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第5話「――下手な庇い立ては、己の身を滅ぼしますよ? 父上」

 聖都にある教会の大聖堂、その近くに宣教局の本部は構えられている。

 大きな川に面した少し凝った造形の建造物。

 愛するスパイ小説で何度も舞台になった場所。

 そして、あのヴェン・ライトニングの本拠地でもある。


 ……ここがあの宣教局か。

 人間の国の首都には外交で訪れたことはある。

 しかし、聖都には近づいたこともなかった。

 まさか自分自身の足で、この門を潜る日が来るなんて思ってもいなかったな。


「――おはようございます、キトリ先生!」

「良い天気ですね、キトリ主任」

「キトリ博士、今日もお綺麗ですね」


 宣教局の門を潜り、歩みを進めてすれ違った相手が3人。

 その誰もが気づかない。俺をキトリ・パストゥールだと思い込んでいる。

 凄まじいな、この幻惑のチョーカーは。


 ――キトリの立てた作戦はこうだ。

 彼女が特別に調整した幻惑のチョーカーを使い、俺がキトリに、エステルがその助手に変装する。そのまま軟禁されているヴェンに会いに行けと言っていた。


 シンプルな作戦ではあるが、どうも効果は抜群らしい。

 誰に疑われることもなくスイスイと潜入できてしまった。

 助手として目立たないように、それでもしっかりと案内してくれるエステルのおかげでもあるが。


 やっぱ潜入でモノを言うのは内通者だな。

 キトリとエステル、2人の要人が味方になってくれたおかげだ。

 魔王としての俺じゃここまでスマートに潜入はできなかった。


「――下手な庇い立ては、己の身を滅ぼしますよ? 父上」


 宣教局本部、その執務室に用意された個室。

 その扉に近づいたところで、助手のフリをしたエステルが足を止める。

 個室の前には男が2人立っている。これが軟禁状態というわけか。


 護衛を兼ねた監視役というやつだな。

 ……個室の扉が開かれているのは監視のためだろう。

 おかげで姿も見えれば、声も聞こえて大助かりではあるが。

 中で行われている不穏な会話が丸聞こえだ。


「――おはようございます。どうされました? キトリ主任」

「なに、司令に朝の挨拶にね。

 それと娘っ子に貸してた金を、代わりに返してもらおうと思って」


 理由もなく朝の挨拶に行くような関係ではないとキトリは言っていた。

 そのためのブラフだ。エステルがキトリに金を借りていることにしたのだ。

 もちろん嘘だ。そんな事実は一切存在しない。


「なるほど……確かに帰ってくる見込み、ありませんものね」

「そゆこと、待たせてもらってもいいよね?」


 この護衛兼監視役の青年自体は、別にアシュリーに毒されているようには見えないな。毒された奴の命令で、怪しい立場になってしまった司令を監視しているってだけに見える。ご苦労なことだ。


「――改めて申し上げます、父上。娘を庇う親心は捨てた方がよろしい。

 エステルが裏切り者であったことが露見するのは、時間の問題だ。

 そうなってから態度を改めたところで、貴方への信頼が戻ることはない」


 逆光を受けていてヴェンの顔は良く見えない。

 そして逆に、彼に話している青年もその背中だけだ。見えているのは。

 話の内容からして、こいつがヴェンの息子であるのは確実だろう。

 キトリは言っていた。エステルには兄貴しかいないと。つまり――


「……ジェラルド、どうしてそこまでエステルを嫌う?

 昔はあんなに仲が良かったじゃないか」

「好き嫌いの話ではありません。それにあんなどこの馬の骨とも知れない女」


 ッ――?! おいおい、ちょっと待て。


「ジェリー、エステルは私の娘だ。愚弄することは許さん」

「任務の最中に拾った子供でしょう? 元から悪魔の子だったんですよ、あれは。

 あんな人間離れした化け物を勇者に仕立てて、何を考えているのか」


 ジェリーが略称、ジェラルドが本名か。

 背中しか見えていないが、この青年の髪の色は黒。

 初代ヴェンと同じだ。つまりこいつは実子、エステルは養子か。

 その構図が見えてくると、こいつの嫌な態度に納得はできる。


「私には、お前がエステルの実力に嫉妬しているようにしか聞こえんな。

 言ったはずだぞ、ジェラルド。剣の才能でエステルに勝る者はない。

 無理にあの娘と張り合うのはやめろ。お前のためにもならない」


 化け物じみているほどに優秀な養子の妹と、それに届かない実子の兄。

 妹が、父親の名乗った勇者とコードネームを継承している。


 ……背景としてはこの態度になるには充分。

 問題は、こいつ自身がユニオンに毒されているのか否か。

 状況に乗っているだけなのかどうか、イマイチ読み切れないな。


「……いつまでそんなことを言っておられるのか。

 忘れるな父上、貴方が拾ってきた子供が”魔王”になった。

 貴方の育てた最高傑作が魔王になったんだ。重いですよ、その意味は」


 踵を返すジェラルド青年。

 こちらに目をくれることもなく立ち去っていく。

 その顔を見て感じたことはひとつだ。


 ――30年前のヴェン・ライトニングにそっくりだな、あいつ。


「司令! 次のお客様ですよ」

「うん、見えている。入ってくれたまえ、ドクターキトリ」


 促されるままに足を勧める。

 助手のフリをしたエステルもそのままついてくる。


「すまないね、扉を閉めることはできないんだ」

「構いませんよ、ご時世がご時世ですからね――」


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