第10話「ドレスコードは正解だったみたいだね、お姫様?」
『――最終調整は済んだ。これでスーツとドレス姿に変われるよ』
宣教局へと帰るヴェンを見送った後、キトリがチョーカーの調整をしてくれた。
ユニオンの集会、そのドレスコードには察しがつく。アシュリーの趣味には。
だから、それ通りにオーダーを出した。急場の調整にもキトリは応じてくれた。
『キトリはどうする? ここも安全と言えるかどうか』
『……ちょっと宣教局に戻る。
うちに夜勤はないから大丈夫だと思うけど、残業してる奴が居たらコトだ』
もしも、司令が動いたことを把握していたら。
それに敵が一手遅れていたとしても、俺たちが潜入してドクを奪還したら。
宣教局への内通者はどう動くか分からない。何が起きるか分からない。
『……父さんといい、キトリといい、正気?』
『正気ではないかもね。まぁ、上手いこと先に逃げとくからさ』
『分かった。約束――』
エステルがキトリと小指を絡める。指切りという人間式の約束だ。
そんな2人のやり取りを見送り、今だ。
サウスランド商会――その聖都支部、百貨店を兼ねる大きな建物の前。
「ドレスコードは正解だったみたいだね、お姫様?」
パリッとしたスーツ姿に見えるエステルが笑う。
勇者ヴェン・ライトニングのときと似たような姿。
と言っても、彼女が金髪碧眼であることは露呈している。
だから黒髪に赤い瞳に変えた――奇しくも若き日の父親と似た姿だ。
「指輪は嵌めているかしら? 私のナイトさま?」
そして俺の方は、クラシカルなドレスに身を纏う女のフリをした。
子供として潜入すれば怪しまれるだろうが、これなら背の低い女で済む。
正装に身を包んだ男女たちに紛れ、サウスランドに足を踏み入れる。
ちょうど良い時間帯だ。百貨店の営業終了から1刻みあとに集会は行われるだろうというヴェンの読みがビタリとハマった。あいつ、昔からこういうところの読みに強いんだよな。
……しかし、とても商売の場とは思えないくらいに豪奢な建築物だな。
アシュリー・レッドフォードという吸血鬼の趣味がよく出ている。
あいつの好きそうな格式高い造りだ。
百貨店としての売り場らしい売り場を通らずに最上階に直行できるのだ。
これはもう集会参加者へのカッコつけだろう。
――サウスランド商会聖都支部の最上階。
その造りは独特で、最上階だけで上下に分かれている。
こちらが流れのままに辿り着いたのは、上だ。
同じ指輪を嵌めたバラバラな人間たちが下を見下ろしている。
巨大なテーブルが用意された会議室を。
なにか議題のある連中が下に通されていると見るべきだろうか。
『――新たに27の村々にて神官への忌避感を煽り、教会との分断に成功。
こちらの生産する医薬品の市場となっています。
これで約70の村を我々が保有することに。食屍鬼とすることも容易く――』
下から聞こえてくる会議の内容は、断片的なそれでも悍ましいものだ。
元々、孤立しやすい僻地の村なんて、やろうと思えば一夜にて滅ぼせる。
吸血鬼の力を使うか、食屍鬼を数体ばかり放てばそれで終わりだ。
そんな村々を狙い、吸血鬼に対抗できうる神官を排除。
煽った神官への忌避感は、そのまま教会への反感となり、教会からも孤立。
そうして神官が不在となった穴を自らの生産する医療品で埋めて市場とする。
分断された村々は、好きなタイミングで食屍鬼に変えられるストックにもなる。
――金としても肉としても、実に無駄のない家畜化政策。
倫理や善意という枷を外した化け物だ。
それを、これだけの人数が集まって行っているなんて。
「ッ……」
エステルの奴がブチ切れているのが分かる。
俺も同じ気持ちだ。では、どうしてくれようか。
ここに居る連中は1人残らず、悪魔よりも悪魔だ。
身内を吸血鬼に売り飛ばす外道どもめ。
『――この5つの村では、不作によって収益の確保は難しい。
閣下の求める”まとまった数の兵力”に相応しいかと。
不足であれば更に3つの村を追加できます。これで累計300人規模に――』
スラスラと読み上げられていた言葉が止まる。
その空気に会場全体が息を呑む。
――俺も感じた。その圧倒的な気配を。人間であれば尚更だ。
会議の席についていた者たち全てが立ち上がり、それを迎え入れる。
血の連盟、ユニオンの首領、閣下と呼ばれた吸血鬼を。
……あのときの記憶と同じで、その姿は影に包まれ見ることができない。
幻惑の魔法だ。打ち破ることはできるが、それをやればこちらを知られる。
『――続けてくれたまえ』
たった一言、その言葉で、会議は再開される。
……知らぬ間に偉くなったものだな、アシュリーめ。
『っ、はい。全ては順調に進んでおります。市場としても人体としても。
ご命令さえあればすぐに300人の食屍鬼を作り出せるかと』
報告を聞き届け、頷き、傍に控える側近に耳打ちをするアシュリー。
あれも大物感を出すための振る舞いだろう。
他の連中は聞こえるように喋っているのだから、自分の口を開けばいいのに。
『――では、次の議題へと移ります。司教』
司教、進行役にそう呼ばれた男が現れ、アシュリーの向かい側に立つ。
無意味に長いテーブルを挟んだその向こう側。
さながら、これから裁かれる罪人のようだ。
まるで蛇に睨まれた蛙、どんな言葉を発することもできていない。
『……兵力の準備は滞りなく進んでいる。私の部下は実に優秀だ。
それで司教、君の発案だったね、勇者を魔王の元に送り込むのは』
司教と呼ばれた男を前に、アシュリーが自らの口を開く。
あんなに勿体着けていたくせに意外とあっさり喋るんだなとも思った。
しかし、この周囲の反応を見ていると違うな、これは。
アシュリーが口を開くのは、構成員を断罪するときだけなのだ。
それを徹底しているから異常な緊張感が場を支配している。
『ハッ、魔王陛下を世界の王に押し上げ、閣下が世界を支配する……』
『お題目の復唱は要らないな。どうしてだ? どうして私の魔王は死んだのだ?』
『……それは、まさか、悪魔の王が人間ごときに敗れるなどと』
司教の回答を前に薄い笑みを浮かべてみせるアシュリー。
不思議なものだ。幻惑の影に隠れている笑っているのが分かる。
『――2代目勇者は、初代と同等かそれ以下の実力しかない。
なぜなら2代目は女で魔術師でもないから。
君の言葉だよ、司教猊下。私はよく覚えている。皆もそうだろう?』
こんなもの、頷くしかない。ユニオンの配下ならば他に選択肢はない。
『ちょうど数日前、私は彼女と刃を交えた。かりそめの肉体でね。
その実力は、そうだな、フィーデルと同じくらいだったな』
嫌味ったらしく司教猊下と呼ばれた男の隣、真紅の男が立っている。
……アシュリー、本当に人間相手に自らの血を分け与えたのか。
同格の吸血鬼を作り出していたなんて。
『フィーデル、君の実力を見せてやれ。
もちろん、女で、魔術師でもない程度の力で充分だ。
力とは何かを知らぬ司教猊下に、それを教えてあげてくれ』




