第5話「剣があるから剣士じゃない。剣士が握るから剣なんだ」
「良いね、痺れる回答だ――」
思わず呟いてしまったこの言葉は誰の耳にも届かないだろう。
俺を拘束していた獣人は既に眠らせている。
魔法を使った。
勇者の剣を肩に受けて、その痛みで空白になった意識を奪うのは簡単だった。
――柄を握り締め、勇者の剣を引き抜く。
この独特の形状、剣身にまで刻まれたエングレーブ。
間違いない、人間の教会が用意したアーティファクトだ。
悪魔の子供なんかのためにこれを投擲するなんて。
流石は勇者、流石はヴェン・ライトニング。
その名に偽りなしと言わざるを得まい。これは本物の勇者だ。
剣を握り構えてみせるが、誰も俺のことなど気にしてはいない。
6人目が作った隙、刀剣を失った勇者という好機をモノにしようとしている。
素手の勇者なら勝てるのではないか、そんな希望が獣人どもの瞳に見える。
迫りくる獣人の爪を、腕で防いでみせる勇者。
――普通なら肉を抉られているはずだ。
手甲を仕込んでいるな。しかし、服の中に隠せる程度の大きさと薄さ。
的確に防ぐのにも技術がいる防具なのは間違いない。
そのまま攻撃を受け流し、距離を取った勇者は地面を蹴り上げる。
距離を取るといっても5対1だ。
逃げ場のない環境であることは勇者も獣人も理解し合っている。
「なんだァ? 木の枝なんかでどうにかできるつもりか?」
俺なんかのために剣を失くした剣士が、なんかそれっぽいサイズの枝を握る。
その様はどこか滑稽で、獣人どもが嘲笑いたくなるのも理解できる。
だが、それだけだろうか。勝利を確信しておきながら笑う必要があるか。
「――怖いのかい? ”木の枝なんか”が」
この場合における嘲笑は、虚勢だ。
得体の知れぬ恐怖、ただの枝を握るただの人間に対する恐れ。
本能が感じるそれを、嘲笑うことで誤魔化そうとしている。
「ハッ、お前は、悪魔のガキのために死ぬんだッ!!」
「ならさ、君よりかは僕の方が魔王に相応しいってことかな」
悪魔の子供を利用してまで人間を殺そうとする文字通りの悪魔たち。
人間でありながら悪魔の子供を守ろうとする勇者。
どちらが”悪魔の王”に相応しいか。その答えは簡単だ。
「な――っ?!」
しかし、これは戦闘力でも既に”魔王”だな。
ただの木の枝で、獣人の腕を完全に切断するなんて。
……あんな芸当ができる剣士、我が国にいただろうか。
「剣があるから剣士じゃない。剣士が握るから剣なんだ」
獣人どもの足が竦んでいるのが分かる。
正直、俺だってこんなのが敵だったらビビる。ビビり散らかす。
だって、枝だぞ? 木の枝なんかで腕が切断されてたまるか。
「ッ――人間なんぞに!!」
腕を切断された痛みに悶える1人を除き、4人が同時に襲い掛かる。
勇者は最小限の動きでそれを躱しながら的確に切り結んでいく。
……”勇者の剣”よりも切れ味が鋭くないか? あの枝。
「バカな、相手は人間1人だぞ、こんな、こんなことが……ッ!」
戦闘は続き、勇者の一撃一撃が深く刻まれるようになってきた。
5対1だから致命傷が入っていないだけで、いつ死者が出てもおかしくない。
狼獣人が泣きごとを叫ぶのも理解できる。つくづく人間の芸当じゃない。
「――そうだね、不動のジェイクを殺した程度の1人の人間だ」
きゃあっ、ボクの名前を出してもらえたっ!
なんて年甲斐もなく喜んでしまうほど勇者の戦いぶりには華があった。
カリスマ性をビンビンに感じる。俺が女なら惚れてた。
しかし、そろそろ見惚れているだけにはいかない。
この戦いはまもなく終わる。
勇者の足止めをするだけの力を獣人どもは失う。
では、俺はどう動くべきか。
勇者の聖剣を握っている限りはこれを回収しに来るのは間違いない。
レイチェルからのオーダーは勇者を1人にしないことだ。
だから剣を返した後までついていかなければ。
「さて、こんなものかな」
最後の獣人が膝をついたとき、勇者は静かに地面を蹴った。
逃げ出すなら今だというのは理解できていた。
倒れた連中が苦し紛れの不意打ちを仕掛けるより前に逃げ切る。
それをやるなら今が絶好のタイミングだと。
「えっ――?」
理解できなかったのは、気づいた瞬間には身体が地面から浮いていたこと。
勇者の細い腕に抱かれて、俺の身体は宙に浮いていた。
2回だ、たったの2回ばかり地面を蹴って彼は俺との距離を詰めた。
――2歩と表現するには余りに遠く、跳躍というには余りに静かな動き。
「君さ、ここの子?」
こちらの身体をしっかりと抱えた勇者様は凄まじい勢いで駆け抜けていく。
別邸の庭を抜け、地面を蹴るごとに距離が開く。
早駆けなんてレベルじゃない。いったいどういう訓練を受ければこんな走りを。
「違います、その、国葬に来てて……」
こういう時に下手な嘘を吐くとすぐに露見するものだ。
とりあえずは実際のところを話しておく。バレるとマズい部分は伏せて。
「分かった。じゃあ、しっかり捕まっててくれるかな?
大丈夫だとは思うけど、完全にあいつらを撒くからさ」
促されるまま、彼の身体に抱き着く。
鍛え込まれているのは分かる。けれど、どこか華奢だと感じる。
そして、なんだ、この良い匂いは。
戦う男とは思えないような、ほのかに甘くて良い香りがする。
「――行くよ?」
勇者様がそう告げた瞬間、走る速度が1段階上がる。
既に人間離れした速さだったのに、まだ速くなるというのだ。
こちらは舌を噛まないように彼の身体に抱き着くしかなかった。
第5話までのご愛読、ありがとうございます。
アクションというジャンルを選んだ理由を感じていただけましたでしょうか。
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