第15話『違うな。ジェイクが永久に生き続けることと、仇を取ることは違う』
『――今朝の新聞は見たか』
翼を仕舞い込み、地面に降り立つ俺の遺体。
ヴァンパイアがその血をもってドラゴニュートの身体を操っている。
……分かってはいた。なんとなく察しはついていた。
だが、実際にこうして見ると本当に最悪としか言いようがない。
吸血鬼の悍ましい血の魔力で染め上げられた俺の身体が、俺の声で話している。
こんな屈辱、摩天楼で最低の客に当たった時でさえ感じたことがないぞ……ッ!
『ああ。アンタの功績がデカデカと書かれていたな、流石だよ』
『……世辞は要らぬ。聞きたいのはそれじゃない』
『というと……?』
ドンッと鈍い音を拾う。これは、転ばせて地面にたたきつけたのか。
『――お前らは勇者を殺れたのか?! ジェイクの仇は討てたのか!!
どうして一面には私のことしか載っていない?
あの副官と親衛隊が伏せているのか? それともしくじったか!?』
うわ……ドン引きするくらいに切れてるな、あいつ。
ジェイクの仇って言ってるってことは、俺の転生は知らないのか。
まぁ、身内も身内、極一部だけにしか教えていないもんな。
”人間の国”に根を下ろした諜報網では、魔王の全ては捉えられない。
『す、すまねえ……こっちもやれる限りはやったんだ、6人も使って、それで』
『それでってのか?! 勇者には毒を仕込んだ!
弱った女1人殺せないのか! 悪魔が6人も雁首揃えて!!』
勇者様の表情が固まる。これで彼女も気付いただろう。
そうだ、あれが”薔薇”だ。君の宣教局に手を回した諜報機関。
そのトップが直々に俺の身体を使っているんだ。
『わ、悪かったって……でも、あいつも逃げていったみたいだしよ。
たぶん国に帰るんだよ。だから俺たちの計画には何の問題もないさ。
アンタが”不動のジェイク”を継ぐんだ。そこへの支障は何もない!』
舌打ちをする俺の遺体、そしてバカ息子が立ち上がるのが分かる。
『――違うな。ジェイクが永久に生き続けることと、仇を取ることは違う』
魔力が蠢く音が聞こえてくる。
……これは、マズいな。殺戮が起きるぞ。
だが、ダメだ。既に止められる間合いではない。
『なっ――や、約束が違うッ!!』
武器を取る音、逃げ出す足音、凄惨な悲鳴が聞こえてくる。
吸血鬼特有の魔力を帯びた血が広がる音が全てを飲み込んでいく。
『馬鹿が。摩天楼の生き残りなんて許す訳ないだろう。
”ジェイクと私”は、ずっとお前らを皆殺しにしたくて仕方なかったんだ。
そういう28年と9か月を過ごしてきた。私はもっと長いッ!!』
……また、か。またしてもお前は俺から復讐の機会を奪うのか。
70年前がそうだったように。
せめて息子どもは、俺がやれると思っていたのに。
『そんな、ま、待ってくれ、あれは親父のや――』
バカ息子が死んだ。そして逃げ出した獣人が1人、こちらに。
『――く、クソ、やってられるか、こんなのッ!!」
窓ガラスが割れて直接に声が聞こえてくる。
犬の獣人だろうか、窓ガラスに飛び込んで逃げようとしたのだ。
迸るヴァンパイアの血液の濁流から。
「こっちだ――!!」
勇者様はどこまでも勇者様で、敵の獣人さえ助けようとした。
敗走した戦士はもう戦士ではない。逃げる相手は救ってやりたい。
……俺も同じだ。俺も同じ気持ちだったけれど。
「ッ――そんなっ!」
窓ガラスを突き破って廊下に落ちる、その間に胸を貫かれた。
血の濁流が槍となって獣人を貫き、死体に変え、汚染していく。
「マズい、食屍鬼になるぞッ!」
吸血鬼は、他者に血を送り込むことで従僕にすることができる。
その結果が食屍鬼だ。だから本来、生きた部下など必要としない。
と言っても自分で直接に操らない限りは高度な動きはさせられない。
だから陽動作戦までは生かしておいたのだろう。いつものやり口だな。
咄嗟に聖剣を引き抜き、食屍鬼の首を撥ねる勇者様。
その太刀筋は血の流れを阻害し、吸血鬼が与える再生の力を防ぐ。
なるほどな、これが聖剣の効用のひとつというわけか。
「っ――僕の後ろに! 早くッ!!」
あいつは血の濁流を制御していない。
ここに居る連中は皆殺しにするつもりだ。
だから割れた窓から建物の中に雪崩れ込んでも気にしない。
俺は俺でこの程度は防げるのだけれど、エステルが庇ってくれるのだ。
ここは大人しくあやかっておくことにしよう。
……さて、どうする? ジェイク。
どこまでバレて良いつもりで戦うんだ?
ぶっちゃけ、もうエステルにバレたところでそれは仕方がないことだ。
なるべく元魔王とはバレたくはないけれど、ただのマセガキじゃないことは絶対に見抜いている。ここまで色々と話しておいて見抜いてない方がバカだ。それはありえない。
――問題は、もう1人のほうだ。
あいつに俺が転生したとバレたら非常に厄介だぞ。
俺の身体は完全にぶっ壊すとして、なるべく俺だとバレたくない。
だが、あいつがレイチェル並みに敏感だったら既に詰みだ。
俺を捉えた瞬間に俺がジェイクだと勘づいてくる。
魔力の匂いがとか、魂の色がとか、訳の分からないことを言って見抜いてくる。
「ほう、これでも生き残りが居るとは。所詮は旧摩天楼と侮って――」
庭の中央に立つヴァンパイアが視線を向けてくる。
薔薇の吸血鬼が、俺の身体で勇者を認識した。
「――勇者だと? どうしてこんなところに」
「成り行きとしか言えないけど、お前だな? 僕の宣教局を蝕んでいるのは」
「フン、そうだよ。成功してはいけない命令に成功しやがって」