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第21話「――全ては”船の上”で教えようじゃないか」

「――完全に後手を取りました。まさか貴方の遺体が本命だったとは」


 レイチェルは、エステルの毒殺を狙った連中を洗っていたそうだ。

 既に実行犯を捕らえているものの、食屍鬼となってしまったと。

 おそらく時限式の魔術式が仕込まれていたのだろう。手の込んだ話だ。


「完全に一線を越えてきたな、アシュリーの奴は」

「……アシュリー?」

「ああ、今回の下手人だ。アシュリー・レッドフォードは知ってるだろう?」


 エステルの奴は、静かに俺たちの会話に視線を注いでいる。

 確認しているのだろうな。

 レイチェルの”薔薇を知らない”という話が真実かを。


「あー……何度か貴方を訪ねてきた幼馴染、でしたっけ?」


 意外と印象が薄いな、結構アクの強い奴だから印象に残ってると思ってたが。


「そうだ、俺の幼馴染だ。そして薔薇の吸血鬼でもある」

「宣教局に毒を回した薔薇ですか。なるほど、その首謀者があの方だと」


 エステルの奴がフッと視線を外す。

 どうもレイチェルは嘘を吐いていなかったと判断したらしいな。


「……いかがなされます? 貴方の遺体を辱めたんだ。

 国外へと旅立つ前に始末をつけては?」

「考えなくはない。ただ……疲れたんだよ、そういうことに」


 ――王という役職は、報復と報酬で成り立っている。

 法律でなければ官僚でもない”王”という役割。

 その本質は、誰に報酬を与え、何に報復を与えるのかだ。

 これが全てと言っても良い。だからアシュリーへの報復は義務とも言える。


 ……俺が、魔王であり続けていたのならば。


「陛下……」

「すまない。何から何まで放り投げることになるが」

「――構いませんよ、慣れていますから」


 俺からの無茶ぶりには慣れているか。

 全ての後始末を任せてしまうことになるが。

 けれど、こういう渡世の義理から降りるための転生だ。

 ここで俺が表舞台に戻ってしまっては意味がない。


「――ジェイク、君が疲れているのは勝手だ。

 ここで降りるというのなら、もう止めるつもりはない。

 けれど、その前に教えてもらうぞ。アシュリーについての全てを」


 エステルが鋭利な視線を向けてくる。

 ……やはり、君はここで降ろしてくれるんだな、俺のことを。

 全ての情報と引き換えにすれば。

 魔王の座を押し付けたことをあんなに怒っていたのに。優しい娘だ。


「俺の幼馴染、薔薇の吸血鬼、人間の国に根を下ろす諜報機関――」


 さて、どこまで話すかだ。

 別に全てを話してしまっても良いが、なんか面白みに欠ける。

 曲がりなりにも幼馴染を売ることになる訳だしな。


「――ユニオンだ。血の連盟、ただ単にユニオンと名乗っている。

 吸血鬼の血、永遠の命をエサに人間社会に根を下ろした」


 血の連盟という名前では物騒に過ぎるからな。

 ただの連盟、古い言葉で”ユニオン”と名乗っている。


「活動拠点は? いつからだ? 本拠地はどこだ?」

「……知りたいか、あいつの本拠地を」

「当たり前のことを聞くな、それを話せと言っている!」


 こちらとの距離を詰め、睨みつけてくるエステル。

 ……そのまま襟元を締めあげてきそうな勢いだ。

 まぁ、喉から手が出るほど欲しいよな。


「――なんだ、それは」


 懐からチケットを取り出す。

 俺の最終目標、国外逃亡からのスローライフに必要なものだ。


「クイーンルビィ号のチケットだ。豪華客船に乗るための切符さ」

「それがなんだというんだい……?」

「――全ては”船の上”で教えようじゃないか」


 どうも納得ができないのだ。

 裏切り者とはいえど、幼馴染が70年という時を使って用意してきたもの。

 それを”はい、そうですか”と簡単に売ってしまうのは。


「頭のおかしい幼馴染に狙われていてね、ちょうど護衛が欲しいんだ」

「ハァ――?! なに言ってるんだ、護衛なんてここから好きに1人選べ!」


 レイチェル及びミノをはじめとする親衛隊をぐるっと見渡すエステル。

 まぁ、俺が命じれば1人くらい引き抜くのは簡単だ。

 けれど、それじゃ面白くないんだよな。


「いやぁ? みんな忙しいよな? 俺の遺体の後始末とかさぁ?」

「そうですね。とりあえずこちらに潜り込んでいる内通者を粛清しなければ」

「ッ、レイチェル……ミノくんはどうなんだい?」


 エステルがミノに視線を向ける。


「あ~、レイチェル様を支えるように命じられています。

 その命令は書き換えられていません。ですよね?」

「そういうことだ、ミノ。俺は今1人なんだ、助けてくれよ、ヴェン」


 俺の言葉に、これ見よがしの溜め息を吐いてみせるヴェン・ライトニング。


「……あのさ、君ら本当にこれで良いの?

 先代魔王の幼馴染が裏切ってきてるのに逃げ出す先代を許すわけ?」

「――まぁ、陛下は充分に働かれてきましたから」


 ハヤブサ獣人のボルドーが答えてくれる。

 いやぁ、最高のアシストだ。助かるぜ。


「クソ! ジェイク大好きクラブか、君ら!」

「お前が魔王の座に就けば、ヴェン大好きクラブになるぜ?」

「やかましい……ッ!」


 レイチェルがスッと息を吐く。


「――ヴェン陛下はジェイクについていくとして、その後は宣教局に?」

「誰がついていくものか」

「けれど、それしかないでしょう? 貴方たちは情報戦で負けている」


 70年前から人間の国に巣食っているユニオンの存在を宣教局は把握してない。

 仮に把握していても内部から握りつぶされている。

 その意味では、既に完全に負けている。俺しか糸口がない時点でそうなのだ。


「うっ……レイチェル、君はそれで良いのかい?」

「構いませんよ。ただ宣教局をご覧になられた後には戻ってきてくださいね。

 本当に嫌なら正式に継承戦を開催します。貴方を殺さない程度に負かします」


 ――踏み込んだな、レイチェル。

 俺相手の継承戦はその全てを拒んできたというのに。

 自身が魔王になることも辞さずにヴェンを繋ぎとめようとしている。


「……80年も魔王になろうとしなかった君が?」

「82年と9か月です。本当は嫌ですけど、魔王の座が空白になるよりは楽だ」

「……先代と違って責任感があるね」


 じっとりとした視線を送ってくるエステル。


「ジェイク大好きクラブ会員番号1番ですからね、私は。

 それに貴方は、陛下に気に入られている。

 この人が好き好んで護衛を置こうとするのは滅多にないことです」


 あ、こいつ気に入ってるな。

 ”ジェイク大好きクラブ”って言い回しを。


「時間はどう稼ぐつもりだ? レイチェル」

「そうですね、毒殺未遂はまだ公表していません。

 先代の遺体を奪った吸血鬼との死闘の結果、負傷して面会謝絶。

 これで3週間くらいは大丈夫じゃないですか?」


 素晴らしい。後顧の憂いは断てたな。


「だそうだ。他に選択肢はないぞ、ミスターライトニング?」


ご愛読、ありがとうございます。これにて第1章「我が国葬」完結です。

魔王ジェイクと勇者エステル、2人の凸凹コンビを軸に物語は進んでいきます。


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