第2話「うぅ……それで、なんで猫カフェなわけ?」
「……あ、あのさ。流石に恥ずかしいんだけど、このスカート」
魔王都に設置している転移魔法の出口まで転移。
その後は陸路を利用し、人間の国へと入国。
聖都に近づいたあたりで一度ガラッと変装を変えた。
エステルの方は黒髪の地味なお姉さんへ。
そして、俺も黒髪になったのだけれど今度は弟じゃない。
”妹”役をやらされているのだ、しかもかなり短いスカートで……っ!
足がスースーする。外で素肌の太腿が擦れているなんて奇妙な感覚だ。
「そう? 大きくなって服が小さくなっちゃったのかな?」
……この野郎、分かってて何気ない姉妹の会話として流してるぞ。
クソ、やっぱこいつ許してないな、俺が魔王の座を押し付けたことを。
だからってこんな目に遭わせて復讐して来るなんて。
マズいぞ、自分の生足を見つめていたら変なものに目覚めてしまいそうだ。
「うぅ……それで、なんで猫カフェなわけ?」
聖都に入ったからと言って、まっすぐ宣教局に戻るのは危うい。
アシュリーの思惑通りに欺瞞に満ちた命令が降りてくる状態なのだ。
上層部どころか内部まで真っ黒の可能性もある。だから宣教局には戻れない。
ここまでは分かる。別にエステルに説明されるまでもなく理解している。
分からないのはどうしてこんなところで、猫の頭を撫でているのかだ。
にゃーにゃー鳴いて頭を押し付けてくるのが可愛いからなんて理由じゃ納得できないぞ。俺はそういう理由で撫でているけれど。
……というか凄まじい商売形態だな、猫カフェって。
悪魔の国では見たこともない形だ。
「そうだね、私のチョーカーを造った相手を待っている。
これで伝わるかい?」
「――なるほど。それは待つ甲斐もあるね、お姉ちゃん?」
幻惑のチョーカー。
エステルという女性をヴェン・ライトニングという男の姿に変える魔道具。
今は、彼女を黒髪の美女に変えている。
このチョーカーによる幻惑の何がヤバいって、俺はともかくレイチェルでさえ見破れていないということだ。いや、レイチェルに実際のところを聞いたわけじゃないが、エステルは特に男であることを疑われてはいないと思うと言っていた。
「そういうことだ、私の一番の親友さ」
歳が近いのか――えっ、これほどの魔道具の作り手だぞ?
それで17歳らしきエステルと同世代だと?
10代か? せめて20代には入っているのか?
どっちにしても、あまりにも若い。
「――おお~、カカオちゃん! 今日もかわいいねえ♪」
その客が入ってきたとき、まず妙だと思ったことが1つ。
8歳か9歳くらいの子供が1人で入ってきて、親御さんが居ないのか聞かれなかったこと。まるで常連客のように流れるように案内されたのだ。
それだけならまぁ、そういうこともあるかで済む。
別にこの先、関わることもない相手だ。殊更に気に留めることはない。
だが、どうやらそうではないらしい。エステルの視線がそう告げている。
「……げぇ、エステル?!」
「しーっ。ゲェとはご挨拶だね? こっち来なよ」
「ハァ……仕方ないにゃ~」
カカオと呼ばれた黒猫を抱えてこちら側に座る少女。
10代か20代かと思っていたら、まさか10歳未満の1桁代とは。
冗談だろ、いったいどうなっているんだ、宣教局は。
「――いつか来るとは思ってた。けどさ、何もここじゃなくて良くない?
しがない公僕の楽しみ、推し猫への課金をどうして邪魔するわけ?」
なんか高そうな猫缶を開いてカカオくんに振る舞っている。
本当に嬉しそうな顔をしているな、猫もこの娘も。
「職場には顔を出せないからね。で、今日ならここに居るかなって」
ぺろぺろとエサを食べ進めるカカオくんを見つめつつ、少女は横目でエステルを見つめる。その視線はとても鋭く、なるほど確かに宣教局の人間だと分かる。
……いや、なんかの冗談を見せられているような気分だけれど。
「分かった――表でも裏でもない、横から入って」
ドスンと音を立ててテーブルに鍵が置かれる。
彼女の家の鍵ということだろうか。
「家は、無事ということで良いのかな」
「さぁ? たぶん大丈夫だとは思うけどね。そっちこそ尾けられてない?」
「絶対の安全はないけれど、私はそこまで下手じゃないと思っている」
立ち上がろうとするエステルより先に、少女が言葉を紡ぐ。
「ところで、どちらさんなの? この娘――」
「私のかわいい妹だよ」
「お姉ちゃんがお世話になっています」
とりあえず話を合わせておくけれど、少女の方は目をパチクリさせている。
まったく納得していませんって感じだ。
「話は後で良いだろ? とりあえずごゆっくり」
「――荒らさないでね? まぁ、遅くなるから覚悟しといて」
「了解。ごめんね、せっかくの時間を邪魔しちゃってさ」
そう言ってスッとエステルは猫カフェを後にする。
俺の方も、とことこと後をついていくしかなかった。
「……聞きたいことだらけだろう?」
「流石にね」
「でもダメだ。もう少し我慢してくれるかい?」
まぁ、そう言うと思っていた。
街中で宣教局関係者の話をベラベラする訳にもいかないからな。
しかし、いったい彼女は何者なんだ。
猫カフェで推し猫のカカオくんに課金して高いエサを貢いでいる。
それは良い。個人の趣味だ、そういうこともあるだろう。
しかし、あれはどう見てもまだ10歳に達してもいない少女だぞ。
そんな歳で幻惑のチョーカーを発明したと。
そんな歳の娘にエステルは頼っている?
どうも何か違う気がする。見た通りじゃないことがあるような。
「着いたら教えてくれるんだよね? お姉ちゃん」
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今日はあと1話、明日以降はしばらく1日3話ずつ更新していこうと思っています。
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