6話
「──それでは私たちの新たな門出を祝って……」
「えっと……か、乾杯!」
ゴブリン討伐を終え、ギルドに報告を終えた俺たちはそのまま打ち上げをすることにした。
既に日は落ち、魔術で動く街灯に彩られた街中で、俺とレンフィールは行きつけの飯屋で乾杯の音頭を取った。
「しかし冒険者稼業というのは思ったよりも儲かるんだな。ゴブリン一匹でこれほどの報酬が出るなんて」
「まあ、そこは特異個体の討伐報酬だからね。少しは色が付くんだ」
セラスさんの依頼はハプニングが付き物だが、こういった見返りも多い。
強力な魔物を討伐してくれば、特別報酬をポンと追加してくれるのも、ケチらない豪快なセラスさん故だ。
「とにかく食べようよ。俺、お腹すいちゃった」
今日はマイホーム購入記念兼レンフィール歓迎を込めて、かなり豪勢な食事だ。
肉や魚にスープに麵料理。
料理の名前は知らないが、この世界ではごちそうと呼ぶに相応しい品々が並んでいる。
レンフィールにこの世界を好きになってもらう作戦その2
美味しい料理を食べさせて、食文化は悪くないと思わせる作戦だ。
「そうだな。冷めない内に食べてしまおうか」
「えっとね。この料理はこう巻いて食べるのが──」
レンフィールはこの世界の料理についてあまり知らないに違いない。
そう思って美味しい食べ方をレクチャーしようと思ったのだが、
「ああ。知っている。こうだろう? ──ふむ、まあ……こんなものだろうな」
レンフィールはそういって、慣れた手つきで食事に手を付け始める。
そして、その味の感想は表情を見るに、微妙よりっぽい。
「ん? どうしたんだ、オリガミ。早く食べてしまおう」
「あ、うん」
ひょい、パク。
うん、美味い。
肉はいい焼き加減で、スープもいい塩加減だ。
野菜だってシャキシャキで、麺だっていい茹で具合。
俺が普段食べている料理と比べても、すんごい御馳走のハズなのに……
「…………」
もぐもぐと行儀よく食べ続けるレンフィールの表情には、食事に対する感動が見受けられない。
「ね、ねえ。レンフィールさんてさ、今までどんなふうに過ごしてきたの? こ、これから一緒にやっていくんだし、良ければ教えてもらえない、かな?」
「うん。私か? そうだなぁ……」
壁を感じる。
思ったよりも高く厚い、認識の壁を。
普段の俺なら他人の過去に言及することなんてしないし、できない人間なのだが、レンフィールには少し踏み出した方がいいと思った。
「私のこの世界で最初に目覚めた場所は水槽の中だった──」
人造人間の培養液。
レンフィールはそこで、この世での生が始まったという。
「水槽から出された直後、私はこの世界での知識が流れ込んできた。そして、自分がドールというこの世界での人造生命体であることを理解し、自分が異世界転生を果たしたことを知った」
レンフィールはグラスを手に取り、中身の液体をクルクルと回す。彼女の目は随分遠くを見ているように感じた。
「商品として売り出された私はすぐに買い手がついた。そして、まあ、行く先々でトラブル続きだ」
ぐいっと液体を飲み干すと、レンフィールは眉間にしわを寄せる。
「なにせ、中身はついさっきまでただの男子高校生だった身だ。ドールとして求められる役割をこなすのは無理だった」
「役割って……」
「愛玩動物……まあ、有体に言えばそういう奉仕をする存在だな。だが、そんなもの私が知ったことではない。最初の買い手は今頃潰れた自慢のナニを再生する術でも探しているんじゃないか?」
その言葉を聞いて、玉がひゅんとした。
「しかし私は最新型の高級品でもあった。中古でも無いしな。すぐ新しい買い手が見つかった。そして、行く先々で変態チックな要求をされ、それを悉く粉砕してきた。……まあ、そんな暮らしだが、衣食住は随分と贅沢をさせてもらったんだ」
カチャカチャと肉を興味なさそうに弄るその姿から、彼女にとって目の前の御馳走はそうでないことを知った。
「そして、いよいよ手が負えなくなった私はとある冒険者が買われたんだが……そいつはまあ、思い出したくないぐらいのクズ野郎だった」
よほど思い出したくないのか、レンフィールの顔色が一気に悪くなる。
「そいつはドールを文字通り道具として扱った。多くのドールが壊れていくのを見た。私と違い、赤子程もない自我しかない彼らを、奴は利用し、使い潰していく。昨日まで喋っていた仲間が翌日、ゴミとして投げ出されていたあの光景は今でも夢に出る」
そのあまりに苦しそうな表情からもういいと口を挟みそうになる。
しかし、彼女にとってのこの世界の印象を聞けるまたとない機会でもある。
俺は、心の中で謝罪しつつ、話の続きを待った。
「最初、異常なのはあの男だけだと思った。あの男だけがクズなだけで、この世界の住人はドールという存在を、良き隣人として接していると。だが、違った。……この世界は狂っていた。…………君はドールの闇市は知っているか?」
「いや……知らない」
「そうか。いや、良かった。もし、知っているなんて言われた……君をこの場で殴っていたかもしれない」
レンフィールは小刻みに震える拳を握りしめ、苦虫を食い潰したような顔をする。
「運悪く、私はその男に気に入られた。ドールにしては確立された自我を持つ私に興味があるとも言っていた。そんな私を連れて行った先が闇市だった。そこで視た光景は……そうだな、人間の非情で残忍な一面がこれでもかと凝縮されたものだった」
「…………」
「そんな私の狼狽えぶりを見て、あの男は笑っていたよ。無垢な子供にポルノを突きつける時のような下卑た快感ってのを、あの男は感じていたのかもな。その時まで、私もこの世界に対してある程度の期待を持っていたしね」
「そう……だったんだ」
大分ぼかした話だから、詳細は分からない。
でも、その一件でレンフィールはこの世界に絶望し、嫌悪したのは間違いなかった。
「ああ、すまない。折角の祝いの席だっていうのに。随分とムードを台無しにしてしまった」
「いや……俺から言ったことだし、別に気にしなくていいよ」
少し認識が甘かったかもしれない。
レンフィールがこの世界に抱いている嫌悪感。それは例えば飯が不味いとか、文明レベルが低いとか、そういった元の世界とのギャップにあると思っていた。
「そうだな。なら、少し羽目を外してみるのもいいかもだ。店主、エールを2つ頼む!」
「え、ちょ、それお酒だよ! 俺たちまだ未成年だし、ダメだって!」
「なに、この世界では15で成人扱いなんだ。なら合法だろう?」
「それでもレンフィールさんは生後1年だからダメなんじゃ……」
「いいんだ。ドールは成体として生まれる。アルコール摂取に制限がある理由はひとえに内臓機能の未熟さ故だ。なら、私はノー問題だ」
「いや……それってなんか屁理屈に聞こえるけど……」
こうして、楽しそうな顔する今だって、腹の中ではこの世界に対しての嫌悪感が拭いきれないのかもしれない。
俺は生きるだけで精一杯だったから分からなかった、この世界の闇。
それを俺と同じ、異世界っていう単語に心躍る人間が目の当たりにしたのなら、その失望と絶望はいかほどのものだろうか?
「ほら、来たぞ。──じゃあ改めて乾杯しようじゃないか。君は冒険者として大成するため。私は元の世界に帰るため。そのために異界へと挑む。その契約の誓いとして」
「……うん。そう、だね」
別にレンフィールの帰還に手を貸すのはやぶさかではない。
今日の一件で、彼女の力を以ってすれば、本当に俺たちで異界の攻略が可能かもしれない。
でも……
「それじゃあ……私たちの栄えある未来を願って──」
それでも、俺はこの世界が好きだから。
だから、可能なら、ほんの少しでもいいから……
「──乾杯!」
この世界を好きになってほしいと、願ってしまうのでした。
〇
「あ~……ダメだ~世界が回る~オリガミ~助けてくれ~」
「いや酒弱すぎでしょ! いくら何でもさ!」
あの乾杯から数分で、レンフィールは出来上がってしまった。
ドールがアルコール分解能力が低いのか、それとも個体差なのかは不明だが。
先ほどまでシリアスしていたレンフィールはただの酔っ払いとかして、俺の背中におぶされていた。
「くそー……やっぱりこんな世界はクソだー。早く元の世界に帰りたいー」
「それとこれとは話しが違うと思うよ」
この世界への恨み節を零すレンフィールを背負い、俺は自宅への帰路に着いていた。
街はずれのため、周囲に街灯はなく、星明りのみが夜道を照らしている。
「うー……ソシャゲも1年ログインしてないし、漫画やアニメだって追えてないんだぞー……あー、私の連続ログインボーナスがー、オリガミ―、なんとかしろー……」
「いや、それは俺も同じだし……」
仲間内で飲むなんて初めてだから知らなかったけど、酔っ払いってめんどくさいな。
「でもなー……この世界の女の人ってエッチだよなー。街を歩いているとビキニアーマーなんて着ている人なんてザラだし……正直目の毒なんだよなー。でも眼福でもあるんだよなぁー……なあ、オリガミもそう思うだろー?」
「え、あ、うん。まあ、確かに」
レンフィールの絡みは止まらない。しかも内容は男子高生のソレだし。
「君はエルフにあったことはあるかー? 知っているかー? オリジナルのエルフって不細工なんぞー? 私たちが思うエルフって、後発のイメージなんだぞー? それでー……この世界のエルフは後発のイメージ寄りで、私ってばめっちゃホッとしたのー」
「へえ、そうなんだ……」
「そうだぞー……あと、私たちが知っているスライムとかも元ネタじゃー……」
さらに内容は、ファンタジーについての豆知識的な物にシフトしていく。
一々返事するのも面倒なので、適当に相づちをうちながら夜道を歩く。
「──それでだな……ニーソって一言に言ってもなー……実は細かい分類が──」
「あ、レンフィールさん。着いたよ、俺たちの家だ」
段々とレンフィールの性癖が丸裸になってきた頃合いで、ようやく我が家に着いた。
ドアに備え付けられた魔道具が俺たちの存在を認知して、ピカリと玄関のライトが付く。
「よいしょっと…ただいま」
今日手に入れたばかりのマイホーム。
帰る場所があるということが、無性に嬉しくなるのはどうしてだろうか?
「さて……とりあえず酔っ払いはソファーに寝かせて……」
実はまだベッドメイキングも終わってない状況だったのだが、中身が男とは言え、少女の姿をした相手を床に寝させるのは忍びない。
俺はその辺の毛布に包まって、寝てしまおうと思い、そっとレンフィールをソファーに寝かせようとして……
「──ダメだー、君も一緒に寝るんだぞー」
「え、ちょ!?」
そのまま、抱き着かれる形でソファーに引き寄せられた。
「あのレンフィールさん? ちょ、ちょっと離してくれません……って力強っ!?」
一回り小さい少女の細腕だというのに、その腕は万力のごとく俺の身体を縛って逃がさない。
そうだった、俺いくら強化されても、筋力はまだまだ彼女の下だった。
「あのレンフィールさん? この体勢は色々と拙いから離して頂けると……」
窓から入る月明かりがレンフィールの顔を照らす。
雪のように白い素肌は、酒気によりほんのりと朱く染まり、この世のモノとは思えない美しさと色気を醸し出している。
正直、ずっと我慢してきたが、こんな存在を異性として認識するな? 無理ですよ! 新手の拷問か何かです!?
色々とプッツンする前に、どうにかしてこの拘束をほどかなくては……
「レンフィールさん、いい加減目を覚まして──」
「──レンフィール、さんじゃない」
「え?」
「……レン、だ。元の世界でも、家族が呼んでくれていた。……レン。そう、呼んでくれ」
「えっと……」
レン。廉也だから、レン。
「その、レン……さん」
「ああ。……そうだ。私は、れ、ん……だ──」
徐々に腕の拘束がほどけていく。
そして、静かな寝息が、我が家に静かに鳴り響いた。
眠ってしまったらしい。
無理もないか。彼女にっとても今日は激動の1日だっただろうから。
見知らぬ冒険者のところに来て、元の世界に帰るための足掛かりにしようとする。
そうだ、彼女は最初俺を洗脳するなんて言ってもいたし、現にそうしてきた。
今日がレンさんにとって、俺と同じくあらゆる事が様変わりした日でもあるのだから。
「……おやすみ、レンさん」
そんな小さな同士……いや、契約者に挨拶と共に毛布を掛け、その場を立ち去る。
さて、ようやく自由になれた。
やけに目も覚めてしまい、寝る気が起きない。
ならば溜まっている事を片付けるのが健全だろう。
まだ解いてない荷物や、ベッドメイキングだってある。
だが、その前に……
「ちょっと外で運動してこよう、うん」
先ほどまで感じていた温もりを思い出すと内側から爆発するような衝動が湧き上がってくる。
それを発散すべく、俺は満点の星空の下に駆け出し、月夜に向かって走り始めた。
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