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第11話「――私のことはもう誘ってくれないのかい、海の向こう側に」

 ――安アパートのベッドの上、隣に座らせたジェイクの身体を抱き寄せる。

 他人の体温を感じていないと自分がバラバラになりそうだった。

 兄さんとそれを誑かした吸血鬼のことを思うと気が遠くなる。


 どう受け止めて、どう考えるべきなのか、正直なところ分かっていない。

 けれど、私が討たなければいけない。復讐というよりも義だ。

 身内を裏切って皆殺しにした男の思うがままにさせるのは、道理に反する。


「ジェイク、君は先のことをどう考えているんだい……?」


 まるで最初に出会ったあの夜のように彼の体温を感じる。

 思えば、あの時は少し懐かしかったのだ。

 人肌の体温に覚えがある相手は、父上と兄だけ。

 大きくなってからはそれもなかったから謎のジェフリー少年に甘えてしまった。


 そして今、私は意図的に彼を頼っている。

 彼の中身が200歳近い元魔王であることを知りながら。


「――そうだね、俺は」


 静寂が場を包んでいく。答えに窮したジェイクが頭を掻き始める。

 そのために動かした肩甲骨の動きがダイレクトに伝わってくる。


「他人にあんなことを言っておいて自分が考えてなかったのかい? 先のこと」

「……うん。改めて考えると、分からなくなったんだ。

 海を渡るつもりだったけれど、そのことに意味があるのかどうか」


 ドクという同伴者を失った今となっては。ということだろう。

 たった1人で海を渡ってその先に何があるというのか。


「――私のことはもう誘ってくれないのかい、海の向こう側に」


 自然と押し倒していた。少年の身体をしたジェイクをベッドの上に。

 ちょうど、あの日と同じだ。最初に誘われた時と同じく彼の瞳が見上げてくる。

 アメジストのような瞳へと堕ちていきそうになる。


 ……いったい何をしているんだ、私は。

 こんな”順番待ち”みたいな破廉恥な真似を。


「来てくれるのかい? 俺みたいな奴なんかと一緒に」

「……ああ。正直、私も逃げたくなったんだ。

 兄さんを殺した後にまともな人間で居られる自信がない」


 誇りが濁らないような生き方を心掛けてきた。

 追い詰められた時こそ、正しさが勝利を呼び込むものだと。

 その基準は今、兄を殺せと命じてくる。剣士としての楽しみもある。

 けれど、確かに私はあの人に育てられた妹でもあって、あの人が好きだった。


「……エステル。今からでも別の作戦を、」

「不要だ。これは義務だよ、私が倒さなきゃ父さんが浮かばれない」


 兄だってそれを望んでいるはずだ。

 私が殺しに来ると思っていないはずがない。

 あの人はそんな甘い見通しをする人間じゃない。

 魔王になれて良かったなんて思っていないはずだ。

 だというのにアシュリーの口車に乗った。


「――君は、お兄さんを殺せるのか」

「そういう君はどうなんだ? 君だって兄弟みたいなものだろう」


 アシュリーとジェイクは幼馴染。同じく摩天楼の元男娼。

 あの吸血鬼を見たときに理解したのだ。幼馴染という言葉では生ぬるい。

 奴が”血よりも濃い絆”と言っていた通りだ。


「……殺せる。元はと言えば70年前に殺していなかったのが間違いだった。

 王として下すべき報復を、兄弟としての情で緩めてしまった。

 それがこの結果に繋がった。だから殺す。あいつを殺さないと何も終わらない」


 凄まじい覚悟だ。

 けれど、その語り口は冷静でとても愛する女を奪われた男のそれではない。

 こういうところに王としての才覚が現れている。

 激情に駆られるよりも先に感情が冷えて義務となって固まってしまう。

 そういう部類の人物だ。


「……私には、君ほどの覚悟はない」


 押し倒していた彼を解き、ベッドに座り直す。

 まったくもってらしくないことをしていた。


「だったら、俺がやろうか? 表舞台に戻ることを覚悟すれば手はある」


 彼の言葉がどんなに重いものか、理解しているつもりだ。

 先代の賢帝フェリスを殺めたときからの呪縛。

 それを再び纏っても構わないと言っている。私のために。


「――要らない。そんなことされたら私は君を恨んでしまうかもしれない。

 ジェラルドは私の獲物だ。

 彼を殺すことに躊躇いはあるが、他人に殺されるのはもっと許せない」


 まだ彼の腹の底は分からないけれど、刃を交えれば分かることもあるだろう。

 恐らくそれが、あの人との最後のやり取りになる。

 この世で最初に私に剣術を教えてくれた兄さんとの最後の時間に。

 久しく腹を割って話していなかった。

 あの人が私と距離を取りたがっていたから。


「そうか……分かった。信じよう、君の在り方を」


 ポンとこちらに触れる彼の手のひら。

 その柔らかさと温度に改めてドクという魔術師の腕前を感じる。

 これが造られたものだなんて、とても思えない。


「……エステル、お姉さん」


 私が突き出した拳を前にして、こちらの意図は伝わったらしい。

 こいつにお姉さん呼びされるのは久しぶりだな。

 懐かしさに浸りながら、彼の拳を感じて親指を重ねる。

 あの日、重ねたのと同じ悪魔流の約束だ。


「何に対しての約束なの? これ」

「――さぁ、なんだろうね。

 お互いの目的を果たせるように、無事に帰って来られるように」


 どちらも兄弟を殺せるようにと言ってしまえば最悪そのものだけれど。

 まぁ、そういう意味合いもある。

 敢えて言葉にするつもりはないのだけれど。


「帰って来れたら、魔王都を案内するよ。

 君に知ってもらいたい、良い場所がいくつもあるんだ。

 150年近くここに居るんだ、色んな場所を知っているからさ」


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