第18話『――吸血鬼の1人も倒せないようでは”魔王”じゃない』
――ジェラルド・アルフレッドは吸血鬼へと堕ちた。
それは観客席にも伝わっていて、レイチェルが動こうとする。
人間同士の決闘から図式が変わったのだ。王位決定戦を中断するには充分。
中断して私が魔王と認められるかはともかく、中断の大義名分はある。
けれど、それは私の望みではない。
『動く必要はないよ、レイチェル』
使い慣れない拡声の魔法を使う。
キトリのチョーカーに仕込まれた機能のひとつだ。
私の声を聞いて会場の民衆もレイチェルも息を呑んだ。
『――吸血鬼の1人も倒せないようでは”魔王”じゃない』
父の遺した剣を構え直す。左腕を守る魔導甲冑は既にない。
そして兄は吸血鬼となった。
あのアシュリーほどではないだろうが、あのジェラルドではある。
「勇ましいな、流石は勇者だよ」
「父上は吸血鬼を2人倒している。私はその娘だ」
「ああ。そして僕に負けた」
聖剣を地面に突き立てるジェラルド。
吸血鬼という悪魔となった彼には不快なのだろう。
あれにはそういう力があるからな。
「――貴方という人間に負けたのです、兄上」
魔力を帯びた血液で、剣が練り上げられる。
その流れを見るに、濁流を使えるほど慣れてはいないと見た。
まぁ、アシュリーとは年季が違うものな。
「僕が吸血鬼だったら父は負けていなかった、とでも?」
「ええ。まだ人間である貴方に父は温情をかけたんだ」
刃を刃がぶつかり、血の刃は形を変える。
こちらの剣に纏わりついてきて”嫌な予感”がした。
だから手放して距離を取った。
「的確な判断だ。けれど、良いのかい? 父の形見だったのに」
纏わりついた血ごと刀剣が爆発させられる。
金属がバラバラに砕け散るほどの威力。
ジェラルドの元から持ち合わせる爆発の魔法が”血液”という触媒を得たか。
吸血鬼の放つ無限の血液が、爆発物として襲ってくる。
「やかましいぞ、外道が――」
自らの力を把握したようにジェラルドが血を飛ばしてくる。
甲冑で防ぎ切れるかどうか、なるべくその賭けはしたくないな。
いくら魔導甲冑といえど重さはある。
けれど、これを纏って全力疾走くらいできなければ剣士ではない。
「ッ――?!」
最初の血を避けた後、敢えてジェラルドの方に突っ込む。
呆気に取られている隙をついてすれ違い、私は目的を果たす。
地面に突き立てられた聖剣を引き抜き――
「なるほど、最初に戻ったという訳か」
「対吸血鬼にこれほどの武器はないだろう?
アシュリーは心臓を貫いても死ななかったが、お前はどうだ?」
放たれる血液を斬り払う。聖剣には魔を払う力がある。
それがどの悪魔にまで効くのかは知らないが、吸血鬼にはよく効く。
「……見せてもらおうか、神の子とまで呼ばれた君の力を」
再びジェラルドは剣を練り上げる。
詰められた距離、迫る刃を聖剣で弾き返す。
鍔迫り合いには持ち込まれたくない。
恐らく聖剣に血を纏わりつかせたところで起爆はさせられないだろう。
けれど、こういうのには万が一があるからな。
「――兄さん、私は貴方に感謝しています」
「何を今さら……」
「私にとって最初の師は紛れもなく貴方だった」
聖剣の切れ味は、父上の形見より少しだけ上で、だからこそ分かる。
私は、先ほどまでより楽に兄の甲冑を切断することができると。
そしてそれはいくら兄であろうとも回避できない。
ましてや吸血鬼という力に慣れていない兄では――ッ!!
血の剣を退け、胸と腕の甲冑を切断する。
聖剣は彼の肉を斬り裂き、返り血を浴びる。
「……鈍りましたね、兄さん」
「どうかな?」
返り血を爆発させることなんてお見通しだ。
だから魔導甲冑を全てパージさせた。
左腕だけは少し焼かれて焦げたが、大した問題ではない。
「こんなものに頼るのが鈍ったと言っているんだ――ッ!!」
互いに甲冑は脱ぎ捨てた。
潜入の多い宣教局のエージェントらしい装備に戻った。
……ああ、兄が、兄さんがこんなものになっていなければ。
凄く楽しい斬り合いになっただろうに。
血の刃を退けつつ、爆発狙いの血液は回避する。
あるいは聖剣で斬り伏せる。兄の手数は増えたが既に見切った。
……この、楽しい時間も終わりにしようか。
「な――ッ、に……?」
それまでこちらは兄さんの懐に飛び込むための太刀筋を取っていた。
血の剣に対しても、爆発させるための血液に対しても、防いで攻めるという姿勢を取り続けてきた。これを翻して大きく後退、からの投擲。
――聖剣が兄の胸に突き立てられた。
「え、すてる……」
身体から力が抜けたようにしゃがみ込むジェラルド。
その魔力は阻害され、爆発を起こせていないように見える。
という演技をしているのかもしれないが、あの脂汗は演技ではあるまい。
「……勝てないのか、人間を捨ててもまだお前には」
「人間を捨てたから負けたんですよ、貴方は」
自分にトドメを刺した剣を見ろ。吸血鬼になったから手放したものだろう。
「ッ……」
聖剣を引き抜こうとする両腕にも力が入っていない。
吸血鬼になったばかりの兄には抵抗する力が無いのだ。
あのアシュリーの領域にはまだまだ遠い。
「――完敗だ。首を撥ねるなり、心臓を潰すなり、するといい」
そんなことを言って近づいたところで血を爆発させるつもりだろうか。
不思議と違う気がした。
「祈祷済みの短剣くらい持っているんだろう?
剣1本で戦場に来るような女じゃない」
「……よく分かりましたね。一応は隠し持っていたのに」
仕込んでいた短剣を引き抜く。
聖剣ほどではないが吸血鬼には効く武器だ。
「それを投げろ。僕の血が怖いんだろう? ここを狙え」
――そう言って自らの額を指差すジェラルド。
殺してくれ、そういうことだろう。
兄さんらしいな、潔くて、こういう奴だからこうなったと分かってしまう。
「兄さん――」
短剣を構えた。狙いをつけ、振りかぶって……やめた。
父の仇だ。宣教局を崩壊に追い込んだ原因の1人だ。
殺すには充分な理由があるし、ここで死なせてやるのもまた慈悲だ。
けれど、ダメだ。
ここで私が兄さんを殺したら、もう私はまともではいられない。
たとえに出すのも不謹慎だけれど、フェリスを殺して魔王になった彼になる。
いくら彼ほどの寿命はないとはいえ、同じ牢獄を生きたくはない。
『――私は貴方を殺しません。貴方は法によって裁かれるべきだ。
それがこの私、新たな魔王エステル・アルフレッドとしての統治の形だ』




