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第17話「”全ては地に堕つ”」

「ヴァンパイアドラゴンか……相手にとって不足なし!」


 相変わらずとんでもない奴だな、2代目ヴェン・ライトニングは。

 俺の知るヴェンでさえ、ここでテンションは上がらないだろう。

 吸血鬼に汚染された俺を見て”相手にとって不足なし”とは恐れ入る。


「宣教局の勇者、その過ぎた伝説も終わりだ。今、ここで!」


 ――この戦いにおいて、距離は重要なファクターになる。

 ヴァンパイアは手数が多い。遠距離を埋める攻撃法をいくつも持っている。

 対する勇者様は違う。恐らく彼女は魔法使いではない。


 初手に投擲を行ったのはエステルにとっての確認だろう。

 自らの遠距離攻撃は、敵に対して有効打となるのか。

 それとも、自分自身で間合いに入らなければいけない相手か。


 答えは既に見えている。

 だからこそ彼女は床を蹴り飛ばし、襲い掛かる血の濁流を潜り抜け――


「――剣士()の間合いだ」


 うわぁ……笑ってるよ、吸血鬼を眼前にして笑みを浮かべている。

 とんでもない女だ、とんでもなくて好きになる。

 強敵を前に笑っていられるのは、戦士にとって最強の才能だ。


「つけ上がるな! ”本気のジェイク”がお前に負けるわけがない」


 薔薇の吸血鬼は、俺の右腕を竜化させた。

 敢えて斬らせて再生させるとか、血の魔力で防ぐとか、策はあるだろうに。

 ”本気のジェイク”としての戦いをするつもりか。

 継承戦では竜化は使わなかったからな、部分的にでさえ。


「なるほど、これが”竜の硬さ”か! 覚えた――」


 竜化した俺の右腕に弾かれる聖剣。それを握りながら勇者は笑う。


 そんな彼女を狙い、再び血の濁流が襲い掛かる。

 エステルは飛び掛かりながら斬り込んだのだ。

 地面に足のついていない彼女は、まともなら逃げ場はない。


 何が本気のジェイクだ。あの野郎、結局はズルい手で勝とうとしやがって。

 俺の身体だけを使うと誤認させておいて吸血鬼の力を使うとは。

 美学が足りねえ。戦いに美学がないんだよな、昔から。


「――ッ、なに?!」


 自らの背後から迫り来る血の濁流を蹴り飛ばし、宙を駆ける勇者。

 ……ハァ?! 魔力の塊だぞ、あんなもん蹴り飛ばせるのか!?

 俺はエステルのことを魔法使いじゃないと推測しているが、下手したら、それどころじゃない規格外なんじゃないのか、あの女……ッ!


「同じ技が通じ――通じたッ?!」


 五月雨のように襲ってくる血の濁流を足場と変え、勇者の聖剣は再び届く。

 エングレーブに光が宿り、吸血鬼に汚染された俺の右腕を斬り飛ばす。

 一度は防がれた斬撃も二度目は通る。覚えたというのはそういうことだ。


「――悪いね、防げるって勘違いさせちゃってさ」


 流れ落ちる血液で切断された腕を縫い上げるヴァンパイア。

 腕を斬り落としたくらいでダメージなどないと言ったことだろう。

 あの異常な再生力こそ、吸血鬼最大の武器だ。


「ジェイクの腕を、私のジェイクを傷つけやがって……ッ!」


 ええ……めっちゃ怒ってる。

 どうせ大したダメージになってないくせに。

 ここで怒りに駆られて戦えば、完全に勇者のペースだぞ。


「ほう、ここで剣士の真似事か……ッ!!」


 血の濁流を刃と練り上げ、二刀の剣で勇者を狙うヴァンパイア。

 聖剣で受け止める勇者、鍔迫り合いの恰好に持ち込まれる。


 ――彼女相手に剣士の土俵で戦う馬鹿がいるか。

 最初はそう思ったが、この状況、意外とそうでもないな。

 エステルは今、大地に足をつけている。全力の両腕を受け止めている。


 そして、その背後に血の濁流を回り込ませれば、それで終わりだ。

 剣士としては最低だが、吸血鬼らしい勝ち方ができるだろう。

 勇者も舌打ちをしているから分かる。これは詰みだ。1対1なら負けていた。

 そう、1対1であるのならば――


「”全ては地に堕つ”」


 ――呪文なんて唱えたのは何年ぶりだろうか。

 普段は必要としないのだが、今回は即効性と確実性を重視した。

 しかも敢えて大掛かりな術式を使う。俺が使ったとバレないように。

 といってもまぁ、苦し紛れ止まりかな。


「ッ、バカな、天が味方したとでも言うのか……!」


 チェックメイトにハマっていたエステル。

 その頬に雨粒が落ち、背後に稲妻が落ちた。

 晴れていたはずの空は暗く濁り、大雨が降り出し、雷が走る。

 天が彼女に味方し、落雷が血の濁流を焼き切っていく。

 エステルの速度について来れずにうろうろしていた食屍鬼たちをも。


「――らしいね、僕には”神”がついている!」


 ついているのは”俺”だけどな。

 天候操作だ。フェリス陛下に教わった大局魔法のひとつ。

 過度に使うと環境を破壊するから、なるべく使わないようにしている。

 その場その場では良くても思わぬところで巡ってくるらしい。


「違うな、この雨、この雷、違う、違うぞ……ッ!!」


 ヴァンパイアが翼を広げる。俺の翼だ。

 そして血の濁流を空に向けて放つ。暗雲を斬り裂くように。


「”魔力の匂い”がする――ッ!!」


 あっ、やっべえ、こりゃついにバレるか。

 エステルの方は敬虔な教徒らしく神の加護だと信じて疑わなかった。

 しかし、あいつは違うよな、あいつは吸血鬼だ。


「――どこのどいつか知らないが、魔法というのならば」


 翼がはためき、ドラゴニュートの姿が変わる。

 ドラゴンそのものには遠く及ばないが、現世では最もそれに近い姿。

 竜人の翼竜形態だ。古の竜ほどの力はないが見た目はほぼそれだ。

 ……俺が最後にあれになったのは、いつだったか。


「っ、この機に乗じて逃げる、って訳にはいかないよね――」


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