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ラーメン凡太郎 その二

 ラーメン雑誌の営業は、とても熱心だった。

「凡太郎さんの所が載ってないと、雑誌としてしまりがつかないんです。このあたりの有名店ですので」

 毎回、ラーメンを喰ってはそう言って最新号を置いていく。

 晩の暇な時間には編集部の仲間を連れて飲みにきてくれる。

 その誠実さにほだされた。

「取材だけですからね。広告費は出しませんからね」

 凡太郎は、念を押して取材を受けることに同意した。


 実のところ、秋口に入って少し客足が落ちていた。

 気になる兆候はあった。

 チャーシューの脂身を残していく客が増えたのだ。

 マー老師の時代から、チャーシューは脂身を少なめに、赤身肉を多くしていた。

 好みはあるだろうが、凡太郎は豚の脂身をかじってうまいと思った事がない。

 そして、脂ぎった豚骨ラーメンは大の苦手だった。

 かといって、納入された肩バラ肉から脂を削いでいくと手間がかかるしチャーシューの量も少なくなる。

 凡太郎は、肉屋に文句を言った。

「いやー、気をつけます。でも、今時はこういうのがはやりなんですよ」

 配達に来た肉屋はへらへらと笑った。

 しばらくは脂身の少ない肉が入った。

 しかし、次の肉はひどかった。真ん中に脂身の層を挟み込んだようなカットの仕方をしてきたのだ。

「うちは、脂中毒の客を作ってもうけようって店じゃないんだ。脂身はいらねえんだ」

 強い口調でクレームをつけた。

「いやー、そう言われましても、こちらのお店だけえこひいきするわけにも行かないんで」

 へらへらしている。

「そうか。ならおたくとの取引はこれが最後だ。……なんなら契約解除の内容証明でも送ろうか」

「いえ、そんな。そこをなんとかなりませんかねえ」

「無理なもんは無理だ!」

 凡太郎が凄むと、肉屋の店員はそそくさと逃げ出して行った。


 さて、困ったのが肉の仕入れ先である。

 凡太郎はとりあえず近くのスーパーに立ち寄った。

 そこであるだけの豚肩ロースを買い占める。

 オーストラリア産や米国産の豚肉だ。

 肉屋が持ってきた国産豚の脂身の多い肉とは大違いだ。

 多少高くついたが、捨てる脂身の量を考えるとおっつかっつ。

 それに、スーパーの食材を見ていると視野が広がって楽しく、気分転換になった。

 店に戻ると、さっそくチャーシュー作りにとりかかる。

 まずは、肉質を確かめながらたこ糸で巻く。

 そして、中華鍋で表面を焼く。

 焼き上がったらぬるま湯に入れて弱火でじっくりゆでる。温度を高くしすぎると肉が硬くなるのだ。

 次はつけダレ作りだ。

 醤油、みりん、ウォッカ、紹興酒を鍋にそそぎ、塩と黒砂糖も加えてよく混ぜる。しょうが、にんにく、ネギ、玉ネギ、セロリ、八角、花椒(ホワジャオ)、アーモンド粉末を加える。もう何年も作り続けてきた、マー老師直伝のレシピだ。

 これを煮て、タレの元を作る。

 肉がほどよく煮えたら、中華鍋に移してタレで煮込む。

 店内に中華料理特有の香りが立ちこめる。

 その頃にちょうど麺の配達が来る。

 中太のストレート麺だ。

 配達の人は店の横の通用口から入って、麺棚に箱ごと載せてくれる。

 野菜や玉子は食材店が配達してくれる。

 冷凍餃子と咸蛋(しおづけたまご)は、中華街のスーパーが運んでくれる。

 スープの元は、専門業者が、社名の入っていないバンで運んできてくれる。

 二リッターパックをズンドウにあけて、スープの元を作る。

 水で薄めて味を確認する。

 玉ネギと生姜をすりつぶした物を加える。

 ここで配合を間違えてはならない。ズンドウから湯気が上がるといつもの懐かしい味、平々凡々たるラーメンスープの完成だ。

 ビールサーバーの味チェックを終えた頃にはバイト君も来る。

 そして、開店。

 凡太郎の長い一日が始まる。


「お疲れ様でしたー!」

 掃除を終えたバイト君が帰る。ビールサーバーの洗浄は、バイト君にまかせている。

 このあとのゴミ捨てが肝心だ。

 まずは生ゴミの類を水色のゴミ袋に入れて外に出す。これは、契約しているゴミ回収業者が夜中に持って行ってくれる。

 週に一度くらいは裏口に車をつけると黒いゴミ袋を積み込む。中には、つぶした紙パックが大量に入っている。自宅へと持って帰る分だ。

 これはマー老師の教えによるものだった。

「いいか。料理は素材、なんてのは半人前の料理人が言うことだ。味でごまかし、盛り付けでごまかし、器でごまかす。それが本物の料理人だ」

 目を丸くする凡太郎に老師は茶目っ気のある笑顔で付け加えた。

「て、テレビで言っていた」

「はあ」

「誤解するなよ。ごまかす、いうのは、いたんだ食材を使うのとは違う。いかに安い原価で素晴らしい料理を提供するか、だ。それには演出も必要。女の化粧みたいなもの。だから、スープの元は誰にも見せない。お客さん、みんな私が作ってる思ってる。おいしい。誰も傷つかない。わかった?」

 当時の凡太郎にはわからなかったが、今ではその事がよくわかった。

 世間からおいしいと評判のレストランチェーンも、実はセントラルキッチンで作ったレトルトの料理を暖めて出しているだけだったりする。その方がコストは低いし品質も高い。ただし、野菜類は厨房で調理する。その方がおいしいからだ。

 ガスの元栓をしめ、防犯装置をオンにして、鍵を閉めて車を出す。

 こうして凡太郎の一日はおわる。

 

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