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第7話『――まずは兄弟、私は君を舞台から降ろすつもりはない』

『――ジェイクは上手だ、もしかしたら君の記憶を覗くかもしれない。

 そのために私は、敢えてジェイクに語り掛けるように君へ語ろう。良いね?

 なぁに、そう身構えるなよ、これが終われば君も吸血鬼だ』


 ジェイクの走らせていた魔術式から言葉が聞こえてくる。

 目で見えるもの、耳に聞こえるもの、記憶がダイレクトに伝わってくる。

 まるで、自分がそこに立っているみたいに、その温度まで。


『――まずは兄弟、私は君を舞台から降ろすつもりはない』


 薔薇の吸血鬼アシュリー・レッドフォード。

 その姿は影を纏い、実像を掴むことができない。

 ……幻惑の魔法だな。こんなものを使われていて気づかなかったのか。

 使者をさせられたこの男は、本気で吸血鬼に成れるなんて思っていたのか。


『だからプレゼントを用意した。受け取ってくれただろうか。

 贈り物が、首ではなく腕である理由は分かるはずだ。

 待っているよ。それまで君を誑かした魔女は生かしておく』


 ”――我が本拠地で待つ。薔薇の指輪を忘れるな”


 そこまで聞こえたところで、記憶の追体験が終わる。

 当たり前のことだけれど、私はまだクイーンルビィ号の甲板に立っている。

 ジェイクは、使者を名乗った男を解放していた。


「君にも見せる価値があるのは、これくらいだった。

 こいつ自体がドクの腕を斬り落とした張本人かとも思ったが。

 大したことを教えられていない使いっ走りだよ、しょーもない人生だ」


 吐き捨てるように呟くジェイク。

 男の方は、ふらふらと歩いていく。焦点の定まらない瞳で。

 ――手すりを乗り越えて、海へと落ちる。


「あいつは死体になるまで誰に認識されることもない」

「……悲鳴をあげても誰も気づかなかったように?」

「格のある相手には効かない魔法さ。誰にも認識されなくなるだけの」


 いきなり雨と雷を降らせた大局魔法といい、今回といい、凄まじいな。

 継承戦の時には終ぞ使わなかったけれど、これが魔王の術式か。

 私はこれに対抗することができるのだろうか。


「っ…………」


 ジェイクは、額に手を当ててうなだれている。

 手のひらで隠れているけれど、それでも分かる。

 今までに見たことのない壮絶な表情をしていることを。

 ……正直なところ、掛ける言葉もない。


 自分の遺体をあんな風に使われてもなお、幼馴染への情もあると言っていた。

 それなのに当の幼馴染がこんなことを仕掛けてくるなんて。

 ドクという人物は、ジェイクにとって大きな存在だ。

 断片的にしか聞いていないけれど、それでも伝わってくるほどに。


 ――見ていられなくて、視線を動かしてしまう。

 その先には切断された右腕、使者の右腕が転がっている。

 中指には紅い指輪、紅く加工された金属の指輪だ。薔薇の刻印が彫られている。


「……薔薇の指輪か」

「そうだ。それがユニオンの会員証代わりだ」


 ついさきほど、私に手渡そうとしていたそれを見せてくれる。

 同じもののように見えるが、よく見ると刻印の紋様が少し違う。

 ジェイクのそれの方が複雑で花びらの数が多い。


「この使者は、指輪を運ぶために用意されたのかな」

「かもな、俺がこいつを持ち出してなかった時に備えて」


 切断された右腕から指輪を引き抜き、そのまま腕を放り捨てる。

 海に落ちるようにかなり遠い方向へと。

 とても見た目からは想像できない肩の力だ。


「――持っていろ、一応は使えるはずだ」


 こちらに向けて投げられた薔薇の指輪を受け取る。

 魔法は仕掛けられていないとジェイクは続けた。

 魔王からのお墨付きだ。信じてもいいだろう。


「……聞くまでもないことだろうけど、これからどうする?」


 分かり切ったことだ。

 舞台を降りることを望んだジェイクに掛けられた圧力。

 共に降りるはずの相手を人質に取られたのだ、答えは決まっている。


「ドクを助けに行く」

「罠であるのは確実だよ?」

「関係ない。踏み越えるだけだ」


 虚空を睨みつけているジェイクの隣に立つ。


「なら、私も同行しよう」

「……宣教局に戻るんじゃないのか」

「身内を洗うのは、敵の首領を潰してからで良い」


 宣教局のことは心配は心配だけれど、それよりも私はアシュリーが許せない。

 私の宣教局を濁らせ、ジェイクの大切な相手を人質に取ったあの吸血鬼が。

 よくもまぁ、こんな法外な手段を取ってきたものだ。


「ふふっ……ありがとう。それとすまない。意地悪なことを聞いた」

「え?」

「連盟の本拠地は聖都にある。宣教局と同じ都市にな」


 ――本当に悪い冗談みたいだ。

 宣教局が毒されていると気付いてしまった時からずっとそうだ。

 けれど、まさか冗談だろう。聖都って私の故郷だぞ。


「本当に諜報戦において完全敗北していたって訳か……」

「ヴェンの奴は白だろうが、どこまで黒かは俺にも分からない」

「っ……悪い冗談みたいだよ。貴方への暗殺命令が下された時からずっと」


 教会上層部に潜り込んだ連中は多いだろうな。

 けれど、こちらの庭にまで潜り込まれてその情報が上がってこなかったんだ。

 本当の意味での身内にも敵は潜り込んでいると考えた方が良い。


「――だが、これで本来の形に戻った。黒幕を獲りに行く時だ」


 途中までその黒幕の策略に乗っていたくせに。

 なんて返す気は起きなかった。

 大切な人の腕を送り付けられているのだ。とてもじゃないが。


「魔王にされたと思ったら、魔王と共闘することになるなんてね」

「ふっ、良いじゃないか。君の父上と同じだ、懐かしいよ」


ご愛読ありがとうございます。

これにて2章「揺れる悪魔列車」は完結、次回より3章に入ります。


おかげさまでジャンル別・日間ランキング2位に入ることができました。

PV数も私にとっては初めての勢いでドキドキしています。


この勢いのまま最後まで駆け抜けたいと思っています。

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