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第5話「最後に言われたのは”私を殺してみせろ”だ」

「あの顔とあの身体を作るために去勢されているのさ、二次性徴前に」


 ……魔王の過去か? そんな壮絶な過去が。

 けれど、確かに彼の言う通りだ。

 ヴァラクからサマエルまでの旅路で彼が語った通りじゃないか。


『――素人が初見で抱く違和感のうち、半分くらいは正しいものだ。

 そこには何かしらの不合理や不自然が存在して、正常さを阻害している。

 けれど、それが”歴史”だ。人間も悪魔も歴史の最中に生まれてくる』


 私が抱いた違和感は正しかった。

 ”不動のジェイク”に子供がいないのはおかしい。

 そう、それはおかしいことなのだ。


 だから、そこには何かしらの不合理や不自然が存在している。

 今回で言えば、その不合理こそが彼の生まれ。

 摩天楼で育ったという過去、そこで行われた悍ましい行為。


 まさに彼は望まない歴史の最中に産み落とされ、だからこそ憎んでいるのだ。


『――生まれた時からずっと不愉快だった。

 自分よりも前の事情で、自分の全てが決定されていることが。

 王になったところで、それは変わらなかった』


 あの言葉を聞いたときに思ったはずだ。

 もし、摩天楼こそが実家だという言葉が真実だとしたら?と。

 そして、それは真実だった。あの監獄の中で、彼は……


「――意外だな、そこまで驚くのかい?

 こちらの経歴くらい掴んでいるものだと思っていたが」

「賢帝フェリスの優秀な副官、それ以上の過去を把握していない」


 こちらの言葉を聞いてフッと笑うジェイク少年。

 この顔を、このままで居させるために生殖機能を奪われたと。

 男らしくなっていくことを阻害されたと。


「そうか。まぁ、俺のように拾われた悪魔は多かったからな。

 彼女は特定の相手と関係を持つことはなかったが、その代わりだろうかね。

 多くの若者を見出して育て上げた。その最高傑作が俺だ」


 摩天楼の男娼から先代フェリスに見出されて、ということか。

 ――なるほど、恨むのも道理だ。

 歴史を恨むのも、自分が生まれるよりも前に決定されている全てを恨むのも。


「それで、その歳からやり直したかったというわけか……」

「うん。だからドクには感謝している。

 これほど精巧に肉体を造れる魔術師はそうそういないからね」


 ……なんか、ここまで聞かされると怒る気が失せてしまったな。

 魔王の座を押し付けてきたクソ野郎と思っていいはずだ。

 それは何も変わっていないのに、なんか同情をしてしまったというか。

 歴代最長、悪魔最強の王の出生が、こんなものだなんて。


「ねぇ、ジェイク……本当は魔王になんてなりたくなかったんじゃないの?」


 彼の経歴を知って改めて思う。

 元来、言葉の端々から先代であるフェリスへの愛が零れていた。

 だから改めて思うのだ。敬愛する相手を殺してまで、魔王になんて、と。


「――ああ。本当なら彼女を殺したくなんてなかったよ。

 けれど先代はどこまでも生真面目な人だった。

 王が2人いるなんてロクなことにならないってね、甘い決着を許さなかった」


 ……なんて、なんて酷な役目を背負わせたんだ。

 自分が見出して、自分が拾い上げた相手に。

 そんなの、私が父上を殺すようなものじゃないか。


「初めて出会った時、彼女は”私を殴ってみせろ”と言った。

 摩天楼の男娼たちの中で、魔王陛下を殴れたのは俺1人だった。

 最後に言われたのは”私を殺してみせろ”だ」


 そんな始まりで、よくぞ100年も魔王を務め上げたとさえ感じてしまう。

 野心らしい野心もなく、敬愛する相手に望まれ、敬愛する相手を殺して。

 けれど、そんな過去だからこそ、彼の100年の統治が腑に落ちる。

 大きな施策を取ることなく、それでいて安定に努めた調整の100年が。


「……それで、よく100年も。自分の遺体を使われても報復に出ないのも」

「うん、疲れたんだよ。報復とは義務だ、魔王にとっては。

 王というのは、誰に報酬を与えるかと何に報復を与えるかで出来ている」


 独特の政治哲学が出ているな。

 人間が悪魔の王になって、悪魔の国が人間の国を飲み込む方が反発が少ない。

 そんな、よく分からない理屈を言っていた時からしばしば感じるが。


「あのアシュリーも同じ摩天楼の出身、なんだよね」

「うん、唯一の幼馴染というのはそういう意味だ」


 最後の一口分の料理を食べ終え、ジェイクが言葉を紡ぐ。


「その意味では、あんな廃墟から全てが始まっている。

 ――まさに”歴史”さ。

 それが君と君の父上を巻き込んでしまったんだ」


 ジェイクという魔王が生まれ落ちた時から背負った歴史。

 父上が宣教局のエージェントとして勇者となった歴史。

 私が父上に育てられ、勇者となった歴史。

 全てが絡み合い、ジェイクと同じ過去を持つ吸血鬼が、牙を剥いた。


「俺がまだ舞台の上に立つ役者であるのなら、俺自身が決着をつけるべきだ。

 そうだとは分かっているのだけれど、疲れたんだ。

 たとえ狂ったとしても幼馴染は幼馴染だしな、情もある」


 ……魔王という役割を押し付けられた私としては溜まったもんじゃない。

 けど、こいつは若き日の父を支えてくれた相手でもある。

 舞台を降りるのに充分な務めを果たしてきたとも思う。

 寿命では死なない長命種が、舞台を降りるにはもう充分だと。


「――分かった。私も思うよ、貴方には舞台を降りる権利があるって」

「すまないね、君の力を借りることになってしまうけれど」

「じゃあ、魔王レイチェルまでは繋いであげるよ。それで充分でしょ?」


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