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第15話「あの変態クソ女に俺とお前でキスをさせられた時からお前は俺が好きなんだ」

 ――ジェラルドの奴は、義妹との決着を望んでいる。

 本来であれば、レイチェルが姿を現した瞬間に偽者扱いして殺しに掛かるという手段もあった。事前にジェラルドとどう話すかを打ち合わせた上でやれば。


 魔王の副官が卓越した実力者であることからすれば殺し切ることは難しいかもしれないけれど”王位決定戦”に持ち込まれる前にもっとこう、泥沼の混沌とした状況に持ち込んで機を伺うという方法もあったのだ。


 僕は吸血鬼だ。僕が全力を出して良い状況に持ち込めれば手はある。

 けれど、ジェラルドはそれを望まなかった。

 戴冠式当日までに彼女らを潰せるのならば良し。そうでなければ受けて立つと。


『攻めるのは得意だけれど、守るのは苦手みたいだね? アシュリー』


 なんて、からかわれたのを思い出す。

 実際その通りだった。

 充分な時間をかけて攻め落とした宣教局に対して、魔王都は彼女の庭だ。

 こちらは後手後手に回りレイチェルを捉えることができなかった。


『受けて立とうじゃないか、これくらいできなきゃ”魔王”じゃないだろう?』


 ……そして、僕は彼を止めることができなかった。

 彼の境遇を知っていれば、彼がエステルという勇者に執着する理由も分かる。

 だけど同時に僕は知っている。エステル・アルフレッドという女の実力を。


 僕なら倒せる。確実に殺すつもりであれば。

 いや、それでも、もしかしたら相打ちに持ち込まれるかもしれない。

 そんな相手とジェラルドを戦わせるなんて正気の沙汰じゃない。

 いくら僕の血を持たせているとはいえ。


「――アシュリー、君は君の望みを果たせ」


 近づいてくるエステルに向き合いながら視線を寄こしてくるジェラルド。

 ……お見通しか。

 ついさっき空を駆け抜けていった影に気を取られていることを。


「私は君を愛している」

「……うん」

「ご武運を、我が魔王」


 立ち上がったこちらをレイチェルが見つめてくる。

 忌々しい女だ。

 私と同じ生まれのくせに常にジェイクの隣に立つこいつが。


「貴方ならば場所を把握しているでしょうが、伝言です。

 ”玉座にて待つ。来るも来ないも自由。ただし次はない”だそうです」

「……なるほど。あいつらしいね」


 レイチェルはすぐにでも戦闘に入れる体勢だ。

 正直なところ、こいつは殺しておきたいという欲はある。

 でも、今じゃない。僕がジェイクに勝ち、ジェラルドがエステルに勝つ。

 それが済めばいくらでも殺せるんだ、こんな女。


 ――壇上から降りた瞬間、影の中に潜り移動速度を上げる。

 目指すは魔王城、つい数日前にジェラルドの唇を奪ったあの玉座だ。


「お待ちしておりました、アシュリー・レッドフォード様」


 玉座の間に近づいた瞬間、執事の出で立ちをした獣人が声をかけてくる。

 ……ジェイクめ、表向きは死んでいてもこれくらいのことはできるという訳か。

 影の中を進んでいた私を容易く見抜く実力者をここに置く余裕があるとは。


 執事が開く扉の向こう、玉座には彼が座っている。

 銀色の髪、紫色の瞳、ソドムであの姿を見た時からぼんやりと思っていた。

 あれがジェイクなんじゃないかと。

 私が奪った遺体ではなく”そこ”にいるんじゃないかと。


「――70年前、俺はお前を殺すべきだった。それが王としての役目だったんだ」


 玉座の上で足を組んだまま、彼が私に吐き捨てる。

 摩天楼の常連客を次々と殺めて、最後にオーナーを殺したあの時のことか。

 ジェイクに遅れること十数年、身請けにより自由になっていた私は動いたんだ。

 僕の血を望まなかった恩人が寿命を全うしたから過去を清算することにした。


「何を今さら。君だって望んでいたはずだ。摩天楼は僕らの仇敵だ」

「……俺、個人としてはな。だが、それは王の役割ではない。

 だから俺は潰さなかったのさ。魔王としてあれは確かに有用だった」


 それはそうだろう。そう考えていたから君は殺せなかった。

 摩天楼のオーナーもあの店そのものも。

 だから代わりに僕がやってあげたんじゃないか。

 王としてしか生きられなくなった君を救ってあげたのに。


「――お前があれを殺し尽くした時、確かに俺もスッとしたよ。

 ずっとこびりついていた恨みが少しだけ晴れる気がした。

 お前への情もあった。だから、人間の国へ追放することにした」


 確かにそう言っていたな。

 摩天楼のオーナーたちを殺した私は命を狙われると。

 だから人間の国に行って欲しい、俺個人の諜報員として。


「その結果がこれだ。なぁ、アシュリー、俺が望むと思ったか?

 世界の王なんてものを、俺が求めるとでも思っていたのか」

「――あれから70年、私の供給する情報を使い続けてきたくせに」


 ”血の連盟”はジェイクのための組織だ。

 元から多少の諜報員は人間の国へ送り込まれていたが、その比ではない。

 あの宣教局さえも獲れるほどに私が拡大させた。


「私の与えるものを使い続けてきたじゃないか、嫌な顔ひとつすることなく。

 それを最後の最後だけ”望んでいなかった”だと?

 70年前から全てが間違っていただと? お前いったい何様なんだよ」


 こちらの言葉を前に笑ってみせるジェイク。

 まるで摩天楼にいた頃みたいな幼さになった魔王が笑う。


「――お前はいつもそうだ。やり過ぎるという言葉を知らない。

 この結果は報いなのだろう。お前という男の手綱を握れなかった俺の。

 お前から向けられる偏愛を利用するだけ利用して、否定しなかった俺の」


 玉座から降りて、地面に立つジェイク。

 彼の纏う魔力は異常だ。

 少なくともソドムで垣間見たそれを遥かに越えている。


「――あの時からだろう?

 あの変態クソ女に俺とお前でキスをさせられた時からお前は俺が好きなんだ。

 俺はもっとお前の相手をしてやるべきだった」


 ッ……僕たちがまだ本当に10代だった頃の話だ。

 摩天楼の常連に奇特な客が居た。猫獣人の豪商の女だ。

 僕とジェイクを2人同時に買って、まぐわう様を眺めては悦に入っていた。

 あの時、ジェイクに話を合わせて”なんでこんなことを”と口にはしていた。


「分かってたのか、あんな時から……ッ! それで僕に相談もなく転生だと?!」


 あんな魔女に誑かされて、お前は。


「――女には女への、男には男への愛し方がある」


 強烈な魔力がゆらりと動く。一歩一歩近づいてくる。

 なるほど、これならフィーデルも敗北するはずだ。

 あれだけのトラップを仕掛けていてもなお、勝てない。


「存分に愛してやるよ、兄弟。これで最後だからな。

 悪魔の国からは、全ての心残りを消して旅立つ。忌まわしき過去も歴史も」

「――なるほど、僕は忌まわしい過去かい。ジェイク」


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