表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

ラーメン凡太郎 その一

 凡太郎は四十歳になった。

 不惑の年というが、惑うことばかりだった。

 このまま勤め人として残りの人生をすごしていいのか、そんな思いが大きくなった。

 そんな折、大腸癌で入院していた母が亡くなった。

 そして翌月にはマー老師の葬儀が続いた。

 マー老師の葬儀は、中華街で盛大に行われた。

 楽団が葬送の曲をかなで、紙銭がまかれる、古式ゆかしい葬儀だった。

 驚いたのは、チアガールのような格好をした美女たちが楽団をしていたことだ。

 日本のしめやかな葬儀とは真逆の、明るい雰囲気の葬式だった。


 凡太郎は、そこで『大碗記』の跡地の買い取りをもちかけられた。

 何度も店子が入れ替わり、入ってもすぐつぶれる縁起のよくない店だという。

「凡太郎さん、あなたには福分がある。生前から老師はいつもそう言ってました。あなたに買ってもらったら、とても繁盛する。占い師もそう言っていた」

 なんだか怪しい話だった。

 が、凡太郎はその話を受けた。

 何より、破格の安さだったのだ。

 凡太郎は、ボクサー時代の貯金を崩して思い出の店を買い取った。


 飲食店を始めるには居抜きが一番、と言われている。

 什器や設備を使い回しできるからだ。

 凡太郎は、下町風の安っぽい椅子とテーブルを全て撤去し、日本のそば屋風のものに変えた。

 メニューも、難しい中華料理ではなく、日本式の「ラーメン屋」にした。

 焼きギョーザにチャーハン、つまみはカラアゲとザーサイ、そして老師直伝のチャーシュー。塩ゆで卵も置くことにした。

 片手間で飲食店は経営できない。

 凡太郎はレストランチェーンをやめてラーメン屋に専念することにした。

 店名を「凡太郎」にしたのは、反骨精神からだった。

 妻も子もない独り身の男が、栄光をつぶした世間に反旗をひるがえす、そこで掲げるのなら自分の名前以外にないだろう、という気概の現れだった。

 仕入れには、レストラン時代のコネを最大限に使った。

 瓶ビールはやめ、ビールサーバーを導入した。

 食材は専門業者を使い、なるべくコストカットをはかった。

 スープはマー老師の頃を再現し、流行りの辛口スープも取り入れた。

 看板は、知り合いの解体業者が保管していた一枚板のカウンターテーブルを加工して作ってもらった。

 そして出来上がったのが、平々凡々たるラーメン屋だった。


 開店初日。

 行列こそできなかったものの、ほぼ満席が続いた。

 とくに十一時から二時くらいまではてんてこ舞いだった。

 が、そこはレストラン経験のある凡太郎のことだ。

 最初からアルバイトを入れて、大したミスもなく店を回した。

 厨房に聞こえてくる、お客さんからの「おいしかったよ!」という声がうれしかった。

「鷹の凡太郎」の店だと気づいた客もいたようだが、そういう客は昔から『大碗記』に通っていたような地元客だ。過去には触れず、応援の言葉をかけてくれた。


 そして数ヶ月がたった。

 最初の頃の活況はおちついたものの、客足は安定して続いた。

 そんなある日、ラーメン雑誌の取材交渉が来た。

「いかがですか」

 雑誌を取り出して見せる。カラフルで、作る側も楽しんでそうな誌面だった。

「と、言われましてもねえ。うちはもう手一杯で、これ以上客が増えてもねえ……」

 パラパラとページをめくっていた凡太郎の手が止まる。

 そこに見たような顔があったからだ。

 プロボクサーとして泣かず飛ばずだった吉田だった。凡太郎が入門したときに対戦した二人目だった。ちなみに、一人目に戦ったオタク君は、今ではソフトウェア会社を興して地元の名士になっていて、ジムの後援会にも入っている。

 吉田の店は、元プロボクサー、ということを全面に出したつくりの店だった。

「やはりご存じでしたか。隣町の駅チカで店をされています」

「いやー、同業だったとはねえ。最近、つきあいがないもので、ははは」

 いやな思い出がよみがえった。

 最初の海外遠征で、美少女パブを紹介したのが吉田だったのだ。その時撮られた凡太郎の写真が、世間から叩かれる大きな要因となったからだ。

「よかったら、さし上げますよ。ぜひご検討下さい」

「え、ええ」

 立ち上がりかけた営業を手振りで制する。

「あ、ちょっと待って。……この紙面の大きさって何か違いがあるんですか」

「ええ。こちらはタイアップ広告と言いまして、広告料をいただきつつ、編集部も全面協力をして作り上げた記事なんです。吉田さんの所には、いつもお世話になってます」

 念のためにきいた広告料は、経営感覚のある凡太郎には絶対に出す気になれない金額だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ