第18話「ふふっ、一緒に死ぬ相手が居てくれるのって”幸福”じゃないですかぁ?」
「っ、この機に乗じて逃げる、って訳にはいかないよね――」
翼竜形態となり、俺の用意した雨雲を潰しに羽ばたくヴァンパイア。
これを魔法だと見抜くのも流石だが、あれを破壊しに行こうと思うのも流石だ。
そんな規格外の悪魔を前に、エステルの戦意は折れていない。
ないのは翼だけだ。空を飛ぶ手段がないだけのこと。
「――そのまま跳躍だけで戦う、なんて言いませんよね? 勇者様」
「少年……?」
「ボクが、貴女の翼になりますよ」
明らかに空を飛びたがっている勇者様。
俺自身の身体を宙に浮かせ、後ろから彼女の脇に両腕を通す。
――極めて単純な浮遊の魔法だ。
本当ならもっと速い手段が良いんだが、生来自分の翼でしか飛んだことがない。
空中飛行の魔法をたった今、手探りで使っているのだ。
「まさか、空まで飛べるなんて」
「惚れ直してくれました? カッコよくて役に立つこのボクに」
「大人をからかうんじゃない。ただ良いのかい? 一蓮托生になるよ」
命の保証はできない。エステルは言葉では俺を止めようとしている。
謎めいたマセガキとはいえ、タダの子供だ。
戦闘に巻き込んではいけないという常識は働いている。
けれど、その青い瞳は既に血に汚染された翼竜を捉えて離さない。
ここで俺が”怖いからやっぱ降りますぅ”なんて言ったら怒るのかな。
「ふふっ、一緒に死ぬ相手が居てくれるのって”幸福”じゃないですかぁ?」
――今一度、腕に力を籠める。彼女の身体を放してしまわないように。
いや、ダメだ。筋肉の力だけでは落としかねない。魔法で固定してしまえ。
浮遊の魔法に慣れてきた今、ここから、ひとつ段階を上げるのだから。
このふらふらした速度ではヴァンパイアドラゴンの良い的だ。
「いいね。私と死んでくれ、少年……ッ!!」
浮遊から飛翔へと踏み込み、速度を上げる。
これだけの速度があればエステルの斬撃にも威力が乗る。
薔薇の吸血鬼と渡り合うために必要な最低限度と言ったところか。
「……この魔力、この匂い」
暗雲に対してデタラメな攻撃を放つヴァンパイア。
やっていることは滅茶苦茶だが、それでも確かに効果はある。
もうしばらく放置していれば、俺の用意した暗雲は完全に破壊される。
だが、既に間合いに入った――
「――懐に飛び込みます、良いですね!」
こちらの最終確認に頷くエステル。
その態度から伝わってくる、全てを任せると。
確かにそうだ、既にもう殺し合いの間合い、相手はあの吸血鬼だ。
わずかな遅れが致命傷になるだろう。意思疎通に割ける時間はない。
「その小僧が翼のつもりか? 人間風情が――ッ!!」
こちらに気づき、嘲笑を放つ翼竜。
身体がデカいということは声もデカいということだ。
その音圧に、こちらの身体が揺さぶられる、が……ッ!!
「――クソッ! だが、覚えたぞ、この硬さを!!」
完全竜化は部分竜化よりもずっと硬い。エステルの刃が通らないのも当然だ。
だから、急速に蛇行して追撃を回避した。
したのだけど、まさかもう一度やれば通るのか……?
覚えたものは必ず切断する、そんな魔法じみた特殊能力を持っているのか。
それとも一太刀目で、次なら斬れると判断したのか。
「覚えたからどうした? 翼なき者よ」
クソッ、蛇行しているというのに完全についてこられているな。
背後にビタッとついて来ている。このままでは次の攻撃に移る暇がない。
やれやれ、自らに縛りを課したままでは勝てないか――
「ッ――やはり、この雷……ッ!!」
この暗雲も稲妻も俺が用意したものだ。
完全な制御は無理でも、指向性は与えられる。
雷のすべてを、俺の遺体へと差し向ける。
――急旋回して再び翼竜との距離を詰める。
これがラストチャンスだ、エステル。
お前が言ったとおりに”覚えた”のなら斬ってみせろ。
そうでなければ、俺がやる。正体が露呈しようが構わない。
「貰うよ、その首――」
なるほど君は首を狙うつもりか、エステル。
良いだろう。ならば、そのための軌道を描いてみせる!!
飛翔の魔法にも慣れてきた!
「ッ……ァアアア!!!」
翼竜の首に深く斬り込む。鱗ごとを切断してみせるのは見事だ。
しかし、足りない。
首が太すぎて首の皮一枚どころか、皮と肉で繋がっている。
「退くな、少年! 突っ込め――ッ!!」
首に受けた傷口の修復と同時、吸血鬼は竜化を解除する。
無数の雷に狙われ、自慢の鱗さえも勇者の聖剣を前に無力だ。
となればデカい的で居続ける意味がない。
そして、この隙を逃さないエステルの判断力。
ここで”突っ込め”と言える胆力。
――実に素晴らしい。
これが人間か、これが女か、ここまで完成されていて。
「勇者め――ぇッ!!」
竜人形態に戻った俺の遺体、その胸元に聖剣を突き立てる。
しかし、ヴァンパイアは再び血の濁流を展開し、こちら側を囲んでくる。
あと一手だ。ここで”魔王ジェイク”を葬るにはあと一手足りない。
「終わらせます」
聖剣を握る彼女の手に、こちらの手のひらを重ねる。
そして、そのまま一気に魔力を流し込む。
奇しくも初代ヴェン・ライトニングがよく使っていた攻撃方法だ。
彼は自らの刃に爆裂な魔力を流し込んで爆破するのが大好きだった。
「ジェイクか……っ?!」
「――アシュリー、ッ!」
俺自身の遺体を通じて、あいつは俺を見た。
この俺を見て、ジェイクと呼んだ。
……反射だった。この俺自身があいつの名を呼んでしまったのは。
俺の唯一の幼馴染、アシュリー・レッドフォードの名を呼んでしまったのは。
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