第三話 腹黒令嬢は人形剣士の現状に愕然とする
これまで婚約者を先に決めた事で煽って来た妹モイスヒェンの動揺を見て、気持ちが高まるシャイデ。
そのうきうきを胸に王宮に向かいますが……?
どうぞお楽しみください。
さてさて、やって来ました王宮に!
普通なら子爵家の娘である私は、招かれなければ王宮には入れない。
でも私の手にはこれがある!
「……はい、シャイデ・ハイルング様。レーレ卿の元にお通しするよう承っております」
「よろしくお願いいたしますわ」
昨日届いた王家の紋章入りの通行許可証!
これでシュヴェアートに会いに行く体で、陛下に近付く機会を狙う!
直接お会いできなくても、陛下を知る周りの人から情報を集めて、陛下の好みや嫌いな事を調べ上げれば良い!
目指せ王妃の座!
「レーレ卿は現在国王陛下の執務室の前で警護に当たっていらっしゃいます」
「ではお邪魔にならないよう、ご挨拶だけして帰りますわ」
「承りました。ではご案内致します」
ふふふ、計算通り。
直属剣士のシュヴェアートは、日中のほとんどを陛下の警護に当てている。
ならばそこに婚約者候補として挨拶に行けば、自ずと陛下にも近付ける!
勿論今日行って執務室に入れるなんて思わない。
こういうものは数!
無駄足を恐れず何度も足を運び、目的の相手より周囲と仲良くなる!
それが結果的に一番の近道になるのよね。
うちの領地の特産品を売り込む時の苦労が、こんな形で役に立つなんて、人生に無駄無し!
「レーレ卿。ハイルング子爵令嬢シャイデ様がお見えです」
「ありがとうございます」
おっと、いつの間にか執務室に着いていたようね。
さてシュヴェアートに挨拶をして……。
「!?」
な、な、何!?
物凄い寝癖!
まるで領土の視察の帰り道、馬車で寝込んだお父様のよう!
顔だけは整ってるから物凄い違和感!
「おはようございますシャイデ様」
「お、おはようございますレーレ卿……。あの、お髪が乱れているみたいですけれど……」
「はい。シルト陛下に命じられていない日は整えませんので」
「そ、そうなのですか……」
「はい」
……駄目だ!
気になる!
モイスヒェンやフェストの髪を整えていた日々が、その乱れた髪を許せない!
「……あの、髪を整えた方が宜しいかと思うのですが……」
「シルト陛下の警護に必要ありません。命令があればそうします」
っだー!
陛下の命令が無くたって、身嗜みは整えるべきでしょう!?
そんなに陛下が大事なら……。
「……ですが髪を整えておく事は、陛下の為にもなりますわ」
「……陛下の為……。それは真ですか。理由を教えて下さい」
うわ、思った以上に食いついて来た。
よーし、ここで……。
「貴方は陛下の剣なのでしょう?」
「はい」
「その剣が錆びていたら」
「我が腕に錆びなどありません」
おっと、言い方が悪かったわね。
「その刀身に錆びなど無く、どれ程鋭くても、柄や握りが見窄らしかったら、王に相応しい剣と呼ばれるでしょうか?」
「……確かに」
あら素直。
じゃあ侍女を呼んで……。
「では髪を整えて頂けますか」
はぁ!?
何を言っているの!?
私が何故そのような事を……!
「シルト陛下の恥となるこの髪を、これ以上誰にも見せたくありません」
う、そ、そうなっちゃいますか……。
まぁ出来なくは無いけれど……。
「……では、膝を付いて頂けますか……?」
「はい」
言う通りに膝を付き、差し出されたシュヴェアートの頭に、私は化粧道具から取り出した櫛を当てる。
「……痛かったら言って下さいね」
「痛みなど問題ありません。必要とあれば血が出ても構いません」
「そのような事はありませんけれど……」
人の感情が無いと噂される『人形剣士』。
それが今私の前に、無防備に頭を預けている……。
混乱する感情を抑えながら、私はシュヴェアートの銀髪がさらさらになるまで櫛を通すのであった……。
読了ありがとうございます。
シュヴェアートの寝癖は垂直です。
お前の寝癖で天を衝け!
でもドリルではありません。
次回もよろしくお願いいたします。