第12話「違うな、こうだから勇者になるしかなかったのさ。僕がこうだからね」
――昨晩、エステルとマセガキが奇妙な夜を共にしている前後。
そこで起きたことは主に3つだ。
1つ目は、新魔王ヴェン・ライトニングへの毒殺未遂。
2つ目は、6人の狼獣人による新魔王への襲撃。
3つ目が、旧魔王ジェイク、その遺体の強奪。
これだけのことが起きれば背後でどういう絵図が描かれているのかも見える。
毒殺未遂は”薔薇”の仕業、6人の刺客の出所も俺には分かる。
戦い方に癖が出ていたからな。で、この2つは恐らく結託している。
仮に結託していないとしても薔薇が刺客たちの動きを事前に把握して利用したと見て良いだろう。新魔王への波状的な暗殺は陽動だ。成功すればすれで良し、失敗しても特に問題がない。
――本命は、俺の遺体だ。
普通の奴なら特に使い道のないものでしかない。
ドラゴンそのものならともかくドラゴニュートの遺体なんて使途がない。
だが、あいつだけは例外だ。あの薔薇だけは使える、俺の遺体を。
「エステルお姉さん――」
こちらから半歩ばかり後ろをぴったりとついてくるエステル。
町娘の姿だが、その鋭利な眼光だけは隠せていない。
ギラギラとした青い瞳が俺を見つめている。
「――何かな、少年」
ホテルを出てしばらく、ついてくるなと言っているのにこれだ。
まぁ、今の彼女にとって俺は”ジェイクの遺体が盗まれた”という記事を読んでから思いつめた顔をしている少年だ。身を案じてくるのも当然とはいえ。
「ついてこないでください、って言っても聞いてくれないんですよね」
「ああ。君が家に帰るまでは送らないと気が済まないんだ」
「……ボクは止めましたからね? 聞かなかったのは貴女だ」
エステルは、こちらの言葉に頷いて見せる。
「君みたいな子供に責任を吹っ掛けたりはしないよ。
これは私がやりたくてやってることだ」
「……お人好し」
こちらの呟きに『ダメかな?』なんて返してくるお姉さん。
ダメなことはない。ただ、これはもう無理だろうな。
新魔王を危険に巻き込むことは避けられなくなってしまった。
俺が、謎めいたマセガキのままで居られるかも怪しい。
……ジェイクが俺だとバレたら、色々と怒られそうで嫌だなぁ。
「ここが君の家――?」
ソドムの中でもひときわ大きい建物、その正面で歩みを止める。
もちろん俺の家なんかではない。ただ、物心ついた時にはここに居た。
ここで飼われていたというほうが適切か。
「……実家みたいなものです。もう寂れて見る影もないですけど」
悪魔の国で最大の娼館、ソドムの華――摩天楼。
俺はここで生まれ、育てられた。フェリス陛下に見出されるあの日まで。
なんだかんだ20年か30年くらいは、ここに居たんだろうか。
人生の全てをここで終えるのだと思い込んでいた時期もある。
と言ってももう寂れてから70年以上経っているが。
結局、あのバカ息子どもは、摩天楼を再建できなかったということだ。
「娼館だろう、ここ……それにもう営業してないんじゃ」
「ここがボクの実家です。見送ってくれてありがとうございました。
お姉さんの無事を祈っています」
エステルから借り受けていたローブを脱いで押し付ける。
そうだ、ここが俺の家だ。だから帰れ。帰るんだエステル。
「……君は今朝の記事を読んでからずっと思いつめた顔をしている」
ローブを受け取りながらこちらの耳元に唇を寄せ、言葉が紡がれる。
彼女の声色が、首筋を振るわせてくる。
「それで、こんな廃墟を家だと言うんだ。まさか、ここかい?」
「……何がです?」
「ここに先代の遺体を盗んだ連中がいる。少なくとも君はそう考えている」
こちらの耳元に顔を寄せたまま、自らの首元に触れるエステル。
……周囲に人間がいないからって大胆な女だ。
朝の街中でヴェン・ライトニングに戻るなんて。
「ッ、だったらなんなんです?」
「君がどうしてそんなことを知っているのか気になるな。君は誰だ?」
「ジェフリーです、ソドムの悪魔貴族の子供、それだけです」
ソドムに悪魔貴族なんていたかな、正直なところ自信がない。
なんかそれっぽいのはいたような気がするけど、引っ越してたような気も。
「――分かった。僕も付き合うよ」
「っ、貴女は、帰るんじゃないんですか? 自分のお国に」
「そのつもりだったし今もそうだよ。でも君は見捨てられないな」
短髪の美青年が今までよりも低い声で呟く。
「僕は僕の剣に誇りを持っている。君を見捨てたら誇りが濁る」
「……それでよく宣教局のエージェント、やれますね」
「違うな、こうだから勇者になるしかなかったのさ。僕がこうだからね」
……カッコいいな~、これで中身がお姉さんってマジかよ。
こんなのどう見ても高潔な戦士じゃないか。
”誇り”に全てを賭けている紳士だ。改めて兄貴としても惚れてしまいそうだ。
俺が女だったらこんなん一撃だよ一撃。情緒が壊れそうだ。
こんな嘘つきで謎だらけのマセガキのために剣を取るなんて。
「やっぱり、ボクが憧れる漢ですよ、あなたは」
「ふふっ、良いだろう。そういうことにしておくか」
勇者様は勇者様らしい笑みを浮かべ、摩天楼の中へと踏み込んでいく。
こちらよりも一歩先に。その視線の動きから警戒の具合が分かる。
……まさか、こんなことになるとはな。勇者様と共闘することになるなんて。




