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第2話『……つまりは魔王を暗殺しろということですか? 司令』

 ――奴隷解放戦線、30年前に父が勇者と呼ばれるようになった戦い。

 北方将軍に奴隷として拉致された人々を解放するための半年に渡る小さな戦争。


 本来、父は事前の斥候役として北方領に潜入していたという。

 ヴェン・ライトニングというコードネームも、その場限りの使い捨て。

 けれど奴隷として虐げられる人々を前に、父は行動を起こした。


 結果的には人間軍の動きを速め、北方将軍から人々を解放する結果に繋がった若さゆえの独断専行。けれどそれは確かに伝説となり、わざわざ勇者ヴェンの2代目が用意されるほどの歴史になった。


 あの歴史1つからしても、父の裏に魔王ジェイクがついていたと考えるのは不自然ではない。実際、悪魔の国側の協力者が居なければ越えられないような死線を何度も越えた異常な戦いだったのだから。記録に残る部分でさえ。


「……何をバカな。そんな風にあなたの言葉を否定したい。

 けれど、同時に思うんだ。その言葉を信じれば腑に落ちると。

 父が”あいつなら何とかしてくれる”なんて言った理由が」


 こちらの言葉を聞いてジェイクの奴が驚いたような表情を見せる。

 その独特な表情から、生前の彼を思い出す。

 銀髪の少年になるよりも前、背の高い紫色のドラゴニュートだった頃の彼を。


「ほう、ヴェンの奴がそんなことを。あいつは見抜いていたな?」

「もちろん。魔王ジェイクを暗殺することに、人間側のメリットはないと」


 ジェイクに対して言葉を返しながら、同時にあの日のことを思い出す。


『……つまりは魔王を暗殺しろということですか? 司令』


 2代目勇者として私がこなした初仕事が、北方将軍の暗殺だった。

 30年前に殺せなかった相手にトドメを刺す。

 そんな初陣を終えたばかりの私に、次の命令が下された。


『――そういうことになる。不動のジェイクを殺るんだ』

『身内に鎌をかけるのはやめて欲しいな、司令。

 即位100年を迎えようという穏健派だ、敢えて殺す意味がない』


 不動のジェイクは、先代の賢帝フェリスに続く穏健派。

 そのうえ即位100年を迎え、行動予測も立てやすい人物だ。

 人間の国が積極的に排除するべき相手ではない。

 違法に奴隷をかき集めていた北方将軍とは違うのだ。


『良いか、私はお願いしているんじゃない。これは命令だ』

『宣教局の司令として、か』

『……そういうことになるな』


 魔法通信越しでも、何か事情があることは伝わってきた。

 彼は聡明な男だ。私が思い至る程度の時勢を読めない男ではない。


『――では、貴方に育てられた娘として問う。父として答えて欲しい。

 ”不動のジェイク”を獲るメリットがあると本気でお考えか?』


 初代ヴェン・ライトニング、勇者は私の父親だ。

 そして同時に直属の上司でもある。宣教局における現場指揮の最高責任者。

 ……彼が本気で魔王ジェイクを殺すメリットがあると考えるのなら従う。

 私には思い至らないような図式が存在しているのだと、飲み込める。


『……ないな、あるわけがない。理由はお前の言ったとおりだ。

 即位100年からくる行動予測性の高さ、彼自身の穏健さ。

 新たな魔王が選抜されるよりはずっと楽だ。こちらからすれば』


 やはり貴方もそう考えるか、父上。となれば毒を盛られているな。

 彼に毒を盛って行動を制限できる連中なんて、かなり限られてくる。

 宣教局内部というよりは、教会上層部と考える方が自然だ。


『私は貴方の刃だ、父上――毒を飲ませた相手を、獲りましょう』


 ……父上が揺れたのが分かった。

 私を呼び戻して身内を洗い、粛清する。

 理不尽な命令だ、必ず裏がある。その方がずっと楽だ。何より正しい。

 自分は正しいのだという確信、極論や我儘ではない自然な納得。

 苦しい時にそれが最後の支えになる。命を賭けに出しているときは特にそうだ。


『……ダメだ、お前は戻ってくるな。大丈夫だ、あいつなら何とかしてくれる』


 あいつとは誰のことを言っているのか。

 それを問いただす前に通信は途切れてしまった。

 傍受されないよう、通信を行えるのは限定的な状況下のみ。

 あれ以来、私は宣教局との通信を取れていない。


「なるほどな、そこまで見越してあいつは君を俺のところに送り込んだか。

 そんな君を俺は道具として使ってしまった。次代の魔王に」

「……そうだそれだ。いったいどういう目算だったのさ?」


 私に下された魔王暗殺命令は、アシュリーの仕掛けた謀略だった。

 ジェイクはそれを逆手に取った。

 いや、逆手かどうかは知らないが私に殺されることで引退の口実にした。


「正直なところ、君の父上が来ると思っていた。初代勇者が」

「北方領に配下が居るなら知ってたはずだぞ、私が初代と違うことを」

「……そこを突かれると痛い。実際、その報告も受けていたしな」


 父は黒髪に赤い瞳だし、もう既に50代近い。

 変装後の私とは似ても似つかぬ容姿だ。


「ただ、他ならぬ北方将軍を討ったわけだし、なんだかんだ本人かと」

「だったら私を見たタイミングで止めなさいよ。

 踵を返したところでむくっと起き上がらないでさ」


 ――あの日、私は魔王の寝室に潜入した。

 そこには2人分の酒が用意されていて、肝心の魔王は椅子で眠りこけていた。

 涎を垂らして寝落ちしていても美しい顔を見て、私は踵を返そうとした。


 ここで彼を殺してしまえば本当に取り返しのつかないことになると。


「……だって」

「だって、何さ? 言ってみなよ、魔王様」

「君を逃したら次がいつになるか分からなかったし、それに……」


 見た目相応の少年のようにもじもじしている魔王様に続きを促す。


「――あの場で俺を殺さないという判断を取れる君こそ次代の魔王に相応しい。

 そして今日の今日まで、この選択は正しかったと思っている。

 自分の行いを背負える君を見て、見知らぬ子どもを助ける君を見て」


 前者が何を指しているのかはよく分からない。

 後者は人質に取られた魔王様を助けたことを指しているのだろう。


「別に、誇りが濁ると思っただけだ。

 悪魔の子供なんて関係ないと見捨てることは容易い。

 けれど正しさより易さを優先し続けていると濁りが生まれる」


 こちらの言葉を聞いてジェイクの奴はくすりと笑う。


「やっぱり向いてるよ、君は王の器だ」


 コーヒーカップが揺れる。


「調子の良いことを。私に魔王を降りられたくないだけでしょ?」


ご愛読ありがとうございます。

作中初の視点変更、エステル視点お楽しみいただけましたでしょうか?

ここからはしばらく彼女の視点でお話が進行します。

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