第13話「魔王の王冠、お借りします」
「――フォッフォ、やはり生きておったか。お嬢ちゃん」
闘技場では今まさに戴冠式が始まったばかりだ。
このタイミングが最適だった。
警備兵が式典そのものに重点的に配備されるこの今が。
「お久しぶりですね、老師タルーガ。やはり貴方が引っ張り出された」
親衛隊たちの手引きで私はここに辿り着いた。
残り時間はシビアだが、この段階で騒ぎを起こしていないのは上出来だろう。
既に幾人もの配下が闘技場に入り込んでいるのを自分の眼で確かめている。
「てっきりワシもあの小僧が最後じゃと思っておったわ。
あるいは、君という魔王が誕生するか。その二択じゃと」
亀は万年生きるなんて言う話もあるが、亀獣人の寿命は長い。
例に漏れずタルーガもまた、賢帝フェリスよりもずっと前の悪魔。
彼がフェリスに、そしてジェイクに王冠を与えてきた”管理人”だ。
継承戦という儀式を完成させた初代魔王が用意した役職。
――王冠の管理人。
儀礼的な役職ではあるが、魔王本人ではない王の認定者が必要なのだ。
魔王に打ち勝っただけで本当に魔王になれるのか?
そんな疑念を打ち消すためには。
「100年ぶりですけど、覚えてらっしゃいます? 儀式の流れとか」
「もちろん。あの小僧に王冠を被せた時も、その前の娘もよく覚えている。
今回はだいぶ色々と端折っているな。焦りが出ておるわい」
にやにやと笑うタルーガ。まったく悪い人だ。
「彼らが焦っている理由、分かっているんでしょ?
私が生きていることに驚きもしないし」
「まぁな。人間の新魔王に吸血鬼がべったりと張り付いておるのだ。
これを疑わない悪魔はおらんよ、ワシの世代にはな」
賢帝フェリスより前の悪魔なんて世代で括れるほど残っていないというのに。
「疑っているのなら止めてくださいよ。それくらいできるはずだ」
「老人を買い被り過ぎじゃ。あんなもの敵に回したらタダでは済まない。
それに、君が生きていると思っていたということは、君が動くと確信していたということでもある。ジェイクはあれらを許さんだろうからな」
ジェイクの考え通りに私が動くと確信していたという訳か。
調子の良いことを言ってくれる。流石は老獪。
私がそう言われると嬉しくなってしまうと分かっているのだ。
「――この局面でワシに会いに来たのだ。
ワシがここに居ることに意味があったのじゃろう?
いったい何が望みかね、レイチェルちゃん」
流石だな、何もしていないのに恩を売ってくるこの姿勢。
長命種として見習いたいものだ。
流石に私も亀ほど長くは生きられないのだろうけれど。
「魔王の王冠、お借りします」
”壊すでないぞ”とだけ笑ったタルーガから箱を受け取る。
王冠が収められた専用のそれだ。
ジェイクが儀礼として王冠を使う時に何度も見てきた。
そして、いくつかの準備を済ませたその後――
「――老師タルーガ、お時間です」
警備兵が控室にタルーガを呼びに現れる。
私はそれに応えつつ、彼を観察し、普通の悪魔軍人だと判断する。
こんなところまでユニオンの構成員でカバーする余力はないか。
基本的には吸血鬼と食屍鬼と人間の組織だものな。
「うむ、ご苦労じゃな。案内してくれたまえ」
半歩先を歩く若いオークの後ろを歩いていく。
彼は私がタルーガだと思い込んで疑ってもいない。
とりあえず闘技場の中までは入れるだろう。そこからは運が絡んでくる。
「……今回の儀式、仕切りはあの吸血鬼かの?」
「そうらしいですね。先代が人間の国に送り込んでいた密偵だとか」
「胡散臭いとは思わんか? 正直」
苦笑いを浮かべながらも静かに頷くオーク。
いくら上の方から何人かを押さえたところで現場の人間には分かるものだ。
といっても私たち側が何の手も打てずにこのまま時間が過ぎれば、彼らが抱く違和感も消えていく。
「レイチェル様がご無事であれば……。
というより、ジェイク陛下が負けたのが未だに信じられないっす」
ミノと同じようなことを言うんだな。
まぁ、100年間負けなしだった魔王が人間に負けたのだ。
こういう風に疑われるのも当然ではある。
「ワシも”人間の魔王”に王冠を被せるのは初めてじゃよ」
そんな世間話をしているうちに戴冠式の会場へと近づいていく。
既に音は聞こえる段階だ。
闘技場に用意された演壇のうえで、管理人が新魔王に王冠を授与する。
本来はたったそれだけの儀式なのだけれど、先代魔王の来歴とか、新魔王の演説とか色々と増築されて行って今日ではかなり時間のかかる儀式になっている。
『――新たな陛下へと王冠が授与されます』
司会進行役の声が聞こえてくる。拡声の魔法だ。
こいつを押さえられれば、もう少し楽に王位決定戦に持ち込めたのだがそうもいかなかった。といっても完全に連盟側の悪魔という訳でもない。
儀式を執り行うための裏方役たちに軽く会釈をしつつ、壇上へと登る。
事前に把握していた式次第では、既にここに居るはずだ。
アシュリー・レッドフォードもジェラルド・アルフレッドも。
「っ……」
分かってはいたが、思わず息を呑んでしまった。
まるで、あの日のヴェン・ライトニングだ。
ソドムで私の前から去って行った時の彼に見えてしまう。
幻惑の魔法だと分かっているのに。
あの後にストラス医院で、エステル陛下を見ているというのに。
椅子から立ち上がり、こちらの前で跪いてみせるヴェン・ライトニング。
そんな彼の前で箱の封印を解き、王冠を掲げ――
『――管理人として、偽りの魔王に王冠は渡せないな』




