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第16話「――で、お前は愛しのジェイク様の身体を使って魔王になる気か?」

 ――摩天楼の割れた窓越しに、吸血鬼と勇者が睨み合う。

 それはさながらあの夜の継承戦の焼き直し。

 魔王ジェイクと勇者ヴェン・ライトニングの一騎打ちと同じ構図だ。


 そうでありながら、全ての黒幕と勇者が初めて向き合った瞬間でもある。

 欺瞞に満ちた魔王暗殺命令。宣教局を蝕み、それを出させた紅き薔薇。

 かの首領と、それに踊らされた勇者が殺し合いのできる間合いに入ったのだ。


「成功してはいけない命令、だって……?」


 俺が継承戦へと書き換えた暗殺命令。

 エステルはそれを寸前のところで踏み止まろうとしていた。

 不動のジェイクを殺すことは、人間の国にとってはメリットがない。

 そう判断して寝込みの俺を前に刃を納めようとした。


 分かっていたのだ。聡明な彼女は自分の組織が蝕まれていることを。

 帰ろうとした彼女を引き留め、俺が継承戦を開催しなければ何も起きなかった。

 全ては諜報機関が描いた絵空事で終わるはずだったのだ。

 けれど俺にも俺の事情があったからこの娘を継承戦に付き合わせてしまった。


「そうだ、勇者よ。君は開戦の口実になるはずだった。

 ジェイクが君を打ち負かし、自らに向けられた刃を理由に戦争を始める。

 そうしてあいつがこの世界の王になる。史上初の大陸統一を果たす」


 意外とペラペラ喋るものだな、てっきり嘘を混ぜて煙に巻くと思ったが。

 まぁ、そんな必要はないとタカをくくっているのかもしれない。

 ドラゴニュートの身体を操るヴァンパイアが、人間を恐れないのも当然だ。


「――なるほど。それでメリットのない暗殺命令だった訳か」

「分かっていたのか? それでもなおやり遂げたとは」

「僕は組織人だからね、渡世の義理ってやつだ」

「やれやれ……能力があり過ぎるのも困りものだな」


 真紅に染まった俺の瞳と勇者様の青い瞳がぶつかり合う。

 距離こそ離れているが、いつ始まってもおかしくない。

 命の奪い合いを始められる間合いではある。特に吸血鬼にとっては。


「なぁ、ひとつ教えて欲しいな。どうして魔王ジェイクは継承戦を開いたんだ?」


 勇者様が投げかけた質問。

 それを聞いて、あいつが静かにブチ切れているのが分かる。

 一応、あいつには真実を手紙で伝えてある。

 転生するということは伏せたが、もう引退したいから後を勇者に託すと。


 人間である勇者が新しい魔王になれば、人間の国に深く潜入している君と手を組むことで大陸統一の夢を果たすことができるだろう。そうすれば君は世界の王にとって一番の部下になれる。君が望んだ地位と名誉が手に入る――と。


「知らないね、私には信じられないんだ、何も!

 ジェイクがあんな死に方するなんて!! お前なんかに負けるはずない!」

「……それはそうだと思うよ、僕は手を抜かれていた。それくらい分かっている」


 ほう……バレていたか。あの継承戦でのことを。

 一応は本気を出したのだが、魔法も竜化も使っていない。

 剣士としてしか戦わなかった。実力者には見抜かれて当然だ。


「――で、お前は愛しのジェイク様の身体を使って魔王になる気か?」

「少し違うな。私がジェイクを永久に生かし続けるんだ。

 そして世界の王に押し上げる。こんなことしたくなかったけどこれしかない」


 ……相変わらず愛の重い奴だ。

 情念ばかりが強いから摩天楼を潰して、俺から復讐の機会を奪うんだ。

 こいつはずっとそうだ。

 勇者を寄こすとか、世界の王とか、いつも自分勝手にやりやがって。

 その全てを俺への愛だと思っているんだ。


「なぁ、勇者よ。お前の連れてる子供は誰だ?」


 ドラゴニュート特有の縦に長い瞳孔が、ジロリとこちらを見つめてくる。

 ……こいつは、俺の幼少期を知っている。

 気づくか……? 気づくんじゃないぞ。魂の匂いとか言い出すなよ?


「さぁ? 僕も知らないな。たまたまそこに居たから助けただけだ」

「――なんだろうな、ここで君の顔を見てると何か思い出しそうになる」


 やっぱ幼少期の俺を知ってるだけはあるな。

 というか、普通に気づけよ、レイチェルより付き合い長いくせに。

 いや、気づいている可能性もあるか。確信が持てないだけで。

 レイチェルは、俺が転生していること自体は知っていたからな。


「まぁ、どうでもいいか。ここで思い出すことなんて最悪の記憶だけだ」


 世間話もこれで終わりだろうな。間違いない、動き始めるぞ。


「――ミスターライトニング、ボクのことは気にするな。自分の身は守れる」


 敢えて先代と同じように呼んでみた。

 勇者と共闘する巡り合わせに、俺の知る勇者を思い出してしまったから。


「良いんだね? 信じてしまうよ、僕にも余裕はない」

「男に二言はありません。後ろは気にせず、存分に戦ってください!」


 まずはあいさつ代わりに魔力を帯びた血の濁流が襲い掛かる。

 勇者様は後ろに飛び退いて、獣人の遺体から彼の剣を引き抜き――


「――おいおい、これが人間の投擲かよ」


 流石に昨夜の刺客どもと同じようにはいかないか。

 あの異常な肩の強さで投げたが、吸血鬼はそれを防いで見せた。

 右側の手のひらで刃を貫通させながら受け止め、致命傷を避けたのだ。


 ――初撃を打ち終えた勇者様が一瞬だけこちらを見る。

 魔法障壁で、血の濁流を防ぎ切ったこの俺のことを。

 安心させてあげられたかな、これで。


「ヴァンパイアドラゴンか……相手にとって不足なし!」

「宣教局の勇者、その過ぎた伝説も終わりだ。今、ここで!」


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