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二人目の師匠 その二

 夏休みのある日、凡太郎は『大碗記』に一人で入った。

 時刻は二時過ぎで、他の客はいなかった。

「フーヨーハイ! 丼にして!」

「はいよ!」

 凡太郎は甘酢あんかけが嫌いだ。だから、天津飯ではなくこういう頼み方をする。そして、ちょっと通な気分にもなれる。

 いつもの芙蓉蟹(フーヨーハイ)丼が出てくる。スペシャルでちょっと多めだ。これに中華スープがついてくる。

「マーさん、武術は教えないんですか」

 凡太郎は、蓮華で食べながら日頃気になっていたことをたずねてみた。

「教えてもいいよ。ただ、朝は早いよ」

「やったー!」

 凡太郎の顔が明るくなった。

「でも、ボクシングの師匠、許してくれるか? 変な癖つく、て言わないか」

「大丈夫でしょう。兄弟子たちも、空手とか柔道の教室に通ってますし」

「そうか。ならよかった。よし、今から基礎を教えるぞ」

「メシを喰いながらですか」

「そう。喰いながらきけ」

 マーさんは、基本的な立ち方をやって見せる。

「膝と腰、少し落とす。落としすぎない。これ肝心」

……膝に皿を乗せるとかじゃないんだ

 凡太郎は、カンフー映画との違いに感動する。

「右手と右足、前。拳、縦。左手、腰」

 なるべく小さな構えだ。

「左足、左手、前に突き出す。右手はフェイント。左手が本物。二段突きしてもよろしい」

 二段突きとは、極道から習った「殴り技」のことで、一度みまったパンチの直後に二度目をくらわせる技だ。筋肉の反射で一度打たれるとその直後には筋肉がゆるみ、そこに次の一撃を加える技だ。マーさんに言わせると、中国武術ではごく基本的な技だという。

 体の向きを入れ替えて一歩進む。

「左手、掌、拳、どちらでもいい。練習、拳にする。掌だと相撲の張り手みたい。これを交互に続ける」

 そしてにっこり笑う。

……そうか、あの時見た人をぶっ飛ばす技はこれだったんだ。

「足の踏み込みは蹠頭(セキトウ)。強く大地を踏みしめる。(かかと)、その瞬間、九十度回す。この回転が重要」

 そしてマー老師は、腰のひねりと肩のひねりを加えて「三盤合一」の力が出るのだと教えた。

「重心の移動、最も重要。回転の力も重要。これができるまでみっちり練習する」

 そして、凡太郎の日課に、毎朝のランニングの途中の武術の稽古が加わった。


 凡太郎は、公立の高校に進学した。

 母親が「せめて高卒の資格はとっておくれ」と泣いて頼んだからだ。

「お前に凡太郎と名づけたのは、平凡な一生を送ってほしかったからなのよ。父さんみたいに暴力沙汰を起こしてほしくないの。普通の人でいてほしい」

 ボクシング部がある高校に行きたいと言ったら、「母さんに死ねと言うの」とまで言われた。

 そこで、凡太郎は平々凡々な地元の学校を選んだ。

 もし仮にボクシング部があったとしても、そこの実力は大したことなかっただろう。生徒全般にやる気がないのだ。そして、授業は難しかった。数学は特にチンプンカンプンだった。高校全般の勉強が難しいのだろう、と凡太郎は思った。

 家の家計が苦しいという理由でアルバイトの申請をした。勤め先は『大碗記』だ。

 実際に、マー老師の店で働いた。仕込みからスープの取り方、中華調味料の各種。いろいろと学んだ。高校に通うよりははるかに役に立つ知識が得られた。

 そして、ボクシングジムにも通った。

 十六歳になると、プロボクサーのライセンスをとった。母親に明かすと、それまでとはうってかわって喜んだ。


「鷹の凡太郎」の快進撃がはじまったのはこのときだった。

 マー老師直伝の中国拳法の技を使うと、凡庸なパンチがえぐり込むように効く。

 ファイトマネーもあがり、母にいい目を見せたいという凡太郎の願いはかなった。

 スポーツ新聞の一面を飾り、若きヒーローとしてもてはやされた。

 テレビ局の取材も入り、前途有望なボクサーとして持ち上げられた。

 ちなみに、「鷹の凡太郎」の愛称をつけたのは、とあるスポーツ新聞の記者だった。

 生い立ちや何かを話している内に「トンビが鷹を生むということわざがあるが、そこからとって『鷹の凡太郎』というキャッチフレーズはどうだろう」と提案され、それに乗ったのだ。

 ちょっと面はゆかったが、キャッチフレーズがつくことで気分があがったのは事実だ。


 初の海外遠征はフィリピンだった。

 地元の有力選手との試合だったが、KOで文句のつけようがない勝利をおさめた。

 韓国やタイにも遠征した。

 判定になれば地元選手が有利になる。

 「鷹の凡太郎」の快進撃が止まったのはこの頃だった。

 本気でヤバいと感じたのは、台湾での試合だった。

 マー老師から習った技は、誰もが使った。

 それでも、持ち前のスタミナで耐え抜き、ダウンを奪った。

 気がつけば、東洋チャンピオンの座が目の前だった。

 凡太郎は、満場の観衆を前に全力を尽くして戦い抜いた。

 本人は、最後の一戦は記憶が飛んでいる。

 ただ、最後にレフェリーに腕を上げられた記憶だけはある。

 こうして、凡太郎は東洋チャンピオンになった。

 


 

 


 

 

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