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第12話『未来を求めぬ男に、私は倒せないよ、ミノ・ストマクド』

 ――もう、あれから1か月くらいだろうか。

 まさかこの短期間に3回も足を踏み入れることになるなんて。

 魔王都の闘技場、初代魔王が建築させた王位継承戦の場。


 20年前、俺はここで伝説を見た。

 後に南方将軍となるリザードマンと魔王ジェイクの継承戦。

 当時5歳の俺は、ちょうどこの席で”憧れ”に出会ったのだ。


 互いに剣が折れるほどの戦い。継承戦の歴史に残るベストバウト。

 あの光景を見て思った。いつか自分もあの場所に立ちたいと。

 魔王ジェイクと戦ってみせると。


『……陛下、俺には未来なんて要りません』


 あのベストバウト以降、継承戦にはつまらない挑戦者が増えた。

 継承戦に挑めば、南方将軍のような要職が与えられるのではないか。

 どうせ”不動のジェイク”には敵わない。

 けれど、適度な試合をしてキャリアアップに繋げよう。そんな奴らが。


『俺はあの日のジェイムズになりたい。いいや、彼を越えたい。

 貴方の全力を引きずり出してみせます。

 20年前、貴方に魅せられて以来の夢を、叶えさせてもらいます』


 ――俺と陛下の王位継承戦。その数日前に顔合わせがあった。

 王位継承戦に定められている儀式のひとつだ。

 どちらが死んでもおかしくない戦い。その前に魔王と挑戦者は言葉を交わす。


『……未来を求めぬ男に、私は倒せないよ、ミノ・ストマクド。

 君が久しく出していない俺の本気を引き出してくれるというのならば、そのまま勝ってみせろ。もうすぐ100年になる不動の私を打ち倒してみせてくれ』


 ジェイムズよりも後、魔王ジェイクは継承戦で指しか使っていない。

 それだけで全ての挑戦者をねじ伏せてきた。

 与えられる要職だけが望みの彼らが抱く怯えを的確に打ち崩してきた。


『――受け”流し”ましたね? 陛下』


 そして、訪れた俺の王位継承戦。陛下は余裕そうに一撃目を俺に譲ってきた。

 いつも通りだ。ここ20年の挑戦者は棒立ちの魔王に手も足も出なかった。

 どんな攻撃も通らず、指先ひとつで全てをねじ伏せられるのだ。


『……ああ、やるじゃないか。ミノ』


 万力を込めた戦斧は、陛下の指先では止められなかった。

 思わず彼は受け流したのだ。入り口に立てたと思った、本当の意味で。

 俺の20年が実る時が来たのだと。


『私のために拳を握ってくださるとは……誉れだ』


 不動のジェイクはその拳を握った、俺と戦うために。

 そして剣を引き抜き、魔法を――魔法は、使わせることができなかった。

 20年ぶりに剣を抜かせることはできたけれど、その先には進めなかった。

 結局、俺はジェイムズ止まりだったのだ。越えることはできなかった。


『――ミノ、俺のところに来い。お前の実力、野に放つには惜しい』


 病室で目覚めた俺に陛下はそう微笑みかけてくれた。


『……そういうことするから、つまらない挑戦者ばかりになるんですよ』

『なんだ? 嫌なのか』

『まさか。望むところです。我が力は貴方様のために――』


 そうして魔王親衛隊の一員になってすぐあとのことだ。

 あの勇者ヴェン・ライトニングとの王位継承戦が始まったのは。

 素晴らしい実力者であることは見て分かった。人間とは思えない領域にいる。

 きっと俺よりも強いのだろう。そこまでは素直に納得できた、そこまでは。


『俺より強いのは認めるが、不動のジェイクを超える程じゃない』


 いま思えば、なんであんなことを言ってしまったのだろうか。

 胸の中にある想いをぶちまけずには居られなかったのだ。

 そして蓋を開けてみれば、あの勇者ヴェンは女の子で、俺より若くて。


 ……いやぁ、年下の女の子に嫉妬丸出しにして恥ずかしい~!

 穴があったら入りたい!!

 彼女が変装の魔法を解いたとき、そっちが変装だと思うヘマまでやらかした。

 もうダメ、情けなさ過ぎてあの人の親衛隊なんてやってられるのか……。


 ――なんて弱音に侵食されている場合ではない!

 俺は今、ジェイク陛下とエステル陛下、2人のためにこの場に居るのだ。

 戴冠式の参列席へと一悪魔として紛れ込んでいる。


 王位継承戦に勝利した者は、先代を丁重に葬った後に戴冠式を行う。

 そうして王冠を戴いた時、勝利者となった挑戦者は真に次代の魔王となるのだ。

 ――だから、奴らは急いでいる。

 新魔王ヴェンが偽者だと露見する前に戴冠式を終わらせて固めるつもりだ。


 もちろん奴らがこれを遅らせてくる場合の作戦もレイチェル様にはあるだろう。

 そちらの方がきっと楽だったはずだ。

 奴ら血の連盟よりも、親衛隊のほうが魔王都には深く根付いているのだから。

 けれど、そうはならなかった。だから戴冠式が始まったら全てが動き出す。


 ――ブロッコリーを1つばかり口に放り込みながら周囲を見渡す。

 親衛隊の皆は無事に潜り込んでいる。

 乱戦になった場合の対処はできるだろう。


 この後の具体的な作戦については聞かされていない。

 戴冠式を強襲して王位決定戦を開くというものだけだ。

 相手も相手で諜報戦に長けた連中、情報共有もままならない。

 恐らく俺みたいなのは顔が割れていて、見られていると思った方が良い。

 だから、敢えて目立つようにブロッコリーを食ってみせた。


 目立つように紛れ込んでいる奴、俺が顔を知っているから分かる奴。

 そして、知っていてもなお全く分からない奴、それぞれに役割がある。

 俺みたいなのは、敵の目を惹きつけておくのが役目だと思う。


 ――ジェイク陛下、もしかしたらこれが最後の奉公になるかもしれませんね。

 表舞台を去った貴方が、今回の一件、どう決着をつけるのか。

 どんな未来を求めているのか。その力になることができれば幸いです。


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