第20話「私は、貴方に礼を捧げているのです。ジェイク様――」
――アシュリーの用意した諜報機関、その情報を洗いざらい吐く。
すべてをエステルに打ち明けてしまう。
大人しくこれに従えば、エステルはそれ以上の追及をしてこない気がした。
……幼馴染の全てを売って、後のことは新魔王に押し付けてしまう。
渋々従っている素振りを見せれば1発か2発は殴られてもそれで終わり。
エステルは俺を解放し、晴れて国外逃亡。ドクと共に別荘でのスローライフだ。
それで良いのか……? そんな結末で良いのか? 俺は……。
「――陛下! ジェイク陛下は何処に! ご無事か?!!」
答えに窮していた。エステルにどう答えるべきか。
そんな俺を助けるように、あいつの声が響いてくる。
魔王親衛隊の新入り、ミノ・ストマクドの声だ。
というかあいつまで知っているのか? 俺が生きていることを。
「なにィ?! ヴェン陛下がいらっしゃるだと?!
ああ! ジェイク陛下の遺体が……?! これはいったい?!」
大げさな身振り手振りを交えたリアクション。
ミノタウロス特有の大柄な体格も相まってとにかくデカい。
ふふっ、こいつを見ていると安心するな。素直なところが好きなんだ。
「――吸血鬼の手に落ちた先代を打ち倒したんだ。
これで君も僕を認めてくれるのかな? ミノくん」
エステルの奴がミノに視線を送る。
この2人は既に知り合いか。
まぁ、親衛隊くらいとはやり取りがあって当然だな。
「……げぇっ、まだ根に持っているんですか、陛下?!」
「”俺より強いのは認めるが、不動のジェイクを超える程じゃない”だろ?」
ミノの奴、エステルに向かってそんなことを言ったのか。
まぁ、勇者とやる少し前、正式な継承戦をやった挑戦者だったからな。
もちろん俺が勝ったんだが、見どころのある奴だから傍に置いた。
あと少し年齢と経験があれば将軍職を与えても良かったが。
「――はい、その評価は変わりません。
吸血鬼に汚染された陛下を倒したとしてもです。
勝負の結果は結果として受け入れていますが、それはそれです。
本気を出した”不動のジェイク”はあんなもんじゃない」
……相変わらず”不動のジェイク”ガチ勢だな。
こいつは幼少期から俺の大ファンらしく、かなり色々調べて知っている。
だからまぁ、ミノがこう評するのは当然と言えば当然だ。
「だってさ? どう思う、ジェイク――」
こちらに視線を送ってくるエステル。
それを見てミノの奴が納得したような素振りを見せる。
「……驚かないんだな? ミノ」
「はい。お顔を見れば分かります。お久しゅうございます、我が君」
流れるように膝をつき、礼を尽くしてみせるミノ・ストマクド。
8歳の小僧となった今の俺に迷わず膝をついてみせる。
こういうところが好きなんだよな。
「礼が遅れてしまい、誠に申し訳ございません。
ひょっとしたらヴェン陛下は知らぬものかとも考え、控えておりました」
「……良い。俺はもうお前に礼を捧げられるような男じゃない」
ここに到着した瞬間に俺の顔を見て気づいていたか。
それでいてエステルが俺の正体を知らない可能性を考慮し、控えていたと。
意外と気が利くところがあるな、ミノの奴は。
「何を仰いますか。私にとって貴方こそが目標、我が憧れ、理想の悪魔。
たとえ御身が変わられようと、魔王の座を降りようともそれは変わらない。
私は、貴方に礼を捧げているのです。ジェイク様――」
……やっぱ好きだなぁ、こいつ。
「ありがとう、ミノ。それで俺が生きていることはなぜ知った?」
「大局魔法をお使いになられたでしょう? それで察しが。
レイチェル様を問い詰め、確証を得たのです」
なるほどな、この雨だけで察しをつけられるか。
ミノ自身は魔法使いではないというのに良くもまぁ。
過去に使った天候操作についての記録を把握しているのだろう。
「大局魔法って何? このいきなり変わった天気のこと?」
「左様です。34年前に南方領でお使いになられたものですよね、ジェイク様」
「……えっ、たぶんそうだったとは思うけど」
エステルの質問に答えてくれるのは助かるんだが、ミノの奴、俺自身よりずっと俺の経歴に詳しいんだよな。忘れたようなこと、時期を正確に覚えていないことを平気でぽんぽん説明してくれる。
「なるほど、都合のいい天気だとは思ったけれど」
「ふふっ、見直してくれたか? 俺のこと」
「ハッ、僕に魔王の座を押し付けたことを帳消しにするには足りないな」
そう言われてしまうと全くもって返す言葉がない。
「なぁ、ミノ。お前1人で来たのか?」
「いいえ。親衛隊として参りました、レイチェル様が指揮を」
奪われた俺の遺体と、俺が使う大局魔法の観測。
レイチェルが親衛隊を引き連れてくるのも当然ではあるな。
遺体の奪取に伴い血痕が残っていたことから、吸血鬼の仕業とは分かる。
戦力を整えてから来るのも当然だ。
「――やれやれ、一歩遅かったようですね、陛下」
親衛隊を引き連れたレイチェルが到着する。
これほどの時間差だ。かなり無茶な先駆けをしていたな、ミノの奴は。
「それは僕に向かって言っているのかい? それとも彼?」
「えっ……バレてるんですか? ジェイク陛下」
「御覧の通りだ。鎌掛けとかじゃないから安心して答えて良い」
レイチェルの背後に並ぶ親衛隊たちを見つめる。
良いメンバーだ。
個々の戦闘力もそうだが、何より信頼できる連中が集まっている。
「お答えします、ヴェン陛下。正直、どっちにでも通用するように言いました」




