第6話「”エッグトーストだ、カリカリのベーコンを挟んだエッグトースト”」
「――それにしてもご機嫌な朝ですね、朝は何を食べられましたか?」
宣教局の司令室、監視役が立てられて扉を閉めることもできない状況。
目の前には懐かしい顔、俺の勇者、俺のヴェン・ライトニング。
だから懐かしい言葉を使った。30年前に用意していた合言葉を。
彼は覚えているだろうか。もう忘れてしまっただろうか。
「”エッグトーストだ、カリカリのベーコンを挟んだエッグトースト”」
――来たッ! 伝わった!!
ヴェンはたった今、俺が誰なのかを理解したッ!!
流石だ。よくもまぁ、30年も前のことをよく覚えている。
「良いですね、私は”固ゆでの卵”を食べました。手軽ですからね」
「それで? ドクターキトリは私と朝食の話をするために?」
「いやいや、ちょっと娘さんにお金を貸してましてね」
ニタニタとした笑みを浮かべながらヴェンに近づいていく。
もう、彼の顔は逆光ではない。見える、見えるぞ、ヴェンの顔が見える。
あれからもう30年だ。すっかり老け込んだ。
でも分かる。あの日の彼だと分かる。懐かしい、本当に懐かしい。
「もう帰ってくる見込みないでしょ?」
と言いながらこちらの視線を助手に送る。変装したエステルに。
ヴェンの奴もそれで納得したのか、軽く頷いて見せる。
「財布出してくださいよ、なに金貨1枚で良いんで」
「おいおい、強引だな~」
「娘の不出来は親が購うものですよ~」
ヴェンが取り出した財布を奪い、その中から銀貨1枚を引き抜く。
それと同時に中身に紙を1枚忍ばせた。
魔術式を仕込んである。ヴェンならそれを読み取って全てが伝わるはずだ。
奴隷解放戦線で何度も使った伝達手段だ。
合言葉を覚えていたこいつが忘れているはずがない。
「あれ~、銀貨しか持ってないじゃないですか~?! シケシケですね」
「所詮は薄給の公僕だからね、君と同じだよ。残りは今夜、君の家に返しに行く。
問題ないよね? 予定入ったりしてないかな?」
完璧に合わせてくれたな、ヴェンの奴は。
実は、こいつの財布の中には金貨も入っていた。
でも敢えて銀貨だけを抜いた。
”キトリ主任に金を返さなければいけない”という理由があれば、この軟禁下でもある程度は動く理由付けになるかなと思ったからだ。軟禁のレベルにもよるが監視役が素人である以上はそこまで厳重なものではないと判断した。
「ぜんぜん大丈夫ですよ。
でも、私の家は貴方しか受け入れませんのであしからず」
「君のとんでも屋敷か。以前、娘がお世話になったようだね」
司令のヴェンですら知っているほどなのか、キトリの屋敷は。
いや、実際、少し案内してもらっただけでヤバかったけど。
「じゃあ、今夜ですよね。お待ちしてますよ。司令――?」
用件を伝え、司令室を後にする。
監視役の青年も特に訝しむ素振りはない。苦笑いはしているが。
自分のところの偉い奴が金貨1枚持ってないんだ。
まったくもって当然の反応だろう。
「ははっ、頑張りたまえよ。財布に金貨1枚くらい入れておけるようにね」
監視役の腰をぶっ叩いて去って行く。
こうも完璧に作戦が決まると気分が良いな。
「……金を借りる娘に、金貨1枚持ってない父親か。悪い噂になりそ」
助手に変装しているエステルが久方ぶりに口を開く。
目立たないように、しばらく話していなかったからな。
「今さらでしょ? 内通していた娘に魔王を育てた父親だもん」
(……お前、覚えておけよ)
(げえっ、怒んないでよ、演技だよ、演技だってお姉ちゃん!)
目立たない程度にゲシゲシとケリを入れてくるエステル。
完全に怒らせてしまったな。いや、当然の結果ではあるが。
といっても俺に怒れるだけの元気があるのは良いことだ。
……なんなんだ、あのクソ兄貴は。
あんなのがヴェンの実子だなんて信じられないぞ。
いったいどういう育ち方をしたらあんな風になってしまうのか。
エステルの奴が動揺を見せていないということは、彼女のいるところでもああいう振る舞いを平気でしているのだろうか。それともエステルのポーカーフェイスが抜群なだけか。
「――さて、今日もバリバリ働くぞい♪」
キトリがこんなことを言うような人物か知らない。
ただ、司令に会ってすぐ帰りましたというのは不自然だ。
だからしばらく自分の仕事をしているフリをしてから早退しろと。
宣教局の魔道具開発部門、その主任の席に腰を降ろす。
猫のキーホルダーが飾られていて、私物だらけな感じに笑ってしまう。
キトリという女らしい趣味だな。
書類の造りは国が違うから独特だけれど、設計図は読み解ける。
攻撃魔法を射出できる魔道具、拳銃の設計図があるな。
これの導入、俺も少し考えたことがあるんだが、あんま意味ないんだよな。
使用に魔力が必要だから素養がない悪魔には使えないのだ。
逆に魔術師なら自前の魔法を使えば済む話になる。
「……あ~、お腹痛くなってきた! 助手くん、休暇簿もってきて!」
目に入るものすべてが新鮮なので書類仕事してる風を装っているだけで昼前くらいまで時間を潰せた。しかし、いつまでもここに居ると俺の知らないキトリへの用件を伝えられそうな予感がしている。魔道具についての複雑な話とか。
2回くらい上手くかわしたが、そろそろ限界だろう。
「はい、主任――」
「うむ。じゃあ、これ出しておいて。私は帰るから」
変装したエステルに所定の記載を済ませた休暇簿を返す。
2人で帰りたいところだが、流石に帰りまで一緒なのは悪目立ちする。
タイミングをズラして離脱し、キトリの家で落ち合うことにした。
「――了解です。お大事に」
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