第6話「……僕は先代魔王を殺すべきじゃなかった。薄々分かっていたのに」
「――これくらい離れれば充分かな」
異様な速度で別邸の庭から続く人工林を駆け抜け、何度か方向を変えた。
そうして、フッと足の力を抜いて歩みを止める。
いや、歩みなんていう生易しい移動ではなかったけど。
「あわわわ……」
どう振る舞うべきか。正体がバレないようにどういうテイで話すか。
それを考えるつもりだったのに、それどころじゃなかった。
人間に連れられているだけなのに、暴れ馬に乗っているよりもスリリングだ。
「ごめんごめん、驚かせちゃったね?」
勇者様は微笑みながら、俺の身体をお姫様抱っこする。
今まで片腕で荷物のように抱えられていたからドキドキしてしまう。
……マズいぞ。すっかり勇者に憧れてしまった。ときめいている。
「あ、あの大丈夫です、ボク、自分で歩けます」
「いや、まだ駄目だ。足跡を誤魔化す必要がある、念のために」
そう言って抜き足で歩き始める勇者様。
てっきり足跡の上を戻っていく技を使うかと思ったが、一歩一歩の間隔が広すぎるものな。それならなるべく足跡がつかないように歩いた方が良いか。
幸い木々が強く根を張っていて、優しく歩けば薄い足跡しか残らない。
「キミ、名前は?」
「ジェ……」
やっべ~! 本名言いかけた……ッ!!
「ジェ?」
「……ジェフリーです」
「そっか、ジェフリーくんか。良い名前だね」
優しく微笑んだ勇者様が、俺を地面に降ろしてくれる。
しばらく歩いたから偽装工作はここまでで良いということか。
「国葬に来てたって言ってたけど、親御さんと?」
「いえ、ボク1人です」
「そっか。じゃあ、お家はどこ? ソドムの中かな?」
頷くかどうか迷ったけど、とりあえず頷いておいた。
流石に他の街から8歳の子供が1人旅をしてきたと言っても不審だ。
いや、実際に俺はしてきたのだけど。
「分かった。明日になったら送ってあげるよ。
今日はもう夜も遅い。なるべく早く宿に身を隠したいんだ」
……てっきり、どこか適当なところで放り出されると思っていた。
ここは人工林の中だからともかくとしてソドム中心街に戻ったあたりで。
それを明日になったら送ってあげるとは。
悪魔という異種族相手なのに、子供に対する振る舞いに責任があるな。
「あいつらは何なんです? 新しい魔王様を狙うなんて」
「何と言われると僕も困るけど、きっと僕が嫌いなんだろうね」
いつの間にか俺の手を握りながら歩幅を合わせてくれている勇者様。
……レイチェル相手に壁ドンと顎クイをできる男なだけあって紳士だ。
そんな彼が静かに微笑んでいる。自分は嫌われているからと。
「ジェフリーくんは前の王様が好きなんだよね? 1人で国葬に来るくらい」
「え、ええ……まぁ、1人の男として見届けなきゃって」
「ふふっ、貴族の生まれかな、ジェフリーくんは」
見透かすようにこちらを見つめる勇者様。
彼の青い瞳が、俺の銀色の髪と紫の瞳を見つめてくる。
横目で見つめられながらゆっくりと歩いていく。
「え~、分かっちゃいますかぁ♪ ボクの高貴な生まれが」
「どうだろう。1人の男として見届けなきゃって……そうかなと」
なんだこの言い回し、独特の含みがあるな。
「先代魔王はとても愛されていた人だ。
……僕は、それを殺して次の魔王になった。
誰に恨まれていてもおかしくはないのさ」
宣教局に手を回した”薔薇”にハメられたことは理解しているはずだ。
そもそも自らに下された魔王暗殺命令が欺瞞に満ちたものだったと。
だというのに、自分の行いをこうして背負ってみせられるとは。
やはり、魔王に据えるに足る人物だ。少なくとも入り口には立っている。
「もしかしたら、君だって僕が憎いんじゃないのかい?」
思わぬ言葉にドキッとしてしまう。
よく、こんなことを聞いてくるものだ。
悪魔の子供に、魔王を殺した人間が憎くないのかなんて。
「……もし、ボクが憎いって言ったら?」
こちらの怯えてみせた態度を見てクスっと微笑む勇者様。
「ふふっ、取って食ったりはしないよ。安心して」
勇者様の手が少し震えているのが分かる。
その理由までは分からないけれど、今これを握っていられるのも巡り合わせだ。
運命が巡った。
「国王が殺されたことを悲しみ、怒ることができるのは良い国だ。
そうではない領土も見たことがあるからよく分かる」
――北方領の話か。
勇者は、魔王である俺を殺す数か月前に北方将軍を暗殺している。
それも領民たちと共に革命を起こして。
表向きは勇者の関与なんてない悪魔の国の一地域で起きた革命となっているが、実際は違う。人間である彼が悪魔領民たちに受け入れられ、暴君と成り果てた北方将軍を殺したのだ。それがそのまま革命となった。
「……僕は先代魔王を殺すべきじゃなかった。薄々分かっていたのに」
「力こそ全て。それがボクたち悪魔にとって原初のルールです。
あなたはそれに則ってジェイク陛下を打ち倒した。それだけのことです」
悪魔なんてのは”人間以外”の寄せ集めに過ぎない。
人間が”亜人”と蔑んだ別々の異種族を強引に統合したものが悪魔の国だ。
ドラゴニュートだった初代魔王が、力をもって全てを束ねた。
だから最も強いことが魔王である証で、継承戦がそれを担保する。
「そうかな。本当にそう受け止められているのかい?」
「ボクはそのつもりですよ。だから貴方様のことを憎んではいません。
助けてもらいましたし。本当にカッコよかった」
聖剣を投げる仕草を真似てみる。
”少年――生き残りたければ、剣を取れ”なんて。
自分の愛らしくなった声で真似してみる。
「あはは、改めて真似されると少し恥ずかしいな……」
「恥ずかしがらないでくださいよ、ボクにとって憧れができたんです。
あなたのような漢になりたいって!」
街の明かりが近づいてくる。快楽と悪徳の街は夜も眠らない。
「ありがとうね、ジェフリーくん――」
そう言って立ち止まった勇者様は、首元に手を当てた。
……これは、まさか。
解除する素振りを見て初めて察しがついた。だが、まさか、そんなことが。
「――でもさ、私、男ではないんだよね」
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