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第10話「だいたい予想通りの面子だな、どこまで粛清するかにセンスが出る」

 アシュリーの推し進める戴冠式、その日程が明確になった頃。

 私とジェイクはまだあの安アパートに潜伏していた。

 今のところ、足はついていないらしい。

 死んだはずのレイチェルが奴らの目を眩ませ、手を潰している。


 この数日間、私たちは戴冠式に対して行う強襲の準備を進めてきた。

 キトリから預かっている新たな魔道具の試用とか諸々を。

 と言っても半分くらいは退屈な時間で、共有する相手がいることが幸福だった。


「――だいたい予想通りの面子だな、どこまで粛清するかにセンスが出る」


 親衛隊から受け取った報告書に目を通しながら、ジェイクが呟く。

 いったいいつの間に受け渡しをしていたのか気づかなかったけれど、どうにも試用に出ていた時に受け取っていたらしい。身内すら欺く周到さには恐れ入る。


「魔王都で、アシュリー側についた連中か」

「無事に奴らを排除した後で精査は必要だがほぼ間違いないだろう。

 繋がりの深い順にソートされているから上から10人までは確実だよ」


 静かにそう告げるジェイクに魔王としての振る舞いを見る。

 そんな彼が手渡してくる文書に目を通す。

 知らない連中の名前ばかり並んでいて、どうにも私には判断がつかない。


 ……悪魔の文字が読めるのも、兄に教わったおかげだったな。

 なんて、思い出さなくて良いことを思い出してしまう。


「正直なところ、私には判断がつかないな」

「だろうな。最初のうちはレイチェルに従っていれば大丈夫だ。

 あいつには”誰が魔王になっても30年は国が傾かない”ように仕込んである」


 確かにそれは彼の言う通りだろう。最初から感じていたことではある。

 ストラス医院での手際の良さを見て、なおさらそう感じた。

 まるでジェイクが2人いるみたいに的確な手を打っていく彼女に。


「――もちろん、コトが落ち着いたら継承戦を開き直してくれて構わない」


 私が魔王になった後に向けての手ほどきをしていることに気づいたのだろう。

 慌ててジェイクが付け加えてきた。

 こういう妙に気を回してくるところは、とても元魔王とは思えない人の良さだ。


「……うん。ただ正直、先のことを考える気になれないんだ、今は」


 レイチェルが次の魔王になってくれる。それはそれで良いかもしれない。

 ただ、今の私にはそんな未来のことを考えている余裕はなかった。

 兄と戦うのだ。あのジェラルド・アルフレッドと。


「お兄さんと戦うからかい――?」

「……ああ、剣士として一度本気でやり合いたいとは思っていた。

 あの人には恐らく父を超える実力がある。私の知る限り最強の魔法剣士だ」


 実戦経験こそ少ないが、実戦経験だけが技量の全てではない。

 おそらくあの人は順当に強い。

 私が出会った時からずっと修練を積み上げてきた男だ。


「そうでなければヴェンは斬れないよな」

「ああ、情けを掛けた側面もあるだろうけど、兄の実力もある」


 ……父さんの遺体を目の前にして自然に理解していた。

 ジェラルドがやったのだと。そう納得してしまえば全てが繋がる。

 けれど、よくよく考えると分からない。いったい、いつからなのだろう。

 何が理由なのだろう。

 ――思い出すのは、墓の前で立ち尽くす兄の姿だ。あの人はいつも。


「兄との戦いは、私にとっての全てになる。

 勇者と魔王、父から継いだもの、あなたに与えられたもの。

 私の人生の全てを賭けて、私は兄を否定しなければならない」


 ”だから、その先のことは今は考えられないんだ”


「――ダメだ、エステル。こんなこと言えた義理じゃないが」


 私を案じるように見つめてくるジェイクの瞳。

 紫色のそれが美しくて、私はそれを静かに見つめ返していた。


「どんな戦いも生き残れば先がある。勝っても負けてもだ。

 それを考えられなくなった奴から死んでいく。

 全てを予測することはできないけれど、先を考えることを放棄するな」


 ……なるほど、確かにそれもそうだな。

 私は兄を討たなければいけない。

 けれど、それだけに囚われていたら兄に引っ張られる。

 外道に堕ちてしまったジェラルドに。


「……まぁ、全てを見通せていたらこんなことになっていなかったけどな。

 まさかアーサーの子供同士に殺し合いをさせることになるなんて」

「あなたのせいじゃない。たぶん宿命だったんだ」


 私の存在が兄を追い詰めたのだろうか。それもあるだろう。

 けれど、それだけでもないはずだ。

 兄は決して悪い人間ではない。ないけれど、なぜなんだろうな。


「動機に心当たりは……?」

「――分からない。けれど思い出すのはずっとひとつのことだ。

 兄さんは月命日ごとに母親の墓参りをしていた。

 どうしようもなく兄のあの姿を思い出す」


 父さんは殆どその話をしなかった。

 いや、たまに酒に酔った時に自分の妻は良い女だと自慢はしていた。

 けれど、どうして亡くなったのかという話を聞いたことはない。


『……僕は、母さんを殺して生まれてきたんだ』


 酷い雨の日だった。私はまだ、兄さんの半分くらいの背丈しかなくて。

 抱き着くなんていう甘え方を覚えたばかりの頃。

 とても寒かったのを覚えている。兄さんだけが温かったことを。

 ――雨音がうるさかったはずなのに、その言葉だけはよく聞こえてきた。


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