第3話「ええ……ブロッコリーおかずにカリフラワー食ってるのか……?」
――魔王都への転移。その出口は公式には1つしかない。
魔王城の一角に用意された部屋だけだ。
けれど、こんなところに銀髪のガキと金髪の青年が出てきたらコトだ。
その情報は瞬く間に広がり、アシュリーも知ることになるだろう。
しかし、エステルのヴェン・ライトニングとしての姿、随分と久しぶりだ。
懐かしいと感じてしまうほど月日は過ぎていないのに懐かしい。
なんて思っているうちに転移魔法の出口に辿り着く。
魔王都にある安いアパートの一室だ。
定期的に変更しているんだが、半年前くらいからはここにしている。
家賃も安くて済むし、まさか魔王が使う隠し部屋とは思われな……
「――げぇ?! ジェイク陛下! ヴェン陛下も!!」
まず、誰も居ないと思っていた。
ごく少数しか知らない上に忘れやすい場所だ。
いつも年末年始に会計書類を見ながら”この部屋なんだよ”と思い出す。
だから、こいつが居たのに驚かされてしまった。
「……ミノ、いったい何を食ってるんだ?」
ミノ・ストマクド、エステルより前の継承戦挑戦者。
現在は魔王親衛隊の一員。
ジェイク大好きクラブの中でも、大好き度が高いミノタウロスだ。
「ドライカリフラワーです。あ、ブロッコリーもありますよ」
「ええ……ブロッコリーおかずにカリフラワー食ってるのか……?」
「陛下もいかがですか? 美味いっスよ」
細かく砕かれた白いカリフラワーと、青々としたブロッコリー。
とても正気の沙汰とは思えないが、勧められるままに食べてみる。
――まずはブロッコリーを一口。
少しもぐもぐとしたところでスプーン一杯のカリフラワー。
どちらもミノが口まで運んでくれた。
「塩加減が良いな、それ遠くにほのかな……オリーブオイルか?」
「流石ですね、ほんの少しだけ。取り過ぎは贅肉に繋がりますから」
「その肉体を維持・成長させるためってことか」
座っていてもムキムキだと分かる。
安いアパートの一室に、ムキムキのミノタウロスが座っていたのだ。
ブロッコリーとカリフラワーを食べながら。
「ええ、平時は1日10回に小分けにして。
最近はミノタウロスでも肉を食って筋肉つけてる奴も多いですが、あんなもん邪道ですよ。ミノタウロスなら草だけでここまでに成れます。俺がサンプルです」
……見た目もそうだが、前に戦った時にも感じた。
魔力での補助がないとは信じられないほどの爆発力を。
こいつの振るう斧に込められた万力を。
それを支えているんだな、こういう細かな習慣が。
「――ジェイク、草食ってる場合か?」
「う、うん……まぁ、そうだね」
「ねぇ、ミノくん。どうしてここに? ジェイクを待ってた?」
エステルの奴が話を進める。
草食ってる場合じゃないってのは全くもって正論だ。
「はい、レイチェル様からの指示で」
「レイチェルはなぜその命令を下したのか、聞いているか?」
状況が状況だ。なんとなく予想もつくし正直かなり助かった。
けれど、聞いておきたい。
こちら側で何があってレイチェルはそう判断したのか。
「ソドムから戻ってきたとき、陛下お抱えの魔術師が姿を消していたと。
それでレイチェル様は青ざめ、陛下は必ず戻ってくるはずだと俺をここに。
親衛隊に対する謎の襲撃もあって、現在は散り散りに――」
――散り散りになって、魔王都の各組織に潜ったか。
用意していた作戦パターンのひとつだな。
諜報戦に長けた敵が現れた時、親衛隊がそれぞれの出身組織に戻る。
そのことで把握できる情報は把握し、各組織の規律を整え直す。
「レイチェルはどこだ? 新たな魔王はどこに入院したことになっている?」
「――ストラス医院の個室に。レイチェル様が常駐しております」
「今朝の新聞は読んだか? 襲撃はされていないか?」
こちらの言葉に頷き、ミノは新聞を手渡してくれる。
特にそれらしい記事は出ていない。
少なくともこれが書かれるまでは無事だったということだ。
「……間に合ったってことで良いのかな」
「どうだろうな、あるいは読みが外れたか。それとも」
「これから襲撃されるかもしれない、とか?」
あり得る話だ。レイチェルとの合流は早い方が良い。
そして、すぐにエステルをヴェン・ライトニングとして押し出す。
さっさと戴冠式を終わらせてしまうべきだ。
「すぐに出発なさいますね?」
そう言って斧を握り締めてみせるミノ。
まったく、これから病院に行くというのに。
「装備してても良いが、しまっておけ。病院に行くんだからな」
「――それもそうですね。担いでおきます」
「おっと、僕は病室に居るってことになっているんだよね」
勇者ヴェンの姿を解除して、エステル本来の姿に戻る。
何度見ても凄いな、幻惑のチョーカーは。
「魔法でお姿を? 凄いですね、まるで女の子だ」
「ふふっ、ありがと。そういうことだ」
本来の姿に戻ったということを見抜けなかったミノに対して何も教えないのか。
まったく、こういうところに性格が出ているな。
”何歳に見える?”と聞かれたときのことを思い出してしまう。
「いやはや、2人の魔王陛下の護衛とは……恐縮してしまいますね」
「ふふっ、君を見ていると安心できる」
安いアパートの扉を開けながら呟くミノを前にエステルは微笑む。
「だろう? 俺もこいつには何度も助けられた」
「何度もというほど長くお仕えはしておりませんよ。
すぐに交代なさってしまいましたからね」
痛いところを突いてきたミノに向かって飛び掛かって、その頭を撫でる。
こちらが跳んだ直後にはその腕で抱えてくれるのだから弁えている。
気が利く男だ。
「嫌味か~、このこのこの~」
「わっ、髪が、髪が崩れますから、へ……いかとは呼べない!」
「ジェイクで良いよ。珍しい名前でもないんだから」
ご愛読ありがとうございます。
連載開始から1週間、おかげさまでジャンル別週間4位でした。
明日からは1日1話の更新となります。また、作品の完結として7月21日を予定しております。最後までお付き合いいただければ幸いです。




