第4話「僕を陛下と呼ぶ必要はないよ、どうせ君らも認めていないんだろう?」
――窓から出て行った勇者様に追いついてみせた俺って天才だなぁ!
正直ダメだと思ったが、閉じられた窓に巻き込まれたカーテンを見出した瞬間、脳みそに電撃が走ったみたいに気持ちが良かった。窓から外に出て律儀に閉め直して行ったのだ。そこからは庭の土と草が足跡を示してくれた。
レイチェルに頼まれたというのに『勇者を見失っちゃったよ~』とノコノコ帰るようでは話にならない。レイチェルには情けないところもたくさん見せてきたが、決めなければいけないところでは必ず決めなければダメなんだ。
「――こんな月夜に護衛もつけず、お散歩ですかな? 新陛下」
っ、死地に飛び込んだ……ッ!!
勇者を追ってノコノコ走ってきたらいきなり死地だ!
別邸の庭を抜けようというところで刺客に囲まれているぞ!
「僕を陛下と呼ぶ必要はないよ、どうせ君らも認めていないんだろう?」
「……話が早いな。我々の目的も分かっているということですか」
「人間1人を悪魔が5人で囲むんだ、やることはひとつじゃないかな」
ギリギリで踏み止まって、花壇に身を隠す。
隠れられているのかどうかはだいぶ怪しいが、誰も俺に気づいていない。
少なくとも気づいた素振りはない。
――観戦させてもらうか、元勇者・新魔王の戦いを。
「人間相手に”継承戦”は要らねえ!! 殺せ!!」
5人の悪魔たち、その内訳は狼系統の獣人ばかりだ。
脚力に長け、鋭い牙と爪を持つ”人間サイズの狼”が5人。
――並の人間では3手で詰むだろう。
避けるにせよ、防ぐにせよ、2撃までで上出来、3撃目は無理だ。
「っ――――」
軽く息を吐いた勇者は、腰に提げたままの鞘で背後から迫る狼に一撃入れる。
背後から突っ込んできた狼の勢いを、そのまま鳩尾に返し込んでみせた。
あれは効くぞ。それでいて勇者の方は殆ど力を使っていない。
相手の身体の進む方向に鞘を差し向けて、ただ踏み止まっただけなのだから。
(……やはり強いな、俺が殺されてやるに足る戦士だ)
強い、そして何より美しい。
背後への一撃を反動に聖剣を引き抜き、2人同時に切り結ぶ。
振り下ろされるはずの爪を、腕を斬りつけることで押し退ける。
……骨までは届かずとも肉は切断しただろう。
初手で3人を打ち倒し”並の人間”を超越する勇者。
そのまま斬られた痛みで悶える獣人を蹴り飛ばし、迫る敵の動きを封じる。
5人のうち4人の動きを封じた勇者を相手に残りの1人は何もできない。
苦し紛れの飛び掛かりも、流れるようにすれ違いざまの一閃。
「……芸術だなぁ」
戦う様がここまで美しい戦士もそうそういないだろう。
流麗な身のこなし、不敵な剣捌き、どんな賞賛も彼を表すには不足だ。
宣教局の勇者というが、本当に神に愛された子なのではないかと思わせる。
「――まだ、続けるかい」
ほとんど無傷のまま5人の獣人に斬撃を与えていく勇者。
圧倒的な戦力差を前に狼たちの足が竦む。
その瞬間を、勇者は見逃さなかった。
「まだ、やるかい」
俺から見れば立ち止まって呼吸を整えているだけ。時間稼ぎだ。
しかし、獣人たちにはそうは見えないだろう。
たった1人の人間に一方的に斬りつけられ、追い込まれている彼らには。
絶対的な強者が見せる余裕、慈悲。
戦意が折れそうなところにあれをやられると効くんだよな。
生き延びられる可能性、逃げられるかもしれない希望をぶら下げられると。
命を捨てる覚悟でその場に立っていても、心が揺らぐ。
「――剣を捨てろ、このガキを殺すぞ!!」
えっ、俺か……?! ここで俺なのか??!
完全に見惚れてしまっていた。惚けていたのだ。
勇者の繰り広げる戦いに熱中しすぎて背後から迫る6人目に気づかなかった。
「っ……ハッ、悪魔の子供なんかのために、僕が剣を捨てるとでも?」
花壇に隠れたつもりになっていて完全に人質にされてしまった。
太い腕で首をホールドされ、少し力を籠められれば死ぬ。普通の子供なら。
まったくもって不覚だ。どうしたものか。
――この腕を破壊することは容易い。獣人を殺すことも。
だが、それをやってしまえば”普通の子供”ではなくなる。
人間にとって悪魔の子供は普通ではないが、それ以上の怪物だと露見する。
レイチェルからのオーダーは勇者を1人にしないことだ。
俺が強者だとバレれば、ここから逃げ延びた勇者は俺に後を追わせないだろう。
それにだ……見てみたくないか?
子供を人質に取られた勇者がいったいどう動くのかを。
悪魔の子供なんて知らないと見捨てるのか。
それとも人命を優先して投降するか。あるいは華麗に切り抜けてみせるか。
「良いのか? 勇者サマがそのつもりなら」
こちらの首にかかる力が増す。筋肉まみれの腕で、喉を締めあげられる。
……どうするんだ勇者よ。子供を見捨てるのも妥当な判断だ、責めはしない。
だが、俺の知る勇者ならそうはしない。お前はどうだ?
「少年――」
勇者の青い瞳が、こちらを射抜く。
戦いに見惚れて以来、初めて俺を見つめてくれたな。
まるでアイドルにファンサを貰った観客みたいな気分だ。
「――生き残りたければ、剣を取れ」
何を言っているんだ? なんて疑問が浮かんだ時には既に答えが見えた。
俺の身体を拘束していた獣人、その肩に勇者の剣が突き刺さったのだ。
両手剣を投擲して相手の身体に突き立てられるなんて。それも瞬くほどの間で。
……いったいどういう肩してるんだ? 本当に人間なのか?
「良いね、痺れる回答だ――」