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底辺巫女系VTuberが挑む現代ダンジョン配信物【未完】  作者: パラレル・ゲーマー


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第10話 銀髪の睡蓮と、三つの貌

 E級ダンジョン【毒蛇(どくじゃ)巣窟(そうくつ)】の入り口。

 その、じっとりとした湿気と、甘い腐敗臭が混じり合う独特の空気の中。俺――“睡蓮スイレン”は、先ほど別れたばかりの少女の、そのあまりにも純粋な残像を脳裏に浮かべながら、小さく、そして深くため息をついた。


(…男の人が、お父さん以外は苦手、ね)


 面白い。

 実に、面白いじゃないか。

 この数年間、俺が演じてきた「完璧なイケメン」というペルソナ。その、計算され尽くした笑顔と、甘い言葉の前に、ここまで綺麗な拒絶の壁を築いた人間は、初めてだった。それも、ただの恐怖や警戒心からではない。もっと、根源的で、そしてどこまでも個人的な理由から。

 彼女の瞳には、確かに怯えの色はあった。だが、それ以上に、俺という存在そのものを「理解できない異物」として、しかし決して「悪意ある敵」としては見ていない、不思議な透明感があった。

(…なるほどな。確かに、これは…)

 俺は、ジャケットの内ポケットから、薄型のスマートフォンを取り出した。そして、一つの番号を呼び出す。コール音は、二度と鳴らなかった。


『――私だ』


 電話の向こうから聞こえてきたのは、低い、しかしどこまでもよく通る、壮年の男の声。その声には、長年、世界の理不尽さと対峙し続けてきた者だけが持つことのできる、絶対的な静寂と、そして揺るぎない覚悟が宿っていた。

 国際公式探索者ギルド、極東支部。その、影の支配者。

 俺の、唯一の上官。


「こちら、睡蓮。対象と、接触しました」

 俺は、できるだけ事務的な、そしてどこまでもプロフェッショナルな声色で、報告を始めた。

「対象名は、佐藤結菜。18歳。ギルドのデータベース通りです」

『そうか』

 電話の向こうの男は、短く応えた。

『――それで、どうだった?』

 その、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも重い問いかけ。

 俺は、先ほどの少女の、そのあまりにもアンバランスな姿を、脳内で再構築する。

 VTuber「神楽坂しずく」として、炎のドレスを纏い、B級に匹敵するほどの力を振るう、炎の魔女の姿。

 そして、その仮面の下にある、ただの男子高校生からのナンパまがいの誘いに、本気で戸惑い、顔を真っ赤にさせる、どこにでもいる普通の少女の姿。


「…うーん」

 俺は、正直な感想を、口にした。

「見た目は、普通のVTuberって感じでしたね。とても、あの世界の理そのものを書き換えるという、全能に通じるSSS級ユニークスキル保持者とは思えないですね」

「ただの、運の良い、少しだけ内気な、普通の女の子。それが、俺の第一印象です」


 その、あまりにも人間的な、そしてどこまでも現場主義な報告。

 それに、電話の向こうの男は、ふっと、その息だけで笑った。

 その笑みには、呆れと、そしてどこか親心のような、温かい響きがあった。


『――睡蓮。お前は、まだ若いな』

 その、静かな声が、俺の鼓膜を揺さぶる。

『見た目に、惑わされるな。彼女の魂に宿る【神託(しんたく)賽銭箱(さいせんばこ)】。その潜在的な可能性は、あのJOKERが持つ【運命(うんめい)天秤(てんびん)】に匹敵、あるいはそれを凌駕する。我々ギルドのアナリストチームが、そう結論付けた』

『あれは、ただのスキルではない。世界の、理そのものだ。そして、その理は今、あまりにも無垢で、そしてあまりにも未熟な、一人の少女の掌の上にある。…その意味が、分かるか?』


「…はい」

 俺は、静かに頷いた。

「世界で、最も危険な爆弾、ということですね」


『そうだ』

 電話の向こうの男は、肯定した。

『そして、その爆弾の信管を、誰が握るのか。我々ギルドか、あるいは他の、得体のしれない何者か。…これは、戦争なのだよ、睡蓮。ただ、銃声の聞こえない、静かな戦争だ』


 その、あまりにも壮大な、そしてどこまでも血生臭い、世界の裏側の真実。

 それに、俺はゴクリと喉を鳴らした。

「はいはい。じゃあ、今後も引き続き接触するということで」

『ああ。方法は、お前に任せるぞ、睡蓮』

「了解です」

『頼んだぞ』


 その言葉を最後に、電話は一方的に切られた。

 後に残されたのは、絶対的な静寂と、そして俺の肩にのしかかる、あまりにも重い、国家レベルの密命だけだった。

 俺は、スマートフォンをポケットにしまい込むと、深く、そして重いため息をついた。


「へいへい。人使いが、荒いんだよな、あのジジイは」

 俺は、そう悪態をつきながら、大通りへと出て、一台のタクシーを拾った。

「――西新宿の、グランドハイアットタワーまで」

 運転手に、そう告げる。

 車は、滑るように、アスファルトの川を走り始めた。

 窓の外を流れる、見慣れた、しかしどこか非現実的な、東京の夜景。

 その光の、一つ一つに、それぞれの人生があり、それぞれの物語がある。

 俺は、その無数の物語の、その裏側で、ただ静かに、そして確実に、世界の歯車を回す、名もなき駒の一つ。

 それが、俺の人生だった。

「…じゃ、家に帰りますか」

 俺は、誰に言うでもなく、そう呟いた。

 そして、そのあまりにも数奇な運命を、ただ受け入れた。


 ◇


 タクシーが、西新宿の、ひときわ高く、そしてひときわ威容を誇るタワーマンションのエントランスへと滑り込む。

 俺は、チップを弾むと、その自動ドアをくぐり抜けた。

 ひんやりとした大理石の床。

 間接照明が、壁にかけられたモダンアートを優しく照らし出す。

 コンシェルジュが、俺に深々と頭を下げた。

「お帰りなさいませ、様」

 俺は、そのあまりにも丁寧な挨拶に、軽く手を上げて応えると、居住者専用のエレベーターホールへと向かった。

 最上階の、ペントハウス。

 それが、俺の「家」であり、そして俺たちの「鳥籠」だった。


 カチャリと。

 静かな電子音と共に、重厚なマホガニーの扉が開かれる。

 その瞬間、俺の全身を、温かく、そしてどこまでも穏やかな空気が包み込んだ。

「睡蓮、お疲れ様」

 リビングの、巨大な革張りのソファに深く腰掛け、一人の美しい少女が、テレビの画面から目を離すことなく、その静かな声で、俺を出迎えた。

「お風呂でも、入ってきなさい」

「へいへい」

 俺は、そのあまりにも日常的な、そしてどこまでも温かい言葉に、ぶっきらぼうに答えると、その広すぎるリビングを横切り、バスルームへと向かった。


 そこは、もはやただの風呂場ではなかった。

 床も、壁も、全てがイタリア産の大理石で作られた、小さな神殿のような空間。中央には、大人が五人は余裕で入れるほどの、巨大なジャグジーバスが、ぶくぶくと心地よい気泡を立てている。

 俺は、そのあまりにも豪華な空間で、その日の任務で身にまとった、白銀の軽鎧を、一つ、また一つと外していく。

 そして、その下に着込んでいた、黒いインナースーツを脱ぎ捨て、その完璧に鍛え上げられた、しかしどこまでも人工的な「男」の肉体を、露わにした。

 シャワーの、熱い湯が、その疲弊しきった筋肉を、優しくほぐしていく。

 俺は、その心地よい温もりに、目を閉じた。

 そして、その時だった。

 俺は、自らの指先に、一つの、小さな違和感を覚えた。

(おっと…)

 俺は、その違和感の正体を、確かめる。

 左手の、薬指。

 そこに、一つの、あまりにも美しい、そしてどこまでも禍々しい指輪が、はめられていた。

 一本の白金の線と、一本の黒金の線。その二つが、互いを求め、そして補い合うかのように、完璧な二重螺旋を描きながら一つの輪を形成している。

 神話級アーティファクト、【アニマとアニムスの円環】。

(…まだ、外してなかったか)


 俺は、その指輪を、そっと外した。

 そして、洗面台の横に置かれた、小さな棚の上へと、置いた。

 その、指輪が、俺の指から離れた、その瞬間だった。

 俺の、その肉体が、内側から、静かに、しかし確実に、その形を変え始めたのだ。

 盛り上がっていた肩の筋肉が、滑らかな曲線を描き、厚かった胸板が、ふわりとした膨らみを持つ。

 骨格が、軋む。

 声帯が、震える。

 そして、俺が、その変化に慣れたように、軽く咳払いをした時。

 その喉から発せられたのは、もはや男の低い声ではない。

 一つの、どこまでも透き通った、美しいソプラノだった。


「――あー、あー。よし、戻ってるな」


 私は、そう言うと、シャワーを終え、バスローブを羽織って、脱衣所へと向かった。

 そして、クローゼットの中から、一枚の、ゆったりとしたシルクのワンピースを取り出し、その身にまとった。

 そして、リビングへと、戻る。

 そこには、先ほどと、何も変わらない光景が広がっていた。

 ソファの上で、美しい少女が、テレビを見ている。

 私は、その少女の、隣へと、どかりと腰を下ろした。

 そして、その時。

 リビングの壁一面に設置された、巨大な姿見。

 そこに、二人の、全く同じ顔をした少女が、映し出されていた。

 月光をそのまま編み込んだかのような、流れるような銀髪。

 その顔立ちは、まるで古の彫刻家が、その魂の全てを込めて削り出したかのような、完璧な造形。

 そして、その瞳。

 深い、深い紫水晶アメジストのような色をした、どこか物悲しい、しかし全てを見透かすかのような、鋭い知性を宿した瞳。

 俺と、彼女は、瓜二つだった。

 いや、違う。

 全く、同じだった。


 その、あまりにもシュールで、そしてどこまでも美しい光景。

 それを、破ったのは、ソファに座っていた、もう一人の「私」だった。


「――私は、配信があるから、そろそろ自室に戻るわ」


 彼女が、そう言って立ち上がった、その瞬間だった。

 リビングへと続く、三つの、全く同じデザインの扉。

 その、三つの扉が、同時に、そして音もなく、開かれた。

 そして、その奥から、三人の、全く同じ顔をした少女が、その姿を現したのだ。

 一人は、今しがたソファから立ち上がった、配信用の、少しだけフォーマルなドレスを着た「私」。

 一人は、バスルームから出てきたばかりの、リラックスしたワンピース姿の「私」。

 そして、もう一人は、トレーニングルームから出てきたのであろう、スポーティなウェアに身を包んだ「私」。

 三人の、睡蓮。

 その、あまりにも非現実的な光景。

 それに、トレーニングウェアの「私」が、呆れたように、そしてどこか楽しそうに、言った。


「――休日出勤、ご苦労様!今日の『男』役は、どうだった?」

「まあまあ、ね」

 私は、答えた。

「面白い、玩具を、見つけわ」

「へえ?」

「ああ。SSS級の、巫女様よ」

 その、あまりにも意味深な一言。

 それに、配信用のドレスを着た「私」が、その紫色の瞳を、キラリと光らせた。

「…それは、面白そうね。今度、私も会ってみたいわ」


 そして、彼女は、その弟(という名の、今日の当番の私)の、そのあまりにも無骨な、しかしどこまでも完璧に演じきられた「男」の姿を、思い出したかのように、くすくすと笑った。


「それにしても、わざわざ男になっていくなんて、もの好きねー」


 その、あまりにも悪戯っぽい、そしてどこまでも愛情のこもった、からかいの言葉。

 それに、俺は、深いため息をついた。

「…仕事だ」

 私は、そう言って、ソファに深く、深く、その身を沈めた。

 そして、私は自らの、あまりにも奇妙で、そしてどこまでも数奇な運命を、ただ受け入れた。






【アニマとアニムスの円環】

[画像:一本の白金の線と、一本の黒金の線。その二つが、互いを求め、そして補い合うかのように、完璧な二重螺旋を描きながら一つの輪を形成している指輪のイメージ。その表面には、継ぎ目が一切存在しない。]


 名前:

 アニマとアニムスの円環えんかん

(The Circlet of Anima and Animus)


 レアリティ:

 神話級 (Mythic-tier)


 種別:

 アーティファクト / 変容の指輪 (Artifact / Ring of Transfiguration)



 効果:

 この指輪を身に着けた者は、自らの魂が持つ二つの側面…すなわち『男性性』と『女性性』を、完全に、そして自在に、その肉体へと顕現させることができる。


 術者の意志に応じて、その肉体は、遺伝子レベルから完全に再構築される。

 身長、骨格、声、そして全ての生殖機能に至るまで、その変化は、神々の創造の御業と何ら変わるところのない、完璧なものとなる。

 この変容は、術者が望む限り維持され、そしてまた、術者が望めばいつでも、もう一つの性の姿へと、瞬時に回帰することができる。


 ただし、この変化は術者の魂の本質を変えるものではなく、あくまでその「器」としての肉体を、もう一つの可能性の姿へと変えるものに過ぎない。


 フレーバーテキスト:


 英雄は、男の目で世界を断罪し、

 聖女は、女の心で世界を憂いた。


 だが、彼らは、その半分の真実しか、知ることはない。


 この円環を指にはめた者だけが、知る。

 愛することの本当の意味を。

 そして、愛されることの、本当の痛みを。


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