第1話 スキルの名はパリィ
「おはよう、アレン君!」
「おはようエリーヌ」
「今日はいよいよ、スキルをもらう日だね!」
「だな」
俺は幼なじみのエリーヌに頷いた。
俺の名は、アレン・マクシミリアム。
年齢は14――いや本日を持って15歳になった。
そう。
今日は俺の15回目の誕生日だ。
そして、それはこの世界の人間が女神からスキルを授かる日であることを意味する。
「はぁ~、きっとアレン君は私なんか目じゃないくらい、すごい攻撃スキルをもらうんだろうなぁ……うらやましいな~」
「町一番の攻撃スキルの持ち主が、なにを言ってるんだ」
エリーヌのスキルは『魔法剣』。
自分の手にした武器に魔法を付与できる能力だが、これは大変珍しいスキルとして知られている。
威力も絶大だ。
同い年の彼女は半年ほど前にスキルを得たばかりなのだが、その日の内に、試し斬りで町一番の大木を灰に変え、貯水池の水をカチンコチンに凍らせた。
「でも、あのご両親の血を引いてるんだから、マジでものすごいに決まってるよ。伝説級の『呪文無詠唱』か『即死の凶眼』かもよ?」
「さあな。でも、どんなスキルでも俺はいいんだよ。この町を守れればな」
俺は幼なじみの作ってくれた朝食を食べると、いつものように片膝をついて、天に祈りを捧げた。
――父さん、母さん、これから、スキルをもらってきます。天国で見ていてください!
スキルは町の教会で授けられる。
俺とエリーヌが連れ立って歩いていると、町の人々が声をかけてきた。
「よっ、アレン。英雄の息子!」
「アレン、今日はスキルをもらう日でしょ? ごちそうを用意しておくから、あとでアタシの店に寄ってね!」
「伝説の夫婦の息子がいよいよスキルをもらうのかぁ……こいつは楽しみだな!」
誰もがにこやかな笑みで、俺の前途を祝してくれる。
俺の父、ミハイル・マクシミリアムは伝説級魔法スキル『木魂返し』の使い手だった。
母のメアリー・マクシミリアムも同じく伝説級剣技スキル『剣の舞』の所有者だった。
『だった』というのは、すでに二人とも故人だからだ。
まだ俺が物心つく前に、この町に押し寄せてきた魔物の大群との戦いで、命を落としてしまった。
なんでも二人とも命の尽きる瞬間までスキルを使って闘い続け、3日間に及ぶ死闘の末、たった二名で敵を全滅させたそうだ。
万を超える魔物の死骸の中で、背中合わせに立ったまま絶命している両親の姿は、いまでも町人の語り草となっている。
こういった経緯で、俺は町の住民から感謝され、また期待をかけられてもいた。
俺自身はなにもしていないのだがな。
さて。
俺たちが教会への道を進んでいると、前方から叫び声が聞こえてきた。
「てめえ、さっさとパンツを見せやがれコラァ!」
「や、やめてください!」
「うるせえ! さっさとスカートを見えるか見えないかギリギリだけど、やっぱり見えるところまでたくし上げやがれ! 言っとくが、もし純白にフリルのついたパンツじゃなかったら、ただじゃおかねえぞ!」
往来でとてつもなく頭の悪いことを叫んでいるこいつには、見覚えがある。
たしかそこそこ有名な召喚術師の息子だ。
名前はなんだったっけ――まあ名前なんぞどうでもいい。
「おい! そこまでにしておけ」
「ああん!?」
「なにがあったか知らんが、女性にそんなことを強要して、人として恥ずかしくないのか?」
「う、うるせえ! こいつが俺に敬語を使わなかったんだ! だから、俺様が直々に教育してやってんだろうがああああっ!」
唾を飛ばして抗弁する不細工から目を背け、俺は地にうずくまる少女に視線を移した。
まだ俺と同じ年くらいだ。
おかっぱ頭を抱え、ブルブル震えている。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
彼女は何度も謝罪を繰り返していた。
その時、奇妙なことが起こる。
肩をすくめ、首を縮ませていた彼女の頭部が、徐々に胴にめり込んでいったのである。
見ている間に彼女の頭はすっぽり体の中に収まってしまった。
まるで亀のように。
「ハッ! 防御スキルかよw キモッ」
不細工は吐き捨てるように言うと、ズカズカと少女に歩み寄った。
「もういいっ! こうなったら俺様が自らの手でスカートをまくりあげてやる! 感謝しろよ――」
不細工が最後まで言葉を告げることはなかった。
エリーヌが奴の顔面を殴り飛ばしたからだ。
「ぐええええっ!?」
数メートルも吹っ飛ばされ、地に転がる不細工。
「て、てめえ!? なにしやがる?」
「なにしやがるは、こっちの台詞だけど?」
「このクソアマ……ちょっと美人だからって調子に乗ってんじゃねえぞ? 俺は今、おまえみたいな巨乳で赤毛のポニーテールより、地味なおかっぱ女のパンツが見たい気分なん――」
「……もう一発いる?」
幼なじみは、ドン、と足を踏みしだいた。
「デ、ディミトリ様、やばいっす。こいつエリーヌですよ……」
「町一番の攻撃スキルの待ち主に逆らっちゃやばいっす」
「それに、あいつは英雄の息子のアレンじゃないっすか!?」
不細工の傍らに3人の少年が歩み寄り、彼を介抱しつつ囁く。
どうやら取り巻きらしいが、不細工に負けず劣らず不細工面だったので、今までその存在に気づかなかった。
ここに至って初めて、相手は俺たちが誰なのかを悟ったようだった。
「お、おぼえてやがれ!」
べたな捨て台詞を残して、彼らは去っていった。
「あ、ありがとうございます……」
ディミトリとやらが消えると、件の少女は頭をぴょこっと元に戻した。
「あなた、防御スキルの持ち主だったのね」
「は、はい……。久しぶりにディミトリに――い、いえディミトリさんに会ったんですけど、うっかり今までと同じように喋りかけてしまって……」
なんでも彼女と例の男は旧知の仲なのだそうだ。
先日彼女が防御型スキル『亀の甲羅』を授けられてからは、初顔合わせだったとのことであるが――
「……もう身分が違うのに、うっかり呼び捨てにしてしまって」
そう。
この町は極端な攻撃スキル至上主義なのである。
ほとんど狂信的といっていいぐらいだ。
攻撃スキルの所有者は厚遇され、それ以外はさげすまれる。
特に防御型は最悪だ。
防御スキルの持ち主であるとわかった途端、それまでどんな身分だったとしても問答無用でスラム行きが確定するぐらいである。
「……身分なんてホントはないんだよ。田舎の悪しき習慣ってだけだし」
エリーヌがなぐさめるが、他ならぬ彼女自身がその言葉の力のなさをわかっているだろう。
辺境の町に根付く価値観と風習は、それほど強力なのである。
が――
「安心しろ。俺が必ずなんとかする」
「え?」
「そもそもスキルは、人が人を守るために女神より与えられるものだ。俺がクソみたいな価値観なんか、ぶちこわしてやる」
これは相手を元気づけるために言っているのではない。
俺は本気だ。
本気でこの町を変えたいのだ。
現在の攻撃スキルの持ち主だけが貴族のように暮らす世界から、どんなスキル持ちでも――もちろん防御スキルの持ち主であっても平等に暮らせる社会へと。
「そんなの無理ですよ……」
「普通ならね。でも、ここにいるのは、最強の両親の血を引くアレン君だよ! 最強の攻撃スキルの保有者が意識改革に取り組んだら、町の人たちも無視できないって!」
エリーヌが力強い声で告げた。
彼女は確信していたのだ。俺が最強の攻撃型スキルを授けられると。
恥ずかしながら、俺自身も内心ではそう思っていた。
その日、降臨した女神は俺に告げた。
俺に授けるのは、防御型スキル『パリィ』であると――
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