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第13話「……ジェイク、怒りを解放しろ。身体はそれに応える」

 ――いったい何が起きたのか。それを理解するのには少し時間が掛かった。

 ドクの拘束を解除し、彼女の身体を抱えようとした。

 やせ細った身体と低い体温に触れて、一刻も早く連れ出したいと。


 けれど、俺の胸は何かに貫かれていた。

 仕掛けられていたんだ。

 恐らくはドクの身体、その重さが失われることで発動する罠。


 それはドクの身体ごと俺の胸を貫通した。

 傷口からアシュリーの魔力を感じる。あいつに侵食されつつあるのが分かる。

 ……だが、そんなことは問題じゃない。自分の身体なら治せる。

 問題はドクの身体だ。既に弱った彼女の身体を――


「……ジェイク、ボクのことは心配するな」

「心配するなだって?!」

「ああ、それより君の身体に掛けていたセーフティを、解除する……」


 胸を貫かれ、血を失い、青ざめていくドク。

 抱えようとしたその身体ごと俺は倒れ、彼女は、俺の上に覆い被さっている。

 そのまま彼女の左腕が俺の背中に触れて魔術式が走り出すのを感じる。


「やめろ、魔力を使うな! お前に死なれたら、俺は……ッ!」

「……良いんだ、ボクは大丈夫だ。それよりこのままじゃ君が取り込まれる」

「だからって……ッ!!」


 ドクの魔術式が進むたび、引き出し切れなかった魔力が溢れてくる。

 魔力量は魂に紐づけられる。

 しかし、肉体の制限以上を一度に出力することはできない。

 いつかそんな話をドクから聞いた。


「ごめんね、こんな急場になっちゃって。でも、これだけ使っていれば……」

「ドク……本当に大丈夫なのか? 本当に……?」

「ああ。これであとは……」


 ドクの身体から。力が抜けるのが分かる。


「――ふふ、やはり閣下の読み通りだったな。

 自分の力で勝利を掴み取った時にこそ油断が生まれてくる。

 いくら最強の魔王であろうとも、そこを突けば致命傷を与えられる」


 再生し切ったフィーデルがこちらに歩いてくるのが分かる。

 けれど、それどころじゃなかった。

 そんなこと、どうでもよかった。


「……ジェイク、怒りを解放しろ。身体はそれに応える。

 ボクの造った君の身体が、君の怒りに――」


 それが、ドクの遺言だった。

 冷えていく体温が彼女の死を告げていた。

 ……死というものは一度、自らの身体で経験している。

 だから分かってしまう。ドクの身体はもう死んでしまったのだと。


「閣下の血が、貴方の身体を蝕んでいるはずだ。

 大人しく投降してください。

 閣下には、貴方を許す準備があります」


 ――寿命を奪ったはずの食屍鬼たちが再び立ち上がってくる。

 フィーデルが自らの魔力を注ぎ込んだのだろう。

 手間のかかる真似をしてくるものだ。そして今度は7人がかり。


「許す? アシュリーが、この俺を――」


 ドクの瞼を閉じて、俺は静かに立ち上がった。

 もう二度と彼女が戻ることはない。

 だからと言って歩みを止めるはずはない。

 だから――必要なのは、投降ではなく”報復”だ。


「――な、なんなんだ、これはッ!!」


 怒りを解放した。ドクの言ったとおりに。

 彼女があんな言い回しをしたのは、知っているからだ。

 俺が、怒りを解放するのが不得意であることを。


 俺の生まれと全てを奪った摩天楼にさえ、俺は報復できなかった。

 純粋な怒りから生まれる報復を行うことができなかった。

 国家運営を優先し私怨を果たすことができなかった。


 俺の行ってきた報復は全て、王としての義務だ。

 ”誰に報酬を与え、何に報復を与えるか”

 それこそが王の全てだ。俺は魔王という役割に徹してきた。


 報酬こそ個人的に与えたものはある。

 けれど、報復は違う。

 俺の報復はその全てが魔王としての義務だった。


「報復だよ、魔王としてではなく、俺個人としての――」


 食屍鬼の身体が砕け、グズグズになっていく。

 潰れた果実が果汁を垂れ流すように、血が噴き出しては消えていく。

 俺の怒りが、全てを食らい尽くしていく。


「っ、ドラゴニュートだからって、こんなの……!!」


 逃げる暇は与えなかった。

 抵抗する機会はくれてやった。

 意味がないからだ。どんなにもがいたところで結果は変わらない。

 捕らえられた肉体に逃れる術はなく、噛み砕かれて消えていく。


 ――食屍鬼よりも殺しにくい吸血鬼。

 永遠の命、無限の寿命、驚異的な再生力。

 その全てが意味を成さない。食い殺されるという事実の前には。


「……すまない。ドク」


 全てを終わらせて、彼女の身体に口づける。

 本当なら丁重に葬ってあげたかった。けれど、今は無理だ。

 宣教局、ヴェン、エステル、キトリ……あちらはどうなっただろうか。

 アシュリー自身が仕掛けてこなかったのだ。俺の読みは外れた。


「あとで迎えに来るよ、必ず――」


 地下から這い上がり、サウスランド商会の外へ出る。

 ……ああ、俺は何のためにここまで来たのだ。

 助けようとした相手を殺されて、それどころか逆に助けられてしまった。

 

 ――竜としての翼を広げる。部分竜化だ。

 人間の身体には存在しない翼を広げた。銀色の翼だ。

 懐かしい感覚。せっかく覚えた飛翔の魔法ももう必要ない。


 風を切り、空を裂く。

 高度を上げ、何も邪魔をするもののない世界へ。

 目指す場所はひとつだ、宣教局へ!


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