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第11話「そういえばお姉さん、肝心なことを聞いても良いですか?」

 ――水の流れる音が聞こえてきて、意識が戻ってきた。

 こんな環境で寝られるかと思い続けているうちに眠っていたらしい。

 瞼を開くよりも先に眩しいって分かる。朝の匂いがする。


「ん……っ」


 エステルお姉さんの体温は既にない。先に起きているのだろう。

 2人分の食事と新聞がテーブルに置かれている。

 そして、お風呂から音がするということは、そういうことだ。

 今、エステルお姉さんはお風呂に入っている――ッ!!


「……しょーもな」


 思春期のガキかってんだ。

 水の音でお姉さんのことを想像してドキドキするなんて。

 思い出せジェイク、お前はあのレイチェルを抱かなかった魔王なんだぞ。


 食事に手を付ける気はしない。

 先に食べていても良かったはずのエステルが後回しにしてくれたのだ。

 一緒に食べるのが筋というものだろう。他人との食事は好きだ。


 そんなことを思ったから新聞を手に取り、広げて読む。

 どうせ俺の国葬の記事だろうがいったいどんな風に書かれているかな。

 ソドムの記者の筆を見せてもらおうか。


「――あれ、起きてたんだ? 先に食べててよかったのに」


 エステルお姉さんの声が聞こえ、初めて意識が戻ってくる。

 少しばかり意識が飛んでいた。

 新聞記事の1面を読んで、頭が真っ白になっていた。


「う、うん……いや、お姉さんと一緒に」

「ふふっ、そっか。ありがとね」


 タオルで髪を拭くエステルの肌着姿が目に入る。

 入ったけれど、今の俺にはそれどころじゃなかった。

 思春期のガキみたいにドキドキしている余裕も消えていた。


「どうしたの? 怖い顔して……ひょっとしてその記事?」

「――はい。お姉さんはもう読みましたか」

「うん、先代の遺体が盗まれたって。しかも不自然な血痕がどうのと」


 そうだ。速報として書かれている記事にはそれくらいしか書いていない。

 一般参列が終わり、遺体を移送するまでの僅かな間を狙われたらしい。

 参列していた一般国民に被害者が出ていないというのは不幸中の幸いだ。


「よく、朝刊に間に合いましたよね? 深夜も深夜の出来事なのに」

「相当頑張ったと思うよ、だからホテルの売店で買っちゃったし」


 自然にテーブルを囲んで食事を口に運ぶ。

 味を気にしている余裕はなくなったけれど不味くはない。

 パンは良い味だ。


「……そういえばお姉さん、肝心なことを聞いても良いですか?」


 もぐもぐとパンを食べているエステルに静かに視線を送る。

 少しぬるくなったコーヒーを飲みながら。

 こちらの真剣さを受け止めたように彼女の視線も鋭くなった。


「良いよ、答えられることなら答える」

「昨夜、貴女はどこに行くつもりだったんです? 新陛下が」


 本当は聞くまでもないことだ。俺は全てを知っている。

 けれど、今ここで一市民のジェフリー少年として聞いておきたかった。

 この先の動きにも関わってくるからな。


「……あはは、痛いところを聞かれちゃったね」


 ポリポリと頭を掻くエステル。

 そこそこ物知りなマセガキと俺のことを認識しているはずだ。

 おそらくは彼女が逃げ出そうとしていたと見抜いていると感じている。


「宣教局に戻ろうとしていたんだ」

「国民を見捨てて、ということですか」

「……幻滅させちゃった?」


 いや、別にそんなことはない。

 ただ……そうだな、どういえば俺の誘導したい方に持っていけるか。

 彼女と接したのは俺が殺された時と昨夜だけだ。読み切れないところが大きい。


「いいえ、幻滅はしていません。

 お姉さんは悪魔の都合に巻き込まれただけだ。帰るのもひとつの選択です」

「そこまで大人の対応をされちゃうと逆に恐いな。良いんだよ? 怒ってくれて」


 ジェイクの国葬に参列する敬虔な国民と考えれば確かに怒る方が自然か。

 けれど、別に怒っちゃいない。

 レイチェルからのオーダーもあったが、目的は上書きされた。

 今は1人でやらなければいけないことができてしまった。

 名残惜しいけれど、この娘と別れなければ。


「じゃあ、ボクが送っていきますから別邸に戻ってくれます?」

「――悪いけどそうはいかない。君を送っていくのが私の役目だ」


 チッ、会話の持っていき方を失敗したな。

 魔王の座に戻ってもらった方が助かると思って色気を出したのが失敗だった。

 ……これなら、宣教局に早く帰れって言ったほうが有効だったか?

 ”新魔王には幻滅した、同じ空気なんか吸いたくない”ってキレて見せて。


「いえ、結構です。宣教局に帰るなら早く帰った方が良い」

「……実は怒ってる?」

「そんなつもりはないんですけど、とにかくボクの見送りは結構です」


 う……気まずい。食事の味がしなくなってしまった。

 もう少しエステルお姉さんに甘えるマセガキで居たかったんだが。

 ううう……どうしてこんな気まずい思いを。


「あ、あの……本当に怒ってるわけじゃないんです、ただ事情が」

「――事情が変わったと。悪いね、少年。

 私は君みたいな顔をした子をひとりにはできないな」


 ッ、何が何でもついてくるつもりか。

 まぁ、こんな言い方をしてしまったらついてくるよな。

 正義感が強い勇者様なのだ。

 今の俺みたいな思いつめた顔をした少年を見捨てたりはしないか。


 かといって、魔王として無責任な貴女に幻滅しましたとも言いたくない。

 これで突き放すのが一番効果的なのは分かっていても。

 言ってしまったら終わりだと思うんだ。越えてはならない線を越える。


 だが、マズいな。このままでは魔王陛下を巻き込むことになってしまう。

 今から俺は――俺の遺体を盗んだ連中をぶっ殺しに行くというのに。

 静観しているつもりだったけれど、新聞を読んで気が変わった。

 魔王ジェイクの遺体だけは好きに使わせはしない。あれは俺が葬る。


「……やめておいた方が良い。宣教局か別邸、好きな方に帰ってください」


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