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聖女と予知夢

※聖女視点です

どうして夢の通りじゃないの?

絶対、あれは予知夢だったのに……。

手にした号外の見出しに、私は呆然とその場に立ち尽くした。



私が予知夢を見たのは数ヶ月前。

ちょうど王太子殿下の婚約者カミラ・サマセット侯爵令嬢の毒殺未遂の翌日で、世間が騒然としていたので、よく覚えている。


その日、私の働いている食堂はその話題で持ちきりだった。


「王太子殿下の婚約者様が、毒殺されそうになったらしいぞ」

「未遂か?じゃあまだ亡くなってはないのか。一体誰がやったんだ?」

「犯人は上級貴族だとか。性格に難のあるご令嬢だって噂だったから、不満を持たれてたのかもしれねぇな。まあ、娘を王太子殿下の婚約者にしたい貴族は沢山いるし、犯行理由は一つじゃないだろうが」

「しかし、それで人を殺そうとするなんて貴族の世界は恐ろしいな」


食事を運んだり勘定をしている間、そんな会話が耳に入ってくる。


侯爵令嬢のカミラ様と言えば、以前からこの食堂でも話題に上っていた人だ。

傲慢で高飛車だ。他の貴族令嬢に突っかかり、よく問題を起こしている。平民を人とも思っていない。他国を馬鹿にしている。立派な王太子殿下の婚約者として相応しくない……等々、評判はすこぶる悪かった。


けれど、もしその評判が本当だったとしても、毒殺していい理由にはなるはずがない。どんな理由であれ、人を殺そうとするなんて間違っていると、私は少々憤りを覚えていた。


「ミアちゃん、お勘定お願い!」


「はい、今行きます!」


「いやぁ、どこもかしこも毒殺未遂の話ばかりだね」


「そうですね、衝撃的な話ですから。毒殺未遂だなんて……婚約者様の容態が心配です」


「まあ、毒殺未遂されてもおかしくないようなご令嬢だったらしいけどね」


「どんな方でも、殺していい理由なんてありません。未だに意識不明だとも聞きますし、私は早く良くなって欲しいです」


「ははは、相変わらずミアちゃんは真面目で優しいね。ミアちゃんみたいな子が王太子殿下の婚約者だったら、反感を買うこともなかっただろうに」


お勘定の間、お客さんと他愛のない雑談をかわしつつ、私はその日も無事に仕事を終える。

一人暮らしの家に帰り、晩御飯やお風呂を済ませて一息ついた後、私はいつものように今日一日を振り返った。


今日も母の教えである『真面目に、そして誠実に』をモットーに頑張れた。

毒殺未遂の話題は少しだけ気分を憂鬱にさせたけど、それ以外はいつも通り充実した日だったように思う。明日もまた同じ様に頑張ろう。


そんなことを考えていると、程よい疲れを感じ眠くなってくる。

明日のためにも体を休めようと、私はいそいそと布団に潜った。

そして眠りにつくまでの少しの間、毒殺未遂のことを思い出しながら、サマセット侯爵令嬢が早く目を覚ますといいな……なんて、私はぼんやりと考えていた。



————そして、その日の夜。私は妙な夢を見た。


夢の中では、魔物が町に溢れ出し、次々と人々を襲っていた。

町の人は、皆あちこちに逃げるけれど、どこに行っても魔物が溢れているので、結局逃げ場は見つからない。

道端に転がり動かない人、怪我をしてうずくまる人、泣き叫び助けを求める人。

辺りは阿鼻叫喚の景色が広がっていた。

私はと言えば、その景色の傍らで怪我人の介抱をしていた。

昔、母が言っていた『誰かが助けを求めていたら手を差し伸べなさい』という教えに従って、倒れる人や怪我をした人の手当を懸命に行っていく。

けれど、いくら手当をしても次から次へと負傷していくので、全然手が回らない。

魔物を倒さなければキリがないのは分かっているけれど、倒す手立てもないので時間ばかりが過ぎていく。

そうして遂に、手当をする私の所にも魔物達が襲い掛かってきた。


ああ、私はこのまま命を落とすのだ。

振り下ろされる魔物の鋭い爪に死を覚悟したその瞬間————。


パキンと何かが割れる音がして、私の体から眩い光が溢れ出していく。

何事かと戸惑っている間も、光はどんどん広がって、辺り一面を包み込む。


そして気が付けば……周りにいたはずの魔物達は、跡形もなく消え去っていた。


何が起きているのか分からずに、私は呆然とその場に立ち尽くした。

そうしてしばらく静寂が続き、町にざわめきが戻ってくる。


「き、消えたのか?」

「何だ今の光は……!?」

「光で魔物を倒したぞ!」


助かったんだ!と人々が喜び合う間も、未だに私の体はぼんやりと光を帯びていた。

その光を見た町の人たちは、目を輝かせながら私を振り返る。


「なんと神々しい光だ……!きっと貴方は魔物を滅ぼす為に神から加護を受けた聖女に違いない!」


そうして町の人たちに感謝され、私は訳も分からないまま聖女と呼ばれる存在となった。


その後、光の加護を受けた聖女の噂は広まり、私は王宮へ呼ばれることとなる。

そして、王太子であるフェリクス殿下と出会うのだ。


「君が『光の加護』を受けたという聖女か?』


初めて会ったフェリクス殿下は、端正な顔ではあったけれど、無表情さも相まって少し冷たい印象を受けた。


「確かに聖女と呼ばれておりますが、そんな仰々しい肩書きで呼ばれるのは不相応です。どうか、普通に名前でお呼びください」


「ほう、なかなか奥ゆかしいな。……では、ミア。率直に言わせてもらう。良ければ魔物の討伐に、ミアの力を貸して欲しい」


「私の力で宜しければ、是非お貸し致します」


私の返答に、「良い返事だ」とフェリクス殿下は楽しそうに微笑を浮かべた。

私は少しだけ胸を高鳴らせた。


それから私は、魔物に苦しむ人達を救うため、フェリクス殿下が率いる討伐隊と共に国中を巡ることとなる。

光の力は一日に何度も使えないけれど、誰かを助けたいと祈りを捧げると溢れてくるようだった。色々な町へ行き、殿下や討伐隊の人達と共に魔物を倒していく。

様々な困難や苦難を乗り越えて、励ましたり励まされたり……そうして徐々に平和を取り戻していく内に、私は段々と殿下に惹かれ合うようになり、それから————。



次々に場面が変わり、夢の中で目まぐるしく時間が経っていった。


平和を喜ぶ人々の喜ぶ顔。

討伐隊の人たちとの何気ない会話。

無表情なフェリクス殿下が見せた柔らかい微笑み。


最後に私は謁見の間で、フェリクス殿下の隣に立ち、サマセット侯爵令嬢を見つめていた。


『フェリクス様は私の婚約者です!』


『カミラ、いくら私の婚約者とはいえ、聖女であるミアの命を危ぶむような行いをするなど言語道断だ。いくら私でも庇いきれない』


『そんな……!だって、この女がフェリクス様を誑かしたのに!!」


フェリクス殿下や私の前で、サマセット侯爵令嬢が悲痛な声を上げる。

そんなサマセット侯爵令嬢に、陛下が強い口調で刑を述べた。


『侯爵令嬢カミラ・サマセットを、国外追放の刑と処す!』




頭の中で響いた声に、私は勢いよく飛び起きた。体中汗だくになっており、ドクドクと心臓が煩く音を立てる。ふと時計を見ればまだ日付を跨いだばかりで、眠りについてからそれほど時間は経っていないようだった。


「今の夢は……」


妙にリアルな夢だった。

けれど私は、先ほど見た夢が、実際に未来で起こる出来事だと確信していた。

不思議なことに、何故だか本当にこれから起きることだと分かるのだ。


「よ、予知夢……?」


私は呆然としながら先ほど見た夢を思い出す。


いつ頃起きるのかは曖昧でよく分からなかったけれど、恐らく今から数年後、この国のあちこちで魔物が溢れ出すらしい。

夢と同じであれば、私は光の加護を受け魔物を祓う力を得る。

そしてフェリクス殿下と共に国中を巡り、魔物を倒していくうちに、私は殿下と恋に落ちるのだ。

けれどその気持ちを婚約者であるサマセット侯爵令嬢に悟られて、私は罵倒や悪質な嫌がらせを受けることになる。

悩んだり苦悩したりもするけれど、最終的に魔物討伐を成し遂げる頃、私はフェリクス殿下から求婚されて、正式な婚約者となっていた。



飛び起きる直前の場面では、私を殺そうとした罪で、サマセット侯爵令嬢が断罪され、婚約破棄及び国外追放の刑を言い渡されるところだった。最後に聴こえた重々しく刑を告げる声は、今も耳に残っている。


「私が聖女……?フェリクス殿下と婚約するだなんて……」


先ほどの夢を見ても、私は実感が湧かなかった。

今までずっと母の教えに従って生きてきた。

まじめに誠実に、間違いを起こさないように。

だから、自分が聖女のように特別な————ある意味周りとズレた存在になるなんて考えてもみなかった。


それにいくら共に戦ったからとはいえ、婚約者のいるフェリクス殿下を好きになるなんて『人の物を欲しがってはいけない』と言う母の教えに反してる。


「そんなの非常識だわ。サマセット侯爵令嬢も辛そうな顔をしていたし……」


夢の中で見た、サマセット侯爵令嬢の悲痛な顔を思い出し、私は酷く苦しくなった。

あんなに悲しい顔をさせるくらいなら、私は別にフェリクス殿下の婚約者などにならなくてもいい。


そう思うけれど。


けれどもし、予知夢が正しい未来を指し示しているのなら————。

私はきっと、その通りに生きていくべきなのだ。


だって、それが正しい未来だから。

だって、それが運命というものだから。


『正しく生きなさい。神様はいつでも私達を見ているのだから』

そんな母の言葉を思い出す。


今はそうとは思えなくても、きっと私は聖女になる。

そして必ずフェリクス殿下と魔物を倒すために立ち上がり、惹かれ合い、それから恋に落ちる。

サマセット侯爵令嬢が断罪される場では、その刑に胸を痛めながらも、すんなりそれを受け入れるのだ。


「きっと、この夢は神様の思し召しなんだわ。私は、その通りに生きていけばいいいのね」


神様の言う通り、正しい未来を。

ポツリと呟いた私の声は、暗く静かな部屋の中に吸い込まれるように消えていった。





カミラ・サマセット侯爵令嬢が目を覚ましたと聞いたのは、それから1週間以上経ってからだった。


「王太子殿下の婚約者様が目を覚ましたんだってよ」


「助からないだろうと思ったが、悪運が強いねぇ」


食堂でお客さんの会話に耳を傾けながら、私はいつもと同じ様に仕事をした。

食堂は専らサマセット侯爵令嬢の話題で持ち切りだったけれど、私はその話を聞いても、ちっとも驚きはしなかった。


だって予知夢で見た未来ではサマセット侯爵令嬢は生きていた。だから、毒殺未遂で意識不明だとしても、きっと目を覚ますと私は確信していた。


「ミアちゃん、心配してたよな?良かったじゃねぇか。フェリクス殿下の婚約者様が目を覚ましたらしいぞ」


「そうですね。けど、私は助かると信じてましたよ」


「ははは、そうなのかい?きっとミアちゃんが助かると信じたから、その思いが届いたんじゃねぇか?」


私の言葉に、お客さんは笑いを零す。


けれど、私はそうとは思わなかった。


だって私の思いとは関係なく、未来は決まった方向に進んでいる。

だから、サマセット侯爵令嬢が生き延びたのも、全て定められた事なのだ。

今私がここで働いているのも、フェリクス殿下がサマセット侯爵令嬢と婚約しているのも。


だから私は、予知夢の通りになるように、普段どおりの生活を心がけていた。


————それなのに。




予知夢を見てから数ヶ月経ったある日の朝。

いつも通り仕事場に向かっていると、少し先の広場に人だかりができていた。

ふと見てみれば、少年が大きな声を出しながら号外を配っている。


「号外だよー!号外!!」


なんの知らせだろうかと通行人が号外を手にする中、私は人だかりをすり抜けて、そのまま広場を抜けようとした。

けれど、号外に書かれている見出しがちらりと見えて、驚きのあまり足が止まる。


「はい、お姉さんもどうぞ!」


立ち止まった私に、少年が号外を差し出してきた。

私は恐る恐る手を伸ばし、その号外に目を落とす。

動揺で手が震えていたけれど、書かれた文字はブレることなく私の目に飛び込んでくる。


『王太子殿下の婚姻の儀、日程が正式に決まる』


号外には、半年後にフェリクス殿下とサマセット侯爵令嬢の婚姻の儀、及びお披露目が大々的に執り行われると書かれていた。


「何で?どうして……?」


私は思わず呟いた。


予知夢で見た未来では、サマセット侯爵令嬢は婚約者のままで、婚姻の話すら上がってなかった。なのにどうして予知夢とは違い、結婚の話が出ているの?

私は号外を手にしたまま、呆然と立ち尽くす。


予知夢は正しいはずなのに、予知夢と違うことが起きている。

フェリクス殿下とサマセット侯爵令嬢の結婚は、未来では存在しない話だった。


どうして間違いが起きたのだろう?

こういう時は、どうすればいいの?


動揺する私の頭に、ふと母の言葉が浮かんでくる。

『間違ったら、またやり直せばいいのよ』


「ああ、そうよね。間違っているのなら、正しくなるようにやり直せばいいんだわ」


私の心に、光明が差す。


まずは結婚の儀をやめるように提言すればいいんだわ。

予知夢にない間違った行動を正してもらい、未来を元に戻すのだ。

それから予知夢と同じ行動を取れるように、予知夢のことを殿下に話しておこう。

そうすれば今後は決して間違うことは無いだろう。


「ああ良かった、まだ何とかなりそうね」


手に持った号外を片手に、私はほっと胸を撫で下ろした。

先程までの動揺が消え、心が軽くなっていく。


「そうと決まれば、手紙でも、直接でもいいから、伝える方法を考えなくちゃ」


婚姻の儀までは、まだ半年もある。

伝える方法はきっといくらでもあるはずだ。


早く間違いを直さないと。

予知夢が示す正しい未来を取り戻さないと。

間違わないように。正しくあるように。



仕事場へと向かいながら、私は正しい未来のために、これからやるべきことを考え続けていた。


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