第1話『忌々しい歴史とおさらばしてまっさらな身体でやり直すんだ』
『――王が2人いるとロクなことにならない、か』
ドクと出会って、魔術師として抱えて何年目だったろうか。
いつの間にか俺の抱えるトラウマを見抜かれていた。
自分が望んで魔王になった訳ではないことも、先代への敬愛も。
『理屈としてはよく分かる。
神輿が2つあればそれを使おうとする奴も出てくるのは必然だからね』
摩天楼での日々、フェリス陛下との出会い、そして現在に至るまで。
ドクには全てを打ち明けた。俺の過去の全てを。
それだけ信頼したということもあるし、それだけ聡い人間だったのだ。
隠していたことを静かにひとつひとつ明かされて、自然と話したくなった。
『でも、君と先代は未だに同一視されている。当時を知る悪魔からは特に。
無用な心配だったんじゃないかとボクは思うけれどね』
『かもな。けれど、あの人の決めた覚悟を俺は覆せなかった』
”――私を、殺してみせろ。ジェイク”
今でも彼女の言葉は鮮明に思い出せる。
100年経った今でも、まだ90数年だったあの夜でも。
断ろうとして断り切れなくて”継承戦という場”に俺は飲み込まれた。
”……ありがとう、これで終われる、これで”
『そうして座った玉座を、90年以上も守り続けているわけか』
『褒めてくれるかい、健気な俺のことを』
『先代の言いつけを守る忠犬っぷりを讃えてあげれば満足かい?』
そう言ってドクは笑いながら俺の髪を撫でてきた。
魔王に対する敬いのないその態度が好きだった。
元々がそういう出会い方をした人間だ。
魔術師同士の遠距離なやり取り。
あてどのない通信の最中に出会い、やがて惹かれていった。
だから魔王としての尊敬なんていらない。こういうのが良いんだ。
『――けど、先代がそうだから君も降りられないって訳か。
王は2人も要らない。それを守るのなら死ぬ以外の引退はないから』
『まぁ、そういうことになるな』
即位から90数年、既に俺は歴代魔王の中で最長の記録を更新していた。
そもそも長命種が魔王となったケースは限られているし、そうだとしても適度なところで継承戦に負けて引退。しばらくして歴史の表舞台から姿を消す。
そんなパターンが歴史を紐解くと散見される。
悪魔の国を建国した初代魔王のドラゴニュートですら継承戦で死亡していないという説も根強い。まぁ、死んだという説もあって真偽は不明だが。
『じゃあ、君を解放してあげるには最低死んだことにしてあげないとダメか』
『継承戦の場で、死んだフリでもしろってか?』
『いや、違う。本当に死ねば良い。それで誰にも文句は言われない――』
ドクは俺よりも魔術師としての格が上だ。
大局魔法を使えるかは知らないが、技術者としては圧倒的に才能が違う。
だから何を言っているのか分からなかった。何を言いたいのかが。
『――死んで生まれ変わるのさ。
忌々しい歴史とおさらばしてまっさらな身体でやり直すんだ。
転生だよ、転生。リインカーネーションという術式に覚えがある』
自前のメガネをクイッと整え、にやにやと笑うドクが楽しそうに見えた。
あれから幾年かの月日を重ねて、ドクの転生術式は完成した。
新しい身体の製造、別の身体への転移実験を重ね、残すは本番のみとなった。
『――え、ミノくんの時にはやらない? なんで?』
最初にリインカーネーションという魔術式を提示したあの時から少しだけ年齢を重ねたドク。少しだけシワの増えた顔がどうしようもなく愛おしかったのを覚えている。
『あいつは本気だ。本気で自分の人生を賭けて俺の前に立とうとしている』
『継承戦に本気じゃない奴なんて……いや、割とそんなんばっかか』
『20年前、ジェイムズとやった時以来だよ。本気で俺を獲ろうとしているのは』
――リザードマンのジェイムズ、今は南方将軍を任せている男。
奴との戦闘は、自分の記憶にも鮮烈に残るほどに激烈な戦いだった。
だからこそ、その腕を認めて南方領を任せたのだ。不安定な領地だった。
だが、ジェイムズとやって以来、どうもそれ狙いの奴が増えた。
元から敗者に対してある程度のキャリアを与えるのは通例だったのだが、南方将軍は余りにも分かりやすく大きな役職だ。
俺と軽く一戦演じ、要職のポストを貰おうなんていうヌルい奴ばかりになった。
ミノ・ストマクドとかいう若者がそうであるのなら利用するのにちょうど良いとも思った。前評判から悪い噂は聞かない。狡猾さも薄そう。レイチェルの良い傀儡になるだろうと。
『……へぇ? 本気なんだ、ミノくんは』
『ああ、二言三言しか交わしていないがそれでも伝わるほどにな。
気の抜けた勝利はくれてやれない。そう感じさせるくらいには本気だ』
こちらの言葉を聞いてドクはニヤリと笑った。
『ことがことだからね、君の判断は尊重する。
けれど忘れないで欲しいな、ボクの寿命は有限だ。
ボク以外にこの術式を使える魔術師はいないよ、君の配下にはね』
良い態度だ、こういうところが好きなんだ。
自身に満ち溢れ、不敵で、結果を伴う。
『なに、近いうちその時は来るさ。必ずね――』
そんなことを言ってから数日後だった。
全ての始まり、アシュリー・レッドフォードからの手紙が届いたのは。
勇者を俺の元に寄こすと。
彼の仕掛ける暗殺を逆手に宣戦布告しろと。
『よりによって勇者サマを魔王にして転生とは。君も鬼だね?』
『どうかな、勇者が俺の知る通りのままであれば、あいつは切符を手に入れる』
『――切符? なんの切符?』
当時はまだ俺の知る通りの男が来ると思っていた。
奴隷解放戦線という半年を共に駆け抜けた男が。
俺の知るヴェン・ライトニングが。
『”世界の王”になり得る切符さ、大陸という世界に君臨する王への』




