お母さんを一人にしないで。あなたがいなくなるなんて、あなたまでいなくなるなんて、私耐えられないわ』


 真央はなにも言わず、ポロポロ涙を流していた。


 そんな二人の側に立っていた、その時の私を見ると、何もいわずそっと病室を出て椅子に座り込んでいた。


 なにもできない自分に、敗北感と焦燥感で、心の中が一杯になっていたのを思い出す。


 溺れるように涙が溢れ、声を殺して泣く自分自身の姿をただ眺めた。



 ふわりともう一度真央の病室に入ると、先程までいたおばさんがいなかった。


 真央はベッドの上でうずくまり、頭を抱えていた。

何かぶつぶつとつぶやいている。


 今の私では気付かれないことを承知で、真央の側にそっと寄り添い、背中をさすった。


『比奈?』


 涙を貯めた真央が、私の方を真っ直ぐに見つめた。


 気付くはず無いのに、見えるはず無いのに、だってこれは、過去の記憶


あぁ……私の夢の中でもあるのか……



なに?真央


『私ね、比奈に酷いこと言ったよね。

 ごめん本当にごめんね。

 そんなつもりなんか無かった。

 比奈を傷付けるつもりも、お母さんを傷付けるつもりも無かったんだよ』


うん知ってる


 背中をさすりながら、話を聞く。


 夢なのに、とてもそうは思えないほど、真央のリアルな心を聞いているような、そんな気がした。


 だから私は、あれからいっぱい考えて、その時思ったことを、言ってみることにした。




「真央。あの時、私が同じ立場ならって言われたとき、答えられなくてごめん。

 真央が凄く辛いのに、なにもしてあげられなくてごめん。

 小さいときから私達、ずっと一緒だったよね。

 二人とも親が遅くまで働いてて、親のいない時間いつも一緒にいたよね。

 私、真央がいてくれたから、寂しくても我慢できたんだよ

 いっぱい喧嘩したけどさ、真央のお陰で幸せだったことの方がいっぱいあったんだよ。

 だから真央。真央がこの世からいなくなるなんて、私とても考えられないんだ。

 私の我儘かもしれない。

 でも、真央生きて

 絶対に死んだりなんかしないって、約束して

 私、真央の身体が不自由になっても、記憶がうまく働かなくなってしまっても、目が見えなくなっても、ずっと友達だから

 今までも、これからも

 だから手術は成功したって、信じてる。

 絶対、絶対大丈夫だって、後遺症なんて残んないって祈ってるから

 病気なおったらさ、また雪うさぎ作ろうね。

 毎年毎年作ろうね

 雪が降ったら作ろうね

 約束ね」




 真央は、私が話している間、ずっと黙って聞いていた。


『比奈ごめんね。本当にごめんね。

 私ね自分がこんなに弱い人間だったなんて思わなかった。

 だからあの時、比奈ぬ八つ当たりしてた。

 ごめん比奈、私のこと嫌わないで』


 真央はどんどん小さくなって、ポロポロ涙を流していた。


 そんな真央を、私はギュッと抱き締めた。


 夢の中のはずなのに、真央の体温や柔らかさを感じた。


「嫌ったりなんかしないよ。

 誰だってあんな状況、怖いにきまってる。

 だから自分を責めないで」


 溢れる涙を止めもせずに、真央は私をじっと見つめてくる。


『比奈ごめんね。お母さんごめんね。

 迷惑かけるの分かってるけど、私やっぱり死にたくないみたい。

 自分がこんな我儘だったなんて、知らなかった

 比奈、死にたくないよ。

 みんなの事、忘れたくないよ

 比奈、目覚めるのが怖いよ

 あれから、身体か動かなくなる夢みるの

 記憶がなくなって、ひとりぼっちになる夢みるの

 なにも見えてなくて、手探りで歩く夢みるの

 死んじゃって、自分のお葬式を見下ろす夢みるの

 どれも怖かったし、何より前以上みんなに迷惑かけてた。

 一人じゃなにもできなくて、誰かの助けがないと、ご飯も食べれないし、トイレも行けないの

 どんどん友達も離れていって、お母さんの負担も増えていって、たおれてた。

 あんな夢、見たくないのに、何度も何度も見るの

怖いよ比奈』


 ホロホロ泣く真央がどんどん小さく儚く見えた

周りが重苦しくなる。



チリリン



 鈴の音が鳴る。


 澄んだその音色で、苦しかった息がしやすくなる。


 ただただ暗く泣き続けていた真央も、その音に気がついたらしく、不思議そうにその音色に耳を傾けているように見えた。


「真央、大丈夫だよ。先生が手術成功したんだって言ってた。

 だから安心して起きて良いんだよ」


 言ってから私は、自分でなに言ってんだろうと思った


 でも


「真央、起きて目を覚まして、私待ってるから」


 なんの躊躇いもなく、そう口にしていた。



チリリン



 遠くで鈴の音がした。






 ハッと目が覚める。


 いつの間にか、私は眠っていたらしい。


 もしかしてと、淡い期待を込めてベッドに視線を向けた。


 真央は、相変わらず眠っている。



そうだよね、そんなにうまくいくわけないよね。



 私は自虐的に苦笑すると、窓の外を眺めた。


 降る雪が、窓の外枠に積もっていた。


 ふと、真央と作った“雪うさぎ”の事を思い出す。


 そっと窓を開け、積もった雪を一塊取ると、ちいさな“雪うさぎ”を作った。 


 ちょうど掌に乗るくらい。


 私はその“雪うさぎ”を、目を閉じ眠る真央の掌に、そっと乗せた。


「やっばり、一人で“雪うさぎ”作っても楽しくないや。また、二人で作ろうね」


 ひくひくと、“雪うさぎ”を乗せた方の指が動いた。


「……真央?気がついたの? 真央、真央!」


「……比奈…冷たい」


「うわぁ! ごめん、ごめん! 雪すぐどける!」


 慌てて“雪うさぎ”を窓の外枠に置くと、真央の方に向き直る。


「真央、気がついたの? 私が分かる?」


 真央は、私の方を見ると、にっこりと微笑んで見せてくれた。


 ナースコールを押し、真央が目覚めたことを知らせると、すぐに診察が始まった。


良かった良かったよ


 私はポロポロ流れてくる涙をそのままに、慌ててみんなに知らせると、一緒になってまた、涙を流した。




 真央は、足の感覚に少し違和感が残った。


 視力もかなり落ちたが、メガネで対応している。


「似合う? 知的な感じしない?」


 そう言って笑いながら、日々リハビリに励んでいる。


 再発を防ぐため、薬や定期的な検査は続くらしい。


 リハビリによる驚異的な回復を見せた真央は、がぜん将来の夢に向かって一生懸命頑張っている。


 私は結局2ヶ月後には、引っ越しすることになったけど、今も真央との連絡は続けている。


 引っ越す前、あのお店に行こうと頼りない記憶の糸を探り探り行ってみたけど、何度行っても見つからなかった。


 もちろん調べたネット検索でも、そんな店は無かった。


夢だったのかな……


 そう思いながらも、手の中にある鈴の付いた匂袋に、思いを馳せる。


“ぽつり”


 頬に冷たいものがあたった。


 ふと見上げる空に、白い雪が、ふわりふわりと舞い降りてくる。


「あぁ、雪の季節ね、また“雪うさぎ”作らないと」


 私はにっこりと満面の笑みを浮かべた。




END











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