奥様とステラ ねえ、旅に出ようよ。
奥様とステラ ねえ、旅に出ようよ。
では、旅行に行ってきます! 奥様。
ぽんこつメイドロボットのステラとお友達ののんびりとしたメイドロボットカリンの旅行のお話
いない、いない、ばあー。
ぽんこつメイドロボットのステラのお友達のメイドロボットのカリンが旅の途中で出会ったご家族(若いお父さんとお母さんだった)の双子の赤ちゃんをあやしている。双子の赤ちゃんはとっても楽しそうに、きゃきゃ! と満面の笑顔で笑っていた。
そんな風景をどきどきしながら(興奮したような顔をして)ステラはじっと眺めていた。
「ステラも一緒に遊ぶー? とっても楽しいよー」
といつものようにのんびりとした口調の声で、とてもゆっくりと喋りながら、カリンが言った。
「だ、大丈夫です。カリンさん」
ステラは本当は一緒に遊びたかったのだけど、赤ちゃんを見るのは初めてだったので、どきどきしてしまって、どうしていいのかわからなくて、(触っちゃだめなのかと思った)遊ぶどころではなかったのだった。
カリンとステラは二人ともそれぞれの奥様から(カリンはお隣のお屋敷の奥様にお仕えしているメイドロボットだった)許可をもらって、二人で旅をしていた。(カリンに誘われて、どうしようと思ったのだけど、奥様はにっこりと笑って、心よく笑顔で行ってきなさいってステラに言ってくれた)
それは、カリンの前のご主人様に会いにいくための旅だった。
移動はバイクだった。
横に座ることができるところがある大型のバイクだった。(ステラはそこにちょこんと乗せてもらって、ずっと大型犬みたいにして大人しくしていた)
カリンは歌を歌った。
愛の歌だった。
……、とっても、古い時代の愛の歌。(カリンがそのことを教えてくれた)
カリンは歌がとても上手だった。
いつもはのんびりとおしゃべりをするのに、歌を歌っているときのカリンの声はとても美しくて、はっきりとしていて、……、なによりも強かった。(初めて聞いたときはすごくびっくりした。とっても感動して、ステラはずっとぱちらちと小さく拍手をしていた)
ようやくわかったんだ。誰かのことを愛するっていうことが、どういうことなのか。ようやくわかった。もう、ずいぶんと遅いのかもしれないけど。
わかったんだ。君と出会って。話をして。
君のことを愛するようになって。
「あの、カリンさん。私たちはどこまでいくんですか?」
ステラが言った。
「海が見えるところまでだよー」
とのんびりとした声でかりんが言った。
「え! 海! 海が見えるんですか!!」
興奮した声でステラは言った。
「そうだよ。そこにハナはいるからねー」
と大型バイクを安全な速度で運転しながらカリンは言った。
「私、海を見るのは初めてなんです。カリンさん!」
「そうなの? じゃあ、よかったねー」
「はい! とっても楽しみです!!」
とはしゃいだ声でステラは言った。
カリンの前のご主人様は小さな女の子だった。
とてもわんぱくで、笑顔の素敵な、運動の大好きな女の子だった。
大人になって、とっても綺麗な女の人になるのが夢らしい。
(そんな自信満々の自分をいつも思い描いているみたいだったって、カリンは教えくれた)
そんな小さな女の子はある日、事故にあった。でも、カリンが女の子を守ったから命は助かった。(よかった)
だけど、怪我をしてしまった。
大きな、大きな、歩けなくなる怪我だった。
それが十年くらい前のお話だった。
その怪我が良くなって、小さな女の子は、ハナちゃんはもうすぐ歩けるようになるかもしれないと書いてあった。
そんなお手紙がカリンのところにハナちゃんのお母さんから届いたのだった。
カリンがハナちゃんに会いに行ったのはハナちゃんには秘密だった。
ハナちゃんを驚かせるために、こっそりと会いにいくことにしたのだ。(そういうことをするのは、カリンらしいなって思った。誰かのことをお祝いしたり、楽しませたり、笑わせたりするのが、カリンはとっても大好きな、まるで幸せを運んできてくれる春の妖精みたいなメイドロボットだった)
「夢を見たんだー」
「夢、ですか?」
「うん。そうだよー。夢。だからね。久しぶりにハナに会いたいなって思っていたら、ハナのお母さんからお手紙がきたんだよ。だから、会いに行こうって思ったんだー。奥様からお休みももらえたからね」
と楽しそうな声でカリンは言った。
カリンとの二人旅で、ステラは初めてバイクの横に乗せてもらって、知らない土地をたくさん見て、初めて赤ちゃん(それも双子の)を見て、大きな大きな(本当に大きくてびっくりした)地平線の先にまで、見えなくなるまで、どこまでも広がっている美しい青色の海を見て、カリンの素敵な歌をたくさん聞いて、そしてカリンの前のご主人様のハナちゃんと初めて出会った。
カリンとハナちゃんはとても幸せそうな顔で、ステラの前で抱きしめ合っていた。(なんだか二人の姿がうっすらと光り輝いて見えた)
カリンはいきなりやってきて、ハナちゃんのことを驚かせて、ハナちゃんはちゃんと自分の足で歩いて見せて、カリンのことをとっても驚かせた。(二人とも泣いていた。私も泣いちゃったけど、その場所にいたみんなが泣いていたから、泣いてもいいのだと思った)
そんな初めてのことをたくさん経験して、ステラはなんだか少しだけ自分が大人になれたような気がした。
「じゃあ、またね。ステラー」
そう言って、ひらひらとまるで蝶々のようにを手のひらを振って、隣のお屋敷(と言っても谷を挟んだ山の向こう側だけど)に帰って行ったカリンを見送ってから、ステラは旅をして少しだけ成長して、大人になった自分のお仕事を奥様に見てもらって、奥様をびっくりさせようと思ったのだけど、やっぱりステラはまだまだぽんこつのメイドロボットで失敗ばかりをしてしまった。(頭の中ではてきぱきと動ける完璧なメイドロボットだったのに)
「奥様。私は大人になりたいです」
と落ち込んだ顔でステラは言った。
すると奥様はころころと子供みたいに笑って、「そんなに簡単には大人にはなれません。ステラ。大人になることはとっても難しいのです」とステラに言った。
それから奥様は機嫌が良いのか、珍しく小さな声で歌を歌った。
それはカリンが旅の途中で歌っていた、あの古い愛の歌だった。
懐かしい君のいる場所
奥様とステラ ねえ、旅に出ようよ。 終わり