第7話「俺のために死んでくれるか、レイチェル」
――俺たちがクイーンルビィ号から宣教局まで戻っていたころ。
レイチェルはレイチェルで”内通者を粛清”するために動いていた。
ソドムの街で俺の遺体を盗んだアシュリー。
その腕がどこまで伸びているのかを調べるために。
王都に戻った時、ドクが忽然と姿を消していたことから動きを速めた。
親衛隊の大半を古巣に戻して情報を吸い上げつつ、幾人かに特命を与えた。
その中で当たりを引いたのがハヤブサ獣人のボルドーだ。
魔都警出身の彼に対して、レイチェルは古巣に戻るなと命じた。
表向きは戻らずに魔都警への内偵調査を進めろと。
「――言われずともレイチェル様と同じ作戦を取るつもりではありました。
こう言うのもなんですが、うちは当たりだろうなと思ったんでね。
それで掴んだのが菊の吸血鬼・サマンサへの襲撃計画でした」
魔都警の一部を抱き込んだうえで、適当な吸血鬼を殺害。
そいつにストラス医院襲撃の濡れ衣を着せつつ、レイチェルを殺す。
ここまでが実行された作戦の絵図になる。半分は成功して半分は失敗した。
濡れ衣を着せる相手は殺せたけれど、肝心のレイチェルは生きている。
「――奴らは”人間の魔王”を用意しているようです。
それを信任するように根回しを始めています。
もしレイチェル様が死んでいれば、その動きに勢いがついていたでしょうね」
ボルドーが掴んできた情報は、こちらの推測と完璧に一致している。
この報告を聞いたレイチェルも特に不振がる様子はない。
親衛隊からの情報を吸い上げている彼女からしてもボルドーがガセを掴まされている可能性は薄い。
「……その”人間の魔王”が、ジェラルド・アルフレッド。
貴女の義兄に当たる男で初代ヴェン・ライトニングの実子というわけですか」
ドクの腕を送り付けられてから、ヴェンを看取るまで。
その全てをレイチェルたちには明かした。
隠す理由もなかったし、知らせておくべきだと考えたからだ。
「――陛下、心中お察しいたします」
それはエステルに向けた言葉であり、俺に向けた言葉でもあった。
父親を失い、義兄が敵に回ったエステルへと。
古き友と最も信頼した魔術師を同時に失った俺へと。
「まさか相手がこう動くとは。もう少し早く手を打てていれば……」
「お前が謝るような……いいや、責任を取ってもらおうか、レイチェル」
こちらの意図を察したレイチェルがニヤリと微笑む。
エステルもミノもボルドーもきょとんとしている。
これは付き合いの長さだな。
「――命をもってお詫びします。それを望んでおられるのでしょう?」
「そうだ。俺のために死んでくれるか、レイチェル」
「もちろん。私は既にジェイク陛下へと命を捧げた身であります」
仰々しく礼をして見せるレイチェル。
「――待ってくれ。今は僕のものだろう? 君は」
「きゃあっ、熱い言葉ですね? いよいよその気になっていただけましたか」
「そういうことだが」
エステルが自らの隣にレイチェルを抱き寄せる。
まるで俺に見せつけてくるように。
そんなつもりはなかったけど、少し妬けてくるなこれ。
「……それで、君が死ぬというのはどういう意味なのかな、レイチェル」
「言葉通りです。いえ、正確には”死んだことにする”ですよね?」
「ああ。これを見越してストラスに話を通していたんだろ?」
報道発表の内容に手を入れるという話を医院長に通してあったのは知っている。
おそらくはこれを見越していたレイチェルの根回しだ。
襲撃があることも、その後の報道発表に手を入れる必要が出てくることも彼女は事前にストラス医院長に伝えていた。だからここまでスムーズに事が進む。
「レイチェルが死んでいないと知ったアシュリーの動きは読みにくい。
特に新魔王である君と合流したという事実まで露見すれば余計に。
どんな権謀術数を仕掛けてくるのか、予測もつかない」
一部とはいえ魔都警も抱き込んでいるのだ。
宣教局ほどではないにせよ、深いところまで食い込まれている。
暗殺なり、政治戦なり、様々なものを仕掛けてくるだろう。
「けれど、ここでレイチェルが死んだと思い込めば次の動きは予測できる」
「――戴冠式を強行するでしょうね。
私の情報網がまだ機能していることに怯えながら」
レイチェルが言葉を続けてくれる。流石に長い付き合いだ。
「そして奴らのリソースは地下に潜った私を追うことに浪費される。
貴女の存在を探知する余裕すらなくなるんじゃないかと考えています」
「……理屈は分かった。けれど一歩間違えればヤバいんじゃないのか」
魔王都の各組織に戻った親衛隊たちは動き続ける。
死んだはずのレイチェルの指示によって。
それに怯えつつも、絶好のチャンスを逃しはしないはずだ。
下手に副官や新魔王が戻ってくる前に既成事実を作ろうとするだろう。
そのための戴冠式だ。
「ええ。最悪、私は一生死んだままという扱いになるかもしれませんね。
けれどそうはなりませんよ。戴冠式に横合いから殴りつけますから。
そうですよね? ジェイク――」
頭の中で思い浮かべる絵図は全く同じようだな。
ここまで話せばミノもボルドーも察しているように見える。
分かっていないのはエステルだけだ。人間であるエステルだけ。
「――エステル。君には、お義兄さんと戦ってもらうことになるだろう」
「それは望むところだけど、いったいどういう作戦なんだい?」
「戴冠式の真っ最中に乱入して”王位決定戦”を開くのさ、240年ぶりの」




