喧嘩屋の凡太郎
凡太郎はラーメン店のおやじである。
元東洋ボクシングチャンピオンで、その頃は「鷹の凡太郎」という名前で知られていた。
子供の頃は喧嘩に明け暮れていて、小学校を卒業する頃には近所の中学生にも恐れられる喧嘩番長になっていた。
父は刑務所で亡くなり、母は小さな居酒屋で日銭を稼いでいた。
近所の極道のたまり場になっていて、よくヤクザ映画のビデオがテレビで再生されていた。
そんな環境だったが、警察の組への締め付けもあったのか、極道の客たちは一人減り二人減りで、母親は店をしめてアルバイトに出るようになった。
凡太郎は、自分が少年院にでも入ることになったら母を支える人がいなくなくと思い、きっぱりと喧嘩から足を洗った。
それでも、たまには身を守るために拳をふるうことはあった。
そういう時は、極道たちから伝授された「殴り技」で対処した。
いささか卑怯な技ではあったが、それは人の反射と体の構造を利用した合理的な技だった。
ある日、凡太郎は町にボクシングジムがあることに気づいた。
そこで腕試しにと体験入学をすることにした。
「おう、若いの、見学かい」
初老のコーチが声をかけてきた。
「いえ、ちょっと腕試しをしたくて」
「……お前さん、何歳だ」
「十四です」
「プロテストを受けられるまで、あと二年か。まあいいや、うちの一番若いのとやってみな」
凡太郎は、マウスピース他一式を借りてリングに上がった。
トランクス一丁は、裸のような無防備感があって、凡太郎には経験したことのない怖さがあった。
「いいか、急所と蹴りはなしだぞ」
相手は、凡太郎と大して年の変わらない、ひょろひょろのガキだった。いかにもいじめられっ子が自分を鍛えるために入門した、という感じだった。
パンチは早かったが、喧嘩慣れした凡太郎には速攻で片付けられる相手だった。
「それまで。勝者、凡太郎」
コーチが判定をくだした。最後につい癖で膝蹴りをくわせようとしたのはご愛敬だ。
リングを降りて、入門の説明を受ける。毎月のジム費は中学生には決して安くはなかったが、お年玉を使えば半年は通える感じだった。
「おはようございます」
大きな声がジムに響いた。
「おう、吉田。早かったな」
凡太郎よりはかなり年上の、高校生のようだった。精悍な顔立ちで、眼がギラギラしている。
「吉田は今年、プロテストを通ったばかりなんだ。やりあってみるか」
「はい!」
吉田は、プロとはいえプロテストを通ったばかりのひよっ子だ。ボクシングの型を守っての構えである。
一方、凡太郎はすばやい動きと体のバネを生かした動きで隙を突く。
凡太郎の情け容赦のない打撃と、とどめに使った「殴り技」で、吉田はあっけなくリングに沈んだ。
「こいつはとんでもないヤツが来ちまったな」
コーチがつぶやいた。