第1話「まぁね、悪魔最強のマセガキが街を案内してくれるみたいだし」
……あれから2週間ほどの時間が過ぎた。
悪魔なんていうのは、結局は単純な奴らの集まりだ。
そうでなければ王位継承戦なんて儀式が建国から今まで続くはずがない。
そんな悪魔たちからすればエステルは最高の魔王だった。
ジェラルドと繰り広げた王位決定戦の華々しさ、吸血鬼を越える実力。
決定戦という儀式で自らの統治を示す才覚、全てが悪魔民衆好みだ。
勇者ヴェン・ライトニングというコードネームを捨て、自らの本名を名乗ったことなど最早問題ではない。それどころか、大衆に向けて明かされた彼女の経歴が今の彼女を彩っている。新たなアイドルの誕生に国は浮かれている。
そして、彼女が示した才覚ゆえに俺はその機会を得た。
ヴェンの遺言、いいや、アーサーの遺言を伝える機会を。
監獄に囚われている彼へと、俺はその言葉を伝えた。
「――陛下。ここにいらっしゃったんですね」
まるで30年前のヴェンみたいな顔をしたジェラルドとの面会。
それを終えたばかりの俺にレイチェルが声をかけてくる。
……相変わらず恐ろしい女だ、ここにいるなんて教えていないのに。
「ヴェンとの約束を果たしに。あの子への遺言を伝えていた」
「……どうでした? 今のところ黙秘を続けていると聞きますが」
「秘密。他言するようなことじゃない」
こちらの言葉を聞いてクスっと微笑むレイチェル。
今さらだが、彼女に向かって上目遣いをしなきゃいけないのは不思議だな。
最初に出会った時は、今の俺くらいの女の子だったのに。
「意地悪ですねぇ~?」
「別にあいつの証言なんかなくても困らないだろ?」
「まぁ、血の連盟についてはこのまま辿っていけますからね」
アシュリーの動きは大規模だ。あいつが行った根回しは辿れる。
既に宣教局のキトリと協力する道筋も立てている。
どこまで表沙汰にするかはともかく、エステルが宣教局の出身であることは間違いなく悪魔の国と人間の国を近づけていくだろう。
「それで陛下、本当に行くんですか? 海の向こう側に」
監獄から出て数歩でレイチェルの用件は察しがついた。
どこに案内するつもりなのかも。
だから特に何を話すこともなく歩いていた。そこに、この問いだ。
「……向こうに俺が行くことは伝えているからな」
厳密にいつ行くとは伝えていなかったが、既に1か月は遅れている。
そろそろ首を長くして待っていることだろう。
「気の良い謎の投資家ですもんね、あちらの国では」
「渡世の義理だ。一度は顔を出さなきゃな」
「まるで戻ってくるみたいな言い方ですけど、期待してよろしいんです?」
……そういう言い回しになっているのは、俺が離れがたいと思っているからだ。
魔王という役職を降りてからの魔王都は凄く居心地が良かった。
エステルや親衛隊にちょっかいをかけつつ、気ままにブラついているのが。
「いや、俺はいつかエステルの邪魔になる」
今は気の知れた親衛隊しか知らないから良いが、情報は出回る。
長いこと居続けたら担ごうとする連中は必ず出てくる。
人間の魔王なんて許さないって奴は、やっぱりそれなりにいるものだ。
「……相変わらず、フェリス陛下の言葉が深く刻まれていると」
「刻まれていたのなら既に自害しているよ。俺は抜け道を使ったんだ」
レイチェルの赤い瞳が微笑む。
本当に良い女だ。隣を歩いているだけでそう感じる。
「――彼女の寿命は短い。俺たちが過ごした時間よりも前に寿命を迎えるだろう」
「82年と9か月ですからね、生きていれば99歳か100歳か」
「そこまで生きられたとしても、俺たちとは大きく違う。身体も頭も」
短かったとは言わない。レイチェルと出会ってからの時間が。
俺が魔王として過ごした100年が。
けれど、これから同じ時間が流れればエステルの寿命が尽きるのだと思えば。
やはり短すぎる。人間の寿命というものは。
「……エステルのこと、よろしく頼むぞ」
「もちろん。私は魔王の副官ですからね――」
そう答えるレイチェルに心強さを感じつつ、もうしばらく歩いていく。
「今夜はエステル陛下とデートなんでしょう? どこに連れて行くんです?」
心地の良い静寂を楽しんでいた頃合いに爆弾が放り投げられる。
別にデートという訳じゃない。
ただ、決定戦の前に約束していただけだ。魔王都を案内すると。
……いや、それがデートと言えばデートか。
「秘密だ。あいつにも1人になれる場所と方法を教えておかないと」
「なるほど、たまにフラッと居なくなった時の行き先ですか」
「ああ、俺の隠れ家さ。あの娘がこの街に慣れたら1人にしてやってくれ」
こんなことを言わずとも、エステルほどのエージェントならばいくらでもレイチェルの目すらも盗めそうではあるが。
「どうでしょう、彼女は貴方ほど頑丈ではありませんからね」
「毒殺への備えは厳重にしておかないとな」
「そういうことです。まぁ、手は考えておきます。王にも息抜きは必要だ」
俺の息抜きで色々と迷惑をかけてしまったからな、レイチェルには。
なんて思っているうちに王城の中へと入り、謁見の間に入る。
ちょうどそこには応対を終えたばかりのエステルが座っていた。
「――やぁ、時間を貰って悪いね、魔王様」
「正直、今からでも君に押し返したいよ、この仕事」
「そうかい? その割にはしっかり勤めているじゃないか」
エステルの背後に控えているミノに軽く視線を送る。
やはり親衛隊の中ではミノがお気に入りか。接点が多かったものな。
「巡り合わせとはいえ、ヴェン・ライトニングとして手に入れた最後のものだ。
全うできるところまでは全うするつもりだよ。今すぐ辞めたいけどね」
辞める辞める言いながら全然辞めない感じだな、こいつ。
元からこういうところがあるのだろうか。
ヴェンが生きていればそれとなく聞き出せたのに、彼女の人柄をもっと。
「――ミノ、今日はお疲れ様。ありがとうね、色々と助けてくれて」
「いえ。悪魔の国について陛下が知らぬことを補うのも親衛隊の務めですから」
ただ護衛役として突っ立っていたわけではないのか。
まぁ、悪魔のオブザーバーを置いておかないとまだ不安だよな。
魔王になったとはいえ、悪魔としての常識を持っている訳ではない。
潜入できる程度には知識を仕入れてから来ただろうが。
「ねぎらいの言葉を戴いたという事は、この後の護衛は不要ですか?」
「まぁね、悪魔最強のマセガキが街を案内してくれるみたいだし」
「それは残念です。しかし、おふたりの邪魔をする訳にもいきませんね」
立ち上がったエステルが差し向ける手を取る。
その左手には、火傷の痕が残っている。
王位決定戦の証、ジェラルドとの戦いで負った傷痕だ。
「今夜はエスコートしてくれるんだろう? ジェイクくん」




