第12話「――ようこそお越しくださいました、ジェイク陛下」
――ユニオンの大半は既に再起不能。
と言っても集められていたのは人間ばかりだ。
今回の集会に出席していた連中だけで全てではあるまい。
ドクの居場所は把握した。
アシュリーの本拠地で待つという言葉はブラフではなかった。
この建物の地下に囚われている。
『分かったよ、ジェイク。私は宣教局へ戻る。君は1人で良いんだね?』
……本当なら、1人になんてなりたくなかった。
エステル・アルフレッドは俺の知る限り最強の人間だ。
戦闘面ではレイチェルと同等か、それ以上に頼りになる。
そしてアシュリーの奴は、ドクをエサに俺を捕らえるつもりだろう。
まず間違いなく最強のカードをぶつけてくる。
そうでなければ勝負にもならない。
最低でも吸血鬼、下手すればアシュリー本人のお出ましだ。
あいつがあのタイミングで退いたことには意味がある。
何か本命を狙っているからこそ、あの場で仕掛けてこなかった。
では、奴の本命とは何か――8割方で俺自身だろう。
おそらくドクの監禁場所には、罠が仕掛けられている。
そして自分に有利な環境で、アシュリーは俺と戦うつもりだ。
だからエステルには追わせなかった。
仮にこの読みが外れていたとしてもアシュリーは宣教局を潰す。
ならばエステルという切り札は、ヴェンに回すべきだ。
宣教局を守るためには、彼女という力が必要だ。
……こちらは、驚くほど容易に進むことができた。
兵士らしい兵士も待ち構えていない。
どうも、ユニオンの警備兵たちは構成員を逃がすことに注力している。
おかげで妨害らしい妨害もなかったのだ。
……誘われている。間違いない。この配置はそうだ。
読み取った記憶も断片的ではあるが、俺を誘い込むことを前提としていた。
日時はともかく、ドクという捕虜を目当てに要人が襲撃してくると。
「――ようこそお越しくださいました、ジェイク陛下」
進んだ先、だだっ広い拷問室に待ち構えていたのは1人の男。
その隣には、ドクが捕らえられている。
口を塞がれているが、こちらに気づいている。意識はある。
椅子に対して首と両足、そして残された左腕を括りつけられている。
「フィーデル……ッ!!」
「少しは驚いていただけたかな、上ではお世話になりました」
蹴り飛ばしたくらいで死んでいないのはともかく、先回りされただと?
……何かトリックがあるはずだ。
だが、そんなものを解き明かす暇はない。
そもそも相手と同じ土俵に乗ってやる必要なんてないのだ。
「おっと――」
奴が指を鳴らした瞬間、6体の食屍鬼が現れる。
影の中にグールを隠していた上に、ご丁寧に背後まで取ってくるとは。
ルーキーと判断したがこなれているな。
上で戦った時の認識は、捨てた方が良いだろう。
「――並の魔法攻撃は効きませんよ。
それこそ、この部屋が無事で済む程度の攻撃では」
既にこちらは動いていた。距離を詰められるよりも先に雷を放った。
大局魔法ではない。手のひらから6方向同時に。
しかし、その全ては魔法障壁によって防がれてしまった。
「……魔法剣士くらいの力量はあるな」
「ご明察。閣下にも造れない私の食屍鬼です」
……300人の食屍鬼を新造できるだけのストック。
そして、このフィーデルの特殊技能。
なるほど、確かに噛み合っている。周到な計画だ、アシュリーめ。
「捕らえろとは言われていますが、殺しの許可は出ている。
どこまで抵抗するのかは、貴方次第だ――」
それぞれに剣を構えた食屍鬼が突っ込んでくる。
6方向同時だ。やれやれ、あの日のエステルみたいじゃないか。
少しだけ骨が折れるな――
――跳躍、突き出された刃の上に立ち、そのまま顔へとステップを踏む。
流れるように6度、踵の底で食屍鬼どもの顔を踏みつけていく。
これで充分だ。これ以上の追撃は必要ない。
「素晴らしい曲芸だ。軽業師にでも転――な、ッ?!」
食屍鬼どもの身体を腐敗させた。
寿命を加速させ、腐敗し、風化するまで。
すでに6体すべてが使い物にならない。
そのうち1体から剣を拾い上げて、距離を詰める。
フィーデルの心臓へと刃を突き立て、そのまま突き進み壁に押し込む。
深く深く突き立てた剣を変形させ”返し”を作成する。
「バカな……」
「――魔法剣士6人ごときで俺が獲れるとでも、思ったのか?」
そのまま額を握り締める。寿命を加速させても意味はない。
寿命を奪う魔法は、俺やアシュリーには効かないからな。
だが、俺の遺体を吹き飛ばしたようにすればいい。
純粋な魔力を流し込み、頭を破裂させる。
吸血鬼そのものであれば再生してくるかもしれないが、胸に突き立て”返し”を作った剣もある。ドクを助け出すくらいの時間稼ぎにはなるだろう。
舐められたものだな、アシュリー。
この程度の吸血鬼1人で、俺を獲れると思うなんて。
見通しが甘すぎる。最初から7人がかりで来る判断力くらい部下に与えておけ。
勿体着けずに全力で仕掛けて来れば、もう少し勝負になっただろうに。
「ドク――ッ!!」
拘束されているドクの元に駆け寄る。
まず、口を塞いでいる拘束具を外した。
何も考えている余裕はなかった、とにかく目についたところからだ。
「ハ……っ、すまない、ボクのせいで、下手を打った」
「違う、俺のせいだ。俺の幼馴染のせいだ。俺のせいなんだ」
「……ボクが君を解放してあげる、はずだったのに」
ドクの腕を傷つけてしまわないように左手の拘束具を外す。
クソッ、思った以上に手間取る……!!
「もう、してもらった、俺はもう救われたよ。ドク、君のおかげだ」
フィーデルの身体が、ガタガタと音を立て始めた。
マズい、もう再生してくるか……ッ!
首と両足の拘束を外し、彼女の身体を抱き上げ――
「な、に――?」




