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第6話「――ジェイク陛下と、エステルさんですね?」

「――これが、アイスクリームか」


 吹き付ける磯風を背にしながら、見慣れないお菓子を食べる。

 冷たく甘い独特の食感は、のどかな昼下がりにはうってつけだ。

 クイーンルビィ号、その甲板の上。ここが旅の終着点。


 港湾都市という場所に抱いた印象は主に2つ。

 王都にも引けを取らないほどに発展し、整備された街並みであること。

 そして、確かにここはウンディーネの街だということ。


 実物は初めて見たが、容姿は人間とそう変わらない。

 けれど、纏う魔力が全く違う。

 ウンディーネ1人1人から魔術師と似たような気配がするのだ。

 見慣れぬ街並みに、見慣れぬ種族。

 こんな最果てまで来てしまうと、とても同じ悪魔の国とは思えない。


「ウンディーネのお菓子さ。こっちに来ると食べたくなるんだ」


 手すりにもたれかかりながら、クイーンルビィ号の客席を見つめる。

 見慣れない肌色をした人間、魚人、獣人、ウンディーネと多種多様だ。

 海の向こう側から来た連中も多いのだろうな、この感じだと。


「待ち合わせの相手はいつ来るんだい?」

「さぁね、出航まではまだ日数があるから」

「特に決めてないってわけなんだ」


 ひょっとしたらドクという魔術師に会えるかと思ったが。

 男なのか女なのか、今のジェイクの身体を造るほどの技術力。

 ジェイクの語り口から感じられる尊敬と感謝の念。

 一度くらいは顔を見ておきたい相手ではある。


「ドクという人に会ってみたかったけれど――」

「……うん。まずはこいつを受け取ってくれ」


 ジェイクから手渡されるのは小さな封筒。

 いったい、いつの間にこんなものを。


「あいつからの報告書は全てが時限発火式でね」

「ふふっ、古典的だね」

「記憶から抜けている場所、意図的に報告に上げていない拠点。

 そんなのは、あって当たり前と思って欲しい」


 つまりは今のジェイクが知る限り、思い出せる限りのものというわけだ。

 魔王が知って覚えている分だけのユニオンの拠点。

 この封筒の中に、それが記されている。


「そして、これが会員証みたいなもの――いや、待て」


 ジェイクがその動きを止めた。

 理由は私にも察しがつく。

 今の今まで無かったからすっかり忘れかけていたけど。


 こちらを見てきている人間が1人いる。

 クイーンルビィ号に人間がいることを珍しがっているだけか、それとも。

 ――男、50代、戦闘経験はあるけれど乏しい。

 豪華客船らしいスーツはともかく、不自然に大きなケースを所持。

 そして、こちらがジロジロと見ていても視線を外してこない。

 限りなく黒だな、こいつは……。


「――ジェイク陛下と、エステルさんですね?」


 銀髪の少年が魔王ジェイクであると知っていて、私の名前も知っている。

 間違いない。あのアシュリーの回し者だ。

 血の連盟からの使者というわけか。


「おっと、構えずともよろしい。私は使者に過ぎません」

「……あいつが生きた使者を送ってくるとは意外だな」

「フフ、私はあのお方に気に入られていましてね。血を分け与えてくれると」


 あのアシュリーが生きた人間を信用しているとは、とても思えないが。

 自分が集めた摩天楼の傭兵たちを皆殺しにするような男だぞ。

 それに吸血鬼が本当に血を分け与えるだろうか。

 吸血鬼にとっては吸血鬼こそが最大の天敵だというのに。


「……お前、騙されてるぞ」

「ほう? どうして、そう言えるのですか」

「本当に気に入られているのなら、ここに来る前に血を与えられている」


 ジェイクの奴が、的確に使者とやらを追い詰めていく。

 それでも男の方は構うこともなく、こちらに近づいてくる。

 ――既に間合いだ。やろうと思えばいつでもやれる。


「なるほど、一理ある。しかしすぐにそうなります、これが終わればね」

「俺への伝言が終わったらってことか。良いぜ、言ってみろよ」


 ジリジリと灼けるような感覚が肌に走る。

 感覚が鋭敏になって、時間の流れが遅くなるような錯覚が来る。

 男は、手に握るケースを地面に置き、言葉を紡ぐ。


「――”兄弟、君を舞台から降ろすつもりはない”だそうです」


 紡ぎ終えた瞬間、ケースが開かれ、その中身が露見する。

 ッ……腕だと?!

 切断された”人間の腕”が収められている――ッ?!


「おおっと、重ねて申し上げる。構える必要はない、私は使者だ。

 それに聞きたいでしょう? この腕が誰のものでその望みが――」

「――必要ない」


 冷たく言い放つジェイク。次の瞬間、使者の右腕が切断される。

 ――なんだ、今のは。何が起きてこうなったんだ。

 そして、どうして誰も聞いていないんだ? 痛みに呻く男の悲鳴を。


「腕が誰のものかなんて教えなくて良い。これはドクのものだ」


 痛みに悶え、転がる男の髪を掴み上げてその動きを止める。

 アメジスト色の瞳から魔力が溢れ出ているのが分かる。

 まるで本当に龍の瞳のようだ。


「そして、この程度の魔法に抵抗できない時点でお前は”使い捨て”だ」

「ま、待ってくれ……私は――」

「――俺は、使者を殺したことはない」


 魔王ジェイクが人間の国からの使者を殺したという記録は実際に無い。

 それは海の向こう側からの使者であっても変わらないだろう。

 確かに彼はそういう手段を取るような為政者ではない。


「どうしてか分かるか? どうして俺が使者を殺したことがないか」

「え……それは、あくまで使者だから……」

「違うな。相手を皆殺しにしたいって思ったことがないからだよ」


 掴み上げていた髪の毛をさらに高く上げ、もう片方の手で頭を掴む。

 ――瞬間、魔術式が走り出したのが分かる。

 分かるだけで何をしているのかは分からない。魔術師ではない私には。


「お前と”交渉ごっこ”をしてやるつもりなんてないんだ」


 8歳くらいの少年が50代の男を床に転がして、男は悲鳴をあげている。

 だというのに誰も気づかない。クイーンルビィ号を歩く誰も、誰1人として。

 そして、魔王の術式は一方的に走っていく。


「口なんか通す必要はない。全てはお前の記憶から引き出す――ッ!!」


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