8話
「──改めて見ると、街中にもドールって結構いるんだなぁ……」
ギルドへ向かう道すがら、街の様子を眺めていた俺は、今更ながら生活にドールという存在が溶け込んでいるのを自覚する。
店番をしているドール。
客寄せをしているドール。
子守をしているドール。
貴族の後ろに付き従うドール。
ドールの特徴は人形のような美しい容姿と、ルビーを思わせる美しい朱い瞳だ。
彼らの自我は気薄とされ、よく観察するとその表情や動きはどことなく無機質で冷たい印象を受ける。
加えて、ドールの容姿は性別や年齢による差異はあるが、ある程度似通っている。
それは、ドールという存在が人造的に鋳造された生き物であるという所作でもある。
「でもまあ……別にモノとして扱われているって感じもしないな」
街中見かけるドール達の様子は至って普通であり、周りの扱いも人間に対してのソレに終始しているように見える。
レンが語ったこの世界の闇の一つ。
ドールの闇市。
そんなものが本当に存在するのか? この日常の影にそんなモノが存在するのか俄かには信じられなかった。
「──ん? あれって……レンさんか?」
ぼーっと辺りを見渡していると、ふと見慣れた顔を見つけた。
陶磁器のような白い肌に、シルクのようにきめ細かな白髪。
歩く人形を思わせる、美しいその姿は、我が契約者であるレンフィールに違いなかった。
レンさん、こんなところで何しているんだろう?
情報収集して来るって言ってはいたけど……。
街中で見つけたレンフィールは、ほかのドール達と同様に、表情の読めない顔でテクテクと歩いていた。
既に中身が普通の男子高校生だと知っているから気づけなかったが、こうして外で見かけると、やはり彼女もドールなのだと理解させられる。
声かけた方がいいかな? でも、もしかしたら一人でいたい時間かもしれないし。
自分の経験から、一日の中で無性に一人でいたい時間があるというのは重々承知している。
いくら同じ家に住む契約者同士とはいえ、プライベートは尊重されるべきだし。
それになんか、こういった街中で知り合いに声をかけるのって、妙に気恥ずかしいというか……
一人悶々としながら、目線はレンさんを追っていくと、段々とレンさんは人気が少ない場所に向かっているのに気が付いた。
……もしかしたら、俺の知らない裏の情報屋とかに会いにいくのかな?
そんな風に思っていた矢先、路地裏から数人の男がぬっと現れてレンさんの周囲を囲んだ。
「え? ……あれが情報屋……な、訳がなさそうな」
男たちの風貌はチンピラのソレだ。
しかも、そのうち一人は武器を所持している。
佇まいから、おそらく俺の同業者だ。
「──ッ!?」
呑気にそんな事を思っていた矢先、事件が起きた。
男たちはレンの腕を無理やり掴むと、そのまま路地裏に引きずり込んでいってしまった。
「な、ま…………くそっ! マジかよ!?」
暴漢に無理やり路地裏に引きずり込まれる。
そんな漫画でしか見たことのない場面に一瞬頭が真っ白になるが、我にかえり急いでその後を追う。
「そうだ……ここは日本じゃないんだ。そういうのがあるのは知っていただろう、俺は」
ここ数日、レンと一緒に過ごすうちに忘れてしまった。
この世界は、あんなことがいつ、どこで起こって不思議じゃない、そういう世界なのだと。
「……ああ、くそ。なんつータイミングでそれが起こるんだよ」
先ほども思い返していた、レンから聞いたこの世界の闇。
ドールに対して行われている、残酷な仕打ち、非道な扱い。
少しでもいいから、レンさんにこの世界を好きになってほしいって、そう思っていたところなのに。
まるで、俺のことを嘲笑うかのように、こうして事件が起こる。
「くそ、いない。どこに行ったんだ?」
路地裏に入るが、男たちの姿はない。
おそらくもっと奥へ、かび臭い風が来る、更に奥へと行ったのだろう。
「どうする……」
普段の俺なら、ここで自警団や騎士団に声をかける。
だが、連れ去られたのは知り合いで、もし間に合わなかったら……
考えている時間もない……!
湿った風を振り払いながら、俺はさらに奥へと走る。
表の喧騒が絶え、自分の足音だけが妙に反響する。
街中で突然異界に踏み入ってしまったかのように、路地裏の先は別世界のように思えた。
そして、直ぐに人の気配を感じた。
「そっちか! ────ッ!?」
そして見つけた。レンさんと男たちを。
レンさんは服をボロボロに破かれ、その美しい顔は赤くはれ上がえり、地面に押さえつけられている。
破けた衣服から覗く柔肌を見た男たちは、獣のような息遣いでレンさんを囲んでいる。
「なにやってるんだ、てめえら!」
自分でも驚くほど、俺は怒っていた。
その光景は、レンが語り、イメージするこの世界の闇そのもので。
自分が好きだと言ったこの世界を馬鹿にされたような屈辱感を感じて。
気が付けば、俺は世界樹の枝を掌から『生やし』て、そのまま近くの男を殴り飛ばした。
「ぎゃ──」
「な、なんだてめえは!?」
世界樹の枝によって殴られた男は魔力を削られ、そのまま昏倒する。
突然乱入者に仲間をやられたせいか、男たちは思い思いの武器を取り、臨戦態勢に入る。
「その子を放せ!」
「ああ? ……ああ、テメエ。こいつのご主人様ってわけか。へー。こんな上玉のユーザーにしては、随分貧相な身なりだなぁ、オイ」
血気付く男たちの中、同業と追われる男が乱暴に足でレンさんを蹴る。
「おまえ……ッ」
それが挑発と分かっていても、腸が煮えくり返るようだ。
「しかもおまえ……棒振りじゃないか。おいてめえら、退け。御同業だ。オレが相手する」
俺の通り名を知っているということは、やはりこの男冒険者らしい。
男は腰から剣を引き抜くと、そのまま構える。
その構えから、ランクは俺と同じ……いや、一つ程度は上かもと思えた。
「ど、どうして彼女にこんな事をしたんだ!? 何が目的なんだ?」
「あ? そんなの決まってだろ。俺はドールに詳しくてね、こいつは今じゃ鋳造が停止した最新型の愛玩用ドールじゃねえか。それが、一人で街をほっついてらよ。襲わないのが失礼ってもんだろが」
「は、はあ? そんな、無茶苦茶な理屈──」
「シャアッ!」
男の言い分に反論しようとした瞬間、それが狙いとばかりに男は剣を振るってきた。
しかも、その剣には魔力が練られているのが見て取れる。
避け、いやダメだ。避けれない。なら……迎撃を──
だが、ただの振るだけではダメだ。
ゴブリン程度の魔物が持つ武器ならば拮抗できるが、男の持つ武器はただ受けるだけではこちらが潰されてしまう。
だからこそ、反射的に……
「『スラッシュ』!」
心に浮かべるは撃鉄を下ろすイメージ。
そして、叫ぶことでより奮起した精神が練りだす魔力のウネリ。
勝手に動き出す体を、理性で完璧なフォームへと微調整する。
命の危機を感じたこの瞬間に繰り出した今、俺はようやくスキルを使うという感覚を掴んだと感じた。
「──な……っぎ!?」
俺が振るったスラッシュの一撃は男の剣を砕き、その鳩尾に世界樹の枝をえぐり込ませた。
男の身体はくの字に間借り、その体から魔力が体外へと霧散する。
そして、ドサリと受け身も取らず男は地面に崩れ落ちた。
「う、うわぁああああああ!?」
親分を失ったチンピラたちは、俺に敵わないと誘ったのか一目散に逃げだしてく。
律儀に倒れた男や仲間を回収し、その場には俺とレンだけになった。
「はあ、はあ、はあ……っ痛……頭が割れそうだ」
今日既にスラッシュの発動回数の制限を過ぎている。
現在の俺は残りMPが1とか2の状態だ。レン曰く、ゲームと違いMPが0になるということは意識を手放すのと同義らしい。
それに近い状態になってしまったせいで、身体が警告を込めて悲鳴を上げているのだろう。
でも、その甲斐あって、何とかレンさんを助けることが出来た。
「ごめん、レンさん。助けるのが遅れて。もう大丈夫だから」
「…………」
俺はレンさんに近づき、声をかける。
しかし、レンさんは怖かったのか、ただぼっーっと俺の顔を凝視するだけだった。
「えっと……その、こ、怖かったよね。あ、ごめん。服、貸すよ」
「…………」
普段と違うレンさんの様子に、俺は妙な緊張を覚えつつ、とりあえず上着を貸し出す。
「…………」
服を受け取ったレンさんだが、不思議そうに服を見つめながら、やはりぼーっと動かずにいる。
「……あの、その……レンさん?」
「…………ありがとう、助けてくれ」
あまりに反応が無くて途方に暮れていると、レンさんは突然立ち上が抑揚のない声でお礼を言った。
その動きや表情が普段と違い過ぎて、俺は余計に混乱してしまう。
あれ? 怖くて心あらずってわけじゃなかったのか?
「でも、一つ勘違いをしています。なので、訂正します」
「え、訂正って?」
「わたしの名前は『スノ―フィール』。おそらくあなたは人違い……いえ、ドール違いをしています」
「…………へ?」
極めて事務的にそう答えるスノ―フィールと名乗ったドールを前にして俺は、呆然とあほ面を晒すのだった。
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