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第1話「――なぁ、エステル。君なんだろ? 北方領で革命を起こしたのは」

 ――揺れる悪魔列車、その個室で車窓を眺める彼女を見つめる。

 たったそれだけのことなのに一向に飽きる気配が来ない。

 列車に合わせて揺れる髪、瞬きで見え隠れする青い瞳、まるで芸術品だ。


 サキュバスに見せかけるための変装。

 それも相まってか、他者を魅了するための全てを有しているように見える。

 こんな少女を宣教局のエージェントに使うなんて、人間たちは贅沢なものだ。


 芸のひとつでも仕込むだけで、最高の華になる逸材。

 全盛期の摩天楼でもトップを取れるだろう。

 まぁ、あんなクソのような監獄に飼われるこの娘は想像したくもないが。


「……私の顔に何かついているかい? 魔王様」

「いや、見惚れていたんだ。君が余りにも美しくて。

 こういう視線には慣れているんだろう? その顔で17年も生きてきたんだから」


 こちらの言葉を聞いてクスっと笑ってみせるエステル。


「それに頷いたら嫌味な女になるじゃないか。

 まぁ、否定しても謙遜に過ぎるけれど。自分の武器は把握しているつもりだよ」

「良いね。流石は悪魔の国へ単独潜入をしてみせる女だ。そうでなくては」


 ――勇者の後継、2代目ヴェン・ライトニング。

 エステルと名乗る彼女は、正直なところ人間とは思えない逸材だ。

 魔王暗殺、それ自体はアシュリーの仕組んだ謀略ではある。


 ただ、本当に凄まじいのはその数か月前に起こした北方領での革命。

 単純に北方将軍を討ち取っただけでなく、完全に領民を味方につけていた。

 だからこそ暗殺でありながら同時に革命として成立している。


「――なぁ、エステル。君なんだろ? 北方領で革命を起こしたのは」


 俺が投げた質問に対し、フッと笑いながらコーヒーを口にするエステル。

 この反応だ、ここからの話は諜報的なやり取りになるな。

 相手がどこまで何を知っているのか、どうして知っているのかを探ってくる。


「やはり把握していたか。僕の存在は伏せておくように頼んでいたのに」


 エステルとしての姿のまま、ヴェンとしての口調で言葉を紡ぐ。

 その様はアンバランスでどこか奇妙な色気に満ちている。


「いや、実際に伏せられていたよ。革命後の北方領は俺に信任を求めてきた。

 暴君と化した前将軍を討ち取ったが、魔王陛下に楯突くつもりはないと。

 そこに君の名は一切書かれていなかった。勇者のゆの字もね」


 正直、送り込んでいた現地諜報員が居なければ騙されていただろう。

 北方将軍との軋轢は長く、常に目を光らせていたからこそ分かった話だ。

 あいつはガチガチの好戦派で監視の必要があったのだ。


「なるほど、彼らは良くしてくれたか。それを見抜く貴方が1枚上手だったと」

「まぁな。非公式の諜報員を送り込んでいたのさ、ずっと昔からね。

 おかげで君の絶大な人気も知っているよ。勇者様の」


 照れくさそうに笑うエステル。

 エージェントらしからぬ歳相応な笑みに惹かれてしまう。


「しかし、どうして革命なんて派手な真似を?

 単身で潜入していたんだ、俺と同じ獲り方を予定していたはずだ」


 こちらが補足できていないだけで現地協力者が居なかったとは思わない。

 けれど、こちらの情報網に引っかからない程度の人数しか居ないのは確かだ。

 であれば狙うのは奇襲による暗殺になるはず。大規模な革命ではない。


 それにこう言ってはなんだが、エステルは政治戦に長けた人間にも見えない。

 現地の反乱勢力を裏から焚きつけるような権謀術数をやれる女ではないだろう。


「うん、予定としてはそのつもりだった。

 けれどちょっと、将軍側の兵士に虐げられているゴブリンを助けてしまって」

「……予定にない人助け、いや、悪魔助けをしたってことかい?」


 単身の潜入中に見捨てても構わない悪魔を助け、敵の兵士に目をつけられたと。

 とても正気の沙汰とは思えない行動だ。けれど同時に納得してしまう。

 この娘は、見知らぬ少年である俺に良くしてくれた。


「おかげで大変だったんだ。目立っちゃうし、指名手配されるし。

 でも、逆に現地レジスタンスと手を組むことができた。

 革命の火を炎に変えて、僕たちはあの北方将軍を討ち取ったのさ」


 ……想像がつく。

 獣人どもに人質に取られた俺を助け、摩天楼に向かう俺についてきた。

 真っ直ぐな正義感、人の良さ。それを裏打ちする卓越した戦闘能力。


 権謀術数や政治というごちゃごちゃを越えて、他者を惹きつけるカリスマ。

 エステルという少女は、確かにそれを持っている。

 やはり魔王に据えるに足る女だ。顔も良いしな。


「逆によくそっちは追認したね。彼らは魔王に討たれることも覚悟してた。

 自分たちが処刑されたとしても子供たちには未来を遺せるはずだと。

 より良い北方領を遺すためならば、喜んで積石のひとつになると」


 だろうな。レジスタンスの中心にいたあの男はそれだけ高潔だった。


『……彼らは、陛下に歯向かうために集まったのではありません。

 けれど確かに貴方が信任した将軍を殺めた。それは動かせぬ事実だ。

 この咎を全て私に背負わせて欲しい。我が命をもってこの一件を』


 そんな風に俺へと跪く、あの男は強烈に美しかった。

 しかし、あいつめ、勇者のことを隠していたとは。

 外様の人間に全ての責任を吹っ掛け、逃げの一手だって打てただろうに。

 道理で美しいはずだ。覚悟を決めた男特有の美しさがあった。


「――より強き者こそが、悪魔を統べる王に相応しい。

 我が国は成り立ちからして”そう”なんだ。

 真に強い者を認めることは難しい話じゃないよ、悪魔の政治として」


 表向きの理由としてはこれだが、もう1歩ばかり踏み込んでも良いか。

 この少女が勇者であるのなら。ヴェン・ライトニングを名乗るのならば。


「それに、あの北方将軍は俺たちの共通の敵じゃないか。

 君が勇者ヴェン・ライトニングだというのならば」


 こちらの言葉を聞いて驚いた素振りを見せるエステル。

 ……ふむ、この反応はいったい何に驚いているのか。

 先代から全てを聞かされているというわけではないようだな。


「確かに貴方と将軍は不仲だし、勇者が勇者と成ったのは……」

「そうだ。30年前の奴隷解放戦線にてあいつは勇者になったんだ。

 あの半年ばかりの時間、俺はすぐ隣で彼を見ていた」


 まだ若い、宣教局のエージェント。

 いつ死んでもおかしくない潜入任務をこなす彼を見ていた。

 たった1人の男が、伝説を纏っていく様を。特等席で。

 反将軍派のレジスタンスを装って、あいつのすぐ隣に居たのだ。


「父さんを、隣で――嘘だ、いや、え、でも、そんな……」


 ッ?! 父さん?!


 ……あの初代勇者の娘なのか、エステルは。

 それにしては、随分と似ていないが。

 よっぽど良い奥さんを捕まえたんだな、あいつ。


「フフッ、心当たりがあるんだろう? 君は聡明だからね。

 答えを明かされれば、周囲の情報からそれを精査できる人間だ。

 しかし君の驚く様を見て分かったよ、あいつは自分の娘にも秘密を守ったんだ」


 正直なところもこっちも驚いたリアクションを返したかった。

 娘には見えないとか、本当に親子なのかとかいろいろと。

 けれど、ここは威厳を取りに行った。

 俺の魔王としての威厳、勇者の父としての威厳を守るために。


「……何をバカな。そんな風にあなたの言葉を否定したい。

 けれど、同時に思うんだ。その言葉を信じれば腑に落ちると。

 父が”あいつなら何とかしてくれる”なんて言った理由が」


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