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第14話『よく知っているな、流石はあいつの息子だ』

 副官時代にフェリス陛下から許された摩天楼への復讐。

 魔王になってもなお、俺はそれを成し遂げることができなかった。

 レイチェルを献上され、豪商としての摩天楼と良好な関係を続けていた。

 そうして復讐の機会を奪われたのだ。70年前に。


 ――70年前、摩天楼の太客連中が次々と殺される事件が起きた。

 その締めくくりにオーナーが殺され、息子がそれを継いだ。

 継いだは良いものの、一度立ってしまった悪い風評は覆らない。


 摩天楼の信用は地に堕ち、併せてソドムも衰退した。

 悪魔の国最大の歓楽街という地位も名誉も泡と消えたのだ。


「……まさか、今になってだもんな」

「何が今になってなんだい?」


 一歩先を進んでいた勇者様が立ち止まって、振り返る。

 やっべ、声が漏れていたか。

 ……まぁ、良い。ここまで来たのだ。話して良いことは全て話すか。


「いえ、昨日、陛下を襲った6人の刺客、あれたぶんここの連中なんですよ」

「分かるの? どうして?」

「ソドムでデカい顔してる連中なんで。行き場を失ったケツモチです」


 ”戦い方とか装備とか見れば分かりますよ”と付け足す。

 実際、ソドムの一市民が見てすぐに看破できるかは少し怪しい。

 けれど、少しかじっていれば分かる程度の話ではある。

 というか、今さら一般マセガキのフリしても手遅れだしな。


「元々、ここはかなり栄えていた娼館だったそうです。

 けれど、しばらく前から経営が傾いてケツモチの方が多い状況に。

 それでよく言えば傭兵業みたいなのを始めて、今はそっちだけみたいです」


 受付に人が居ないってのはどういうことだと思うけど営業時間外か。

 もしくはこんなヤバい用心棒連中にアポなしで尋ねてくる奴もいないのか。

 鍵くらい閉めておけとは思うが、随分とあっさり入れてしまった。


「へぇ……流石は地元の子、詳しいね」

「ボクの趣味もありますけどね。ちょっと窓の方を見てみます?

 ここ、建物の造り的に大体全部見通せるんですよ。

 見られるのはカーテン閉まっていない部屋だけですけどね」


 姿勢を低くしつつ、中庭側の窓を覗いてみる。

 これ、ふらふら~っと普通に歩いて行ったら勇者様に止められたんだろうな。

 見えるってことは、見られるってことだとか言われて。


「……詳しいね、その上どうも当たりらしい」


 そうだ、当たりだ。中庭にそれなりの人数が集まっている。

 獣人たちを中心として、オーナーのバカ息子もいる。いきなり当たりだ。

 人数は30人程度だろうか。練度は素人より上、軍隊より下かな。

 集団の練度なんて立っているのを見るだけで大体察しがつく。

 まぁ、傭兵業としては及第点くらいだろうか。


「少年……?」

「ちょっと待っててください。音、拾ってみせます」


 本当なら窓から耳を出せば一発なんだが、そうもいかない。

 そんなことをしたら即見つかってしまうからな。

 だから、壁に耳を当てて同時に魔法を使う。


 ――音というのは空気の振動だ。

 それはこの建物の壁にぶつかっている。

 振動自体は壁に打ち消されてしまうけれど、ぶつかってはいるのだから。


『……ちらの作戦は失敗したが、本命は成功した』


 バカ息子の声だ。部下を集めて何か指示を出しているぞ。


『しかし、今後の交渉は不利になる。心しておけ』

『やりあうかもしれねえってことですかい? これだけ集めたんだ』

『……かもな。だが、ハネるなよ。俺の指示があるまでは』


 この会話の流れ、ほぼ間違いなく俺の読み通りだな。

 旧摩天楼は”薔薇”と結託している。した上で本命はジェイクの遺体だ。

 しかし、陽動とはいえ新魔王の暗殺という仕事に失敗したから不利になると。


「……凄いな、君は。こんな魔法を使えるなんて」

「見直してくれました?」

「うん。こんなのやれそうなの、知り合いに1人しかいないや」


 ほう、つまり1人はいるんだな。

 となると、幻惑のチョーカーを造ったのはそいつだろうか。

 勇者様への馴染み方の深さを見るに、彼女専用に造られているはずだ。

 既製品ではなく、知り合いの造ったオーダーメイドと考える方が自然だろう。


『――っ?!』


 外の連中が息を呑んだ。そのことに気づいた瞬間、影が差した。

 ほんのひと時だが、太陽の光を何かが遮り、ゾワッとした感覚が走る。

 隣でしゃがむ勇者も剣の柄に手をかけている。


『よく来たな、アンタの古巣だ。歓迎するぜ、陛下――』


 バカ息子の声が響く。精いっぱいの虚勢だな。

 空を飛ぶ相手に上を取られているが、ここで怖気たら交渉どころじゃない。

 こちらもこちらで隠れつつも、窓から空を見つめ、その先――


『よく知っているな、流石はあいつの息子だ』


 ――俺が居た。滅多に広げなかった翼を広げ、宙に佇む俺自身が。

 同じ声帯を使っているのだ、俺の声が聞こえてくる。

 可愛くなった今の声じゃない。本来の俺の声で言葉が紡がれる。


 ッ……クソ、生理的な嫌悪感が半端じゃねえ。

 捨てたとはいえ、他人様の身体を好きに使いやがって。

 ただじゃおかねえからな、クソ野郎。


「なるほど、こういうことか……遺体を盗むというのは」


 勇者様がようやく理解したらしい。それも当然か。

 普通、俺の遺体が盗まれたところで使い道などない。

 狂信的な連中が欲しがるくらいにしか思わないだろう。

 しかし、奴の姿を見れば理解できるのだ。

 真紅に染められた俺の遺体を見れば。


「――ここで、ヴァンパイアが相手なんて」


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