第12話 巫女を巡る聖戦と、掻き消された神の御業
その日の世界の空気は、穏やかな凪の中にあった。
いや、正確に言えば、水面下では無数の小さな波が絶えず生まれ、ぶつかり合い、そして一つの巨大なうねりへと変わろうとしていた。その震源地は、ダンジョンではない。世界の運命を左右する会議室でもない。
ただ、日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』。その、あまりにも人間的で、そしてどこまでも熱狂的な、一つの掲示板だった。
X(旧Twitter)トレンド - 日本
1位: #しずリリてぇてぇ
2位: #刹那しずく
3位: #V探索者
4位: #推しCP
5位: #きのこたけのこ戦争
【SeekerNet 掲示板 - VTuber総合応援スレ Part. 88】
1: 名無しのVファン
スレ立て乙。
さて、と。今日も推しの尊い供給を浴びながら、平和に語り合おうぜ。
2: 名無しのしずくファンA
乙です!
いやー、昨日のしずくちゃんとリリィ様のコラボ、マジで神回だったな…。
アーカイブ、もう5回は見直しちまったよ。
あの、焼肉屋でのやり取り。最高すぎだろ。
#しずリリてぇてぇ
3: 名無しのリリィ推し
分かる。うちのリリィ様が、あんなに楽しそうにしてるの、初めて見たかもしれん。
しずくちゃんの、あの母性というか、包容力というか…。
うちのぐーたらシスターを、完全にダメにするタイプの女だ、あれは。
最高だ。
4: 名無しの切り抜き師
(動画リンク:【てぇてぇ】焼肉のタレが口についてるリリィ様に、ハンカチを差し出すしずくママ【#しずリリ】)
この15秒に、全てが詰まってる。
異論は認めん。
5: 名無しのしずくファンB
だよな!しずくリリィ良いよね!
あの、お互いを尊重しあってる、穏やかな空気感。
見てるだけで、心が浄化されていく…。
これぞ、本物の「聖女」たちの組み合わせだ。
6: 名無しのゲーマー
うむ、良い。
異論はない。
7: 名無しの剣士
はあ?
その、あまりにも短い、しかしどこまでも絶対的な否定の一言。
それが、この平和なスレッドに投じられた、最初の石だった。
8: 名無しのしずくファンA
7
あ?なんだよ、いきなり。
喧嘩売ってんのか?
9: 名無しの剣士
喧嘩?結構だ。
お前ら、まさかとは思うが、ライジング・スター・チャレンジ見なかったのかよ?
あの、伝説の始まりを。
しずくちゃんの、本当の「運命の相手」が誰なのか。
その答えは、とっくに出てるだろうが。
彼は、そう言うと、一枚の画像をスレッドへと投下した。
それは、数多の切り抜き師たちが、その魂を込めて作り上げた、一枚の神がかったファンアートだった。
C級ダンジョンの、瓦礫の山の中。傷つき、倒れた銀髪の少女剣士を、炎のドレスを纏った巫女が、その小さな体で庇うようにして、立ちはだかっている。その表情は、慈愛と、そして絶対的な覚悟に満ちていた。
10: 名無しの剣士
言うまでもない。
刹那しずくだろ?
常識的に考えて。
その、あまりにも力強い、そしてどこまでも異論を許さない、宣戦布告。
それが、引き金となった。
スレッドは、爆発した。
11: 名無しのリリィ推し
はぁ!?
お前、分かってねえな!あのぐーたらシスターが、しずくちゃんの前でだけ見せる、あの気の抜けた感じがいいんだろうが!
あれは、心を許した相手にしか見せない、特別な顔なんだよ!
12: 名無しの刹那ファン
11
甘いな。
ツンデレという、至高の概念を知らんのか。
最初は冷たく突き放しておきながら、いざという時には命を懸けて守り、そして守られる。その過程で、少しずつ心の氷が溶けていく。
これぞ、王道の百合だろうが!
13: 名無しのしずくファンA
喧嘩やるか?
しずくちゃんを、一番幸せにできるのは、リリィ様だけだ!
あのマイペースなリリィ様を、しずくちゃんが甲斐甲斐しく世話するんだよ!最高だろ!
14: 名無しの剣士
やるのか?
刹那様の、あの孤独な魂を救えるのは、しずくちゃんの太陽のような優しさだけだ!
お前らに、あの二人の魂の共鳴が、理解できるか!
15: 名無しのVTuberウォッチャー
まあまあ、皆さん、落ち着いて下さいね。
カップリング論争は、宗教戦争と同じです。決して、答えは出ませんよ。
それよりも、もっと建設的な話をしませんか?
その、あまりにも冷静な、そしてどこまでも真っ当な、仲裁の一言。
それに、それまでヒートアップしていたスレッドの空気が、わずかに冷静さを取り戻した。
16: 名無しのVTuberウォッチャー
ともかく、しずくちゃんのスキル、ヤバいでしょ。
今回のコラボで、はっきりと分かったことがある。
彼女、自分のスキルで、B級のユニークスキルを二つも、自分に「付与」してましたよね?
【大樹の恩寵】と、【火蜥蜴の鱗衣】。
他者へのユニークスキル付与とか、ぶっ飛び過ぎだろ、これ。
17: 名無しのビルド考察家
16
いや、少し違う。
彼女のスキルは、「付与」ではない。「一時的なレンタル」だ。
彼女自身のミラクルポイントを対価に、神々の道具箱からスキルを借り受けているに過ぎん。
だが、問題の本質はそこではない。
君の言う通り、その現象そのものが、異常なのだ。
本来、人の魂に宿るユニークスキルは、ただ一つ。その絶対的な法則を、彼女はあまりにもあっさりと、そして日常的に、破っている。
これ、世界がひっくり返るくらいヤバいと思うんだけど、あんまり注目されてないよね?
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも本質を突いた指摘。
それに、スレッドは、初めてその事実の、本当の重さに気づいたかのように、静まり返った。
そうだ。
考えてみれば、おかしい。
JOKERが、新たなビルドを披露すれば、世界のメタゲームが揺らぐ。
アリスや小鈴が、S級スキルを使えば、国家が動く。
だが、神楽坂しずくが起こしている、このあまりにも根源的な「法則破壊」。
それに対する世間の反応は、驚くほど、静かだった。
18: 名無しのゲーマー
17
いや、まあ、言われてみればそうだけど…。
まあ、SSS級なんだし、それくらい出来るでしょ。
JOKERだって、スキル二つ持ってるみたいなもんだし。今更じゃね?
19: 名無しのハクスラ廃人
18
それだ。
JOKERという、あまりにも巨大な「前例」が、我々の感覚を麻痺させているんだ。
世界の理を破壊する?上等じゃねえか。JOKERは、それを呼吸するようにやってのけた。
だから、SSS級のスキルが、一つや二つ、常識外れの力を持っていたところで、もはや誰も驚かん。
「ああ、SSS級なら、まあそんなもんか」で、思考が停止してしまう。
恐ろしいことだがな。
20: 名無しのVTuberウォッチャー
ええ。
そして、もう一つの、そしてより大きな理由があります。
それは、彼女自身の、そして彼女を取り巻く「物語」の力が、あまりにも強すぎるからです。
我々が見ているのは、彼女のスキルの、その無慈悲なまでの性能ではない。
一人の、不器用な少女が、仲間たちと共に、悩み、笑い、そして成長していく、そのあまりにも人間的な「物語」そのものなのです。
我々は、彼女の強さにではなく、その「てぇてぇ」に、心を奪われている。
21: 名無しのしずくファンB
20
何か、難しいこと言ってるけど、つまり、しずくちゃんが可愛いから、それでOKってことだよな!?
22: 名無しのVTuberウォッチャー
21
…ええ。まあ、端的に言えば、そういうことです。
その、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも真理を突いた結論。
それに、それまで真剣な議論を交わしていたスレッドの空気が、一気に緩んだ。
そうだ。
難しいことは、どうでもいい。
俺たちは、ただ、推しの幸せな姿が見たいだけなのだ。
そして、その緩んだ空気を、再び引き裂いたのは、あの男だった。
最初の、戦いの火種を投下した、あの剣士。
23: 名無しの剣士
それよりさ、刹那しずくの良さはさぁ…。
あの、ライジング・スター・チャレンジの、決勝戦の後の話、知ってるか?
刹那様、配信を切った後、一人で、しずくちゃんの初配信のアーカイブを、最初から最後まで、全部見てたらしいぜ。
それも、無言で、真顔で。
そして、見終わった後、一言だけ、こう呟いたそうだ。
『…悪くない』ってな。
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
そして、爆発。
24: 名無しのリリィ推し
ぐっ…!
そ、そんなエピソード、どこで…!
だが、しかし!しずリリだって負けてはいない!
昨日の焼肉の後、リリィ様は「しずくさんのお布団、あったかそうです…」って、意味深な寝言を言ってたって、カクヨムライブの公式がリークしてたぞ!
25: 名無しのしずくファンA
戦争だ…。
これは、もう戦争だ…!
きのこたけのこ戦争以来の、大規模な宗教戦争が、今、始まったんだ…!
その、あまりにも不毛な、しかしどこまでも平和な、聖戦の再開。
それに、スレッドは、再び、そしてこれまで以上に激しい、熱狂の渦へと叩き込まれた。
神楽坂しずくという、一人の少女。
その、あまりにも巨大で、そしてどこまでも危険なユニークスキルの異常性は、彼女自身が持つ、あまりにも人間的な魅力と、そして彼女を取り巻く、あまりにも「てぇてぇ」物語の奔流の中に、見事に、そして完全に掻き消えていた。
世界の歯車は、確かに狂い始めている。
だが、その音は、あまりにも楽しそうな笑い声の、その陰に隠れて、まだ誰の耳にも、届いてはいなかった。




