第14話『お望みとあらば』
『――管理人として、偽りの魔王に王冠は渡せないな』
ここまでは戴冠式という儀式の体裁を守っていた。
観客席や関係者席に紛れ込んでいる幾人もの親衛隊たちも。
そして、王冠管理人タルーガのフリをする私自身も。
厳粛な空気の中、跪く偽魔王を前にして口火を切った。
ここからは一触即発、何がどう転んでもおかしくはない。
『……偽りだと? それは貴様だろうに。お前はあのタルーガではない』
引き抜かれる聖剣、こちらの首元に迫る刃を指先で止めた。
ちょうどジェイクと同じだ、彼が継承戦で何度もやってきたことだ。
しかし、良い太刀筋だな。確かに技量のある剣士であると分かる。
『確かに私は偽者だよ。君と同じようにね』
指先で聖剣を通じ、彼の身体を引き寄せて魔力を放つ。
それは全ての幻惑を暴く。こちらの欺瞞もあちらの欺瞞も。
私も私で姿を晒すが、彼も彼で本来の姿を現す。
「やはり、魔王の副官か……!」
「本当の顔も男前ですね? ジェラルド・アルフレッド」
「――フン、そうかい」
敢えて本名で彼を呼んだ。これであちらも察しただろう。
ジェイクとエステル、2人の魔王のために私がここに居ることを。
「偽者じゃねえか! 勇者は金髪だったぞッ!!」
観客席からヤジが飛んでくる。こちら側の悪魔だ。
適切に行動してくれている。
『――私は宣教局のエージェントだ、姿くらい偽るさ。
しかしだ、レイチェル。君は魔王の副官としてここに居るのだろう?』
ほう、こちらを認めてくるのか。
魔法の副官は死んだのだから、偽者だと主張してくるかと思っていたが。
アシュリーの方は静かにジェラルドを見つめている。
『呼びたまえよ、君の魔王を。私を偽者だと断じるのならば本物を出してみせろ』
この場にエステルが居ないからこその挑発か。
あるいは王位決定戦に持ち込まれることまでは潔く許容しているのか。
彼女は、義兄の実力を高く評価していた。
私はどうだろうか。
彼女が行った王位継承戦と、つい先ほど受け止めたジェラルドの太刀筋。
これらを比べてどちらが勝つかを予想できるだろうか。
『お望みとあらば』
指を鳴らすのと同時に魔力を放つ。ジェイク陛下にだけ伝わる波動だ。
そして、ほんの瞬きほどの間が流れた後――
――強烈な爆音が空を裂き、身体を震わせる。
これだけで分かる奴には分かるだろう。親衛隊の古参も、あのアシュリーにも。
ジェイクの音だ。彼の翼にしかこの音は出せない。
流石だな、ドクめ。悔しい話だけれど、ここまでの身体なんて用意できない。
本来の身体と同等かそれ以上じゃないか。この揺れは。
強烈な音が駆け抜けて、闘技場のど真ん中に砂煙が舞う。
――中心には1人分の影。
まだぼんやりとしか見えないけれど、それでも分かる。
「来たか、エステル」
ジェラルドの真紅の瞳が静かに見つめていた。
砂煙の向こう側に立つヴェン・ライトニングの姿を。
「――アシュリー、奴の欺瞞を暴け」
「はい。承知いたしました、陛下」
彼女の幻惑の魔法が破られる。
幻惑を打ち破ること自体はそこまで難しいことではない。
ここで私がアシュリーの邪魔をしたところで時間稼ぎにもならない。
『レイチェル、貴様の魔王も偽者だったようだな。
そもそもお前は本物か? 死んだはずの女が偽者の魔王を連れてきたのだ。
貴様自身も偽者なんじゃないのか?』
なるほど。ここでそう来るか、ジェラルド・アルフレッド。
エステルの幻惑は必ず破れると知っているから、先に出させたのだ。
そして分かり切った嘘を暴くのと同時に死んだはずの私が生きていることを糾弾してくる。上手いな、なかなかに頭の回る男だ。
『フン、ならば問おうか。この中に私の顔、私の声、私を忘れた者は居るか?』
こういう場合、定石としては逆だ。
私の望む答えに対して音を出させる方向に誘導するのが有利。
実際、それであれば親衛隊たちが声なり拍手なりをすれば場は傾く。
けれど私には自信があった。この場で私に弓を引ける者は僅かしかいない。
完全なる連盟派でなければ私に弓は引けない。多少の根回しでは無理だと。
そして私はこの賭けに勝った。
まばらな拍手は静寂に飲まれて沈黙へと堕ちたのだ。
『これが答えだよ、ルーキー』
こちらの言葉にジェラルドが舌打ちをするのが分かる。
といっても狼狽える程ではないか。
まぁ、これで私とエステルを偽者として排除できるほど楽観主義ではあるまい。
ジェラルドとの睨み合い、傍に控えるアシュリー。
そしてエステル陛下が一歩一歩近づいてくる。
さて、どうやって王位決定戦まで持っていくか。欲しいな、外からの一押しが。
「人間に区別なんてつかねえよ、俺たち悪魔には! もう強い方が魔王だろ!」
最高に頭の悪いヤジが飛んでくる。ミノの奴の声だ。
まったくもってあいつには勇気づけられるな。
ジェイクという男に魅せられた同志だ。
『――私の立てる彼女と、アシュリーの立てる君。
どちらが本物か、悪魔のやり方で白黒つけようじゃないか』
『……”王位決定戦”か』
スッとこの言葉が出てくるあたり、やはり予測済みだったか。
ここまでの会話運びでそうだろうとは思っていたけれど。
「――陛下」
「止めないでくれ、アシュリー」
「っ……仰せのままに」
2人の会話に独特の温度を感じる。
徹底的に泥仕合に持ち込むという作戦を取って来ない潔さを感じていたが、その出所はジェラルドの方らしいな。
『受けて立とうじゃないか、これくらいできなきゃ”魔王”じゃないだろう?』




