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新人騎士と王太子殿下

※新人騎士視点です

「フェリクス殿下、また朝練に参加してますね」


「ああ、誰よりも早くに訓練場へ来て鍛錬してたらしいぞ」


「ふ〜ん……」


訓練場の隅で素振りをする殿下を遠目で見ながら、俺は面白くない気持ちに包まれていた。



王宮騎士団に入団して、1年。

士官学校では成績上位で誰よりも強かったと自負していただけに、入団後、騎士団の先輩達の強さに圧倒され、なんて井の中の蛙だったのだろうと俺は愕然とした。

伸びていた鼻がポキンと折れる音がする。

それだけでも結構ショックだったのに……。



この国の王太子であるフェリクス殿下が、騎士団の朝練に参加するようになったのはおよそ一ヶ月前。

「しばらく世話になる」と言って、騎士たちにまじり鍛錬を始めた殿下に、俺や先輩たちも戸惑いを隠せなかった。

何か理由はあるのだろうが、王族ならではの高貴な雰囲気に気圧されて、誰も理由は尋ねられず、今に至る。

団長や副団長は理由を知っているようだが、俺たちに教える気はないらしい。それどころか「殿下なら練習の邪魔にもならないし、団員達にもいい影響があるだろうから是非どうぞ」と理由と関係なく参加を許可していた。


全く、団長も副団長も何を考えているんだ。

だいたい日々執務に追われる殿下が俺たちの訓練についていける訳がない。そもそも素人同然の殿下から良い影響なんて……と俺は、少しばかり殿下を見くびっていた。

それに「お偉いさんがいたら、気を使って練習にならない」と殿下が参加することに不満さえ覚えていた。


けれど、いざ殿下が朝練に参加し、その腕前を目の当たりにした俺は、愕然とした。


剣筋も、立ち振舞も、動き全てが熟達した騎士の動きで、思わず見惚れてしまうほど。

数人の騎士と実践形式で試合をした時なんて、鮮やかな剣捌きを見せつけて、その全てに勝利したのだ。


明らかに俺よりも強い殿下に、何とも言えない気持ちが込み上げてくる。

正直に言えば……俺は、酷く劣等感を煽られた。



「国の王太子で、顔も良くて、頭もキレて……その上剣術も強いなんて。やってらんねぇよ」


練習用の剣で素振りをしながら、俺はグチグチと独りごちる。


「お前、まだそんなこと言ってんのか。フェリクス殿下と自分を比べてたら、身が持たねぇぞ」


あの方は二物も三物も与えられた人だからなぁと先輩騎士が笑うので、俺は口をへの字に曲げた。


「愚痴も言いたくなりますよ。先輩達に鼻を折られたのもショックだったのに、士官学校も出ていない殿下が俺より強いって……何か欠点がないと神を恨んでしまいそうです」


「欠点なぁ……。無いとは言わないけれど……まあ、あまり見当たらないよなぁ」


そう言って俺の隣で素振りを始めた先輩を俺は勢いよく振り返った。


「えっ!無いとは言わないって……先輩は殿下の欠点を知ってるんですか?」


教えて下さい!後輩の自尊心を高めると思って!と練習そっちのけで先輩に縋り付けば、「お前、必死だな」と若干引き気味な反応が返ってくる。


「必死にもなります!あの完璧と言われる王太子殿下の欠点だなんて……かなりの極秘情報じゃないですか!」


「いや、最近はみんな結構な頻度で目撃してるし、極秘ではないな」


先輩はそう言うと、欠点を目撃したときのことを思い出しているのか、少し遠い目になる。


「極秘じゃないなら、なおのこと!普通に気になるんで教えて下さい」


俺にも知る権利があるはずです!と必死に縋り付く俺に、先輩は観念したのかため息を吐きながら渋々口を開いた。


「サマセット侯爵令嬢……カミラ様だよ」


「……カミラ様?」


カミラ様と言えば、殿下の婚約者だ。

一度遠目から見かけたことがあるが、艶のある黒髪が印象的な、なんとも美しいご令嬢だった。

気の強そうな見た目に反せず、傲慢で高飛車な態度でよく問題を起こしているという噂もよく耳にする。


「え?もしかしてカミラ様が婚約者なのが欠点だって言うんですか?うわ〜。先輩、酷いこと言いますね、最低です」


いくら問題のある女性であろうと、欠点扱いするなんて酷すぎる。

最低なことを言う先輩に俺は非難の目を向けた。


「違う違う!そんな失礼なこと言わないさ。カミラ様に接するときの殿下の様子のことを言ってるんだ」


ぶんぶんと頭を振りながら、先輩は慌てて否定した。


先輩の言うことを掻い摘むと、感情の読めない完璧人間と呼ばれるフェリクス殿下は、カミラ様と接する時は、俺たちにもわかりやすく感情を露わにするのだと言う。


「うーん、感情を露にねぇ……。でもそれって欠点って言いますか?感情が表に出てるだけでしょ?」


「いやぁ。実際に見てみたら分かるよ。何というか、カミラ様に関しては、色々と感情を抑えきれないみたいでさ……」


そう言って再び遠い目をする先輩に、理解ができない俺は、どう言うことなんだろうと首を傾げるしかなかった。


————けれど、それから数日後、俺は先輩の言っていた言葉の意味を知ることになる。



殿下が朝練に参加するようになって、2ヶ月。

殿下は今日も朝練に参加しており、相変わらず見惚れるような剣捌きを見せている。結局、先輩の言う欠点もよく分からないままなので、俺の劣等感も膨れ上がるばかりだ。


あーあ、やってらんねぇなぁと荒んだ気持ちになりながら、訓練場の隅っこで休憩を取っていると、視界の端でコソコソと誰かが騎士達を覗いている姿が見えた。

誰だ?と気になって振り返ってみれば、真っ白な日傘を手に持ち、木陰に隠れるようにひっそりと立つ、艶やかな黒髪の美しいご令嬢がそこにいて……


「あ、カミラ様だ」


思わず名前を口に出すと、カミラ様はびくりと肩を震わせて、勢いよく俺を振り返った。

そして非常に慌てた様子で、人差し指を口に当て「し、静かに!」と注意する。

殿下に会いに来たのなら隠れてないで声を掛ければいいのに……とそんなことを思いつつ、俺は他の騎士にバレないようカミラ様に近づいた。


「あの、カミラ様ですよね?何故隠れてるんですか?フェリクス殿下に御用なら、俺が呼んできますけど……」


「い、いいえ!用などありません!たまたま通りかかっただけですので、呼ばなくて結構ですわ」


訓練場は王宮内の外れにあるので、用がなければ絶対に立ち寄らない場所にある。

たまたま通りがかることなど無いだろうに、何故かカミラ様はそれを頑なに否定した。

カミラ様の後ろに控えていた護衛に視線を送ると、気にしないでくれと言うように首を軽く横に振っている。


「うーん。じゃあ良ければ観覧席まで案内しましょうか?たまたま様子を見に来たにしても、こんなところで見学してちゃ疲れるでしょう?」


このまま何もせず放置するのは気が引ける。

そう思った俺は、完全なる善意でカミラ様を観覧席へと誘った。

けれど、カミラ様はそれもしたくないようだった。


「いえ、それも結構ですわ!フェリクス様にバレてしまいますし、折角フェリクス様に内緒で自然体の美しい剣技を見ようと思ってるのに……あっ!」


うっかり口を滑らせたのか、カミラ様はしまった!と表情を変え、明らかに焦りを見せている。護衛も呆れた表情でやれやれと額に手を当てていた。


「……あぁ〜、なるほど。フェリクス殿下の訓練中の姿をこっそり覗きに来たんですね。分かりますよ。フェリクス殿下が剣を振る姿、かっこいいですもんね」


確かに、普段見れない婚約者のそういった姿は見ておきたいのかもしれない。

ああ全く、こんなに婚約者に愛されてなんて羨ましいのだろうと殿下への劣等感がまた膨れそうになる。


「た、確かにかっこいいですけれど……私はそんなミーハーな心は持っていませんし、本当にたまたま通りがかっただけで……!」


何故か頑なに否定するカミラ様の顔は、照れているからか真っ赤に染まっており、嘘をついているのがバレバレである。

傲慢だの高飛車だのと噂されていたので、どれだけ性悪なんだと思っていたが、素直じゃない言動が分かりやすすぎて、なんだか憎めない人だなと密かに思った。


そうしてしばらくカミラ様の言い訳に付き合っていると、訓練場がザワザワと少しばかり騒がしくなる。なんだろう?と振り返って見てみれば、ちょうどフェリクス殿下が団長と手合わせをしようとしているところだった。


「カミラ様。ちょうどフェリクス殿下の実践式稽古が始まるようですよ、ほら」


「ですから、別にフェリクス様が目的ではないって言ってる、って……えっ!?」


言い訳を続けていたカミラ様は、途端に目を輝かせて殿下の方を振り返った。本当に分かりやすい人だなぁと思わず笑いそうになるが、身分が上の人なので、俺はなんとか笑うのを我慢する。


そうして始まった殿下と団長の手合わせは、とても白熱したものとなった。

団長の切り込みをひらりと躱し、殿下はその隙きを逃さずに剣を突く。更にその攻撃を寸でのところで躱した団長が距離を取り、再び殿下へ攻撃を仕掛ける。

そんな攻防を繰り広げる2人に、周囲の騎士たちも興奮し声を上げている。


団長と互角にやりあうなんて、本当に何者なんだよ殿下は……と、呆気にとられている俺の横では、カミラ様が殿下の戦う姿に釘付けになっている。

頬を紅潮させ潤んだ瞳で殿下を見つめるその表情は、恐らく殿下に見惚れているのだと見て取れる。


まあ、あれは惚れ直すよなぁと思っていると、「そこまで!」の声と共に、殿下たちの手合わせが終了する。

手合わせの結果は、時間切れによる引き分けになったようだった。


「折角ならもう少し戦いたかったが……時間切れなら仕方がないな。また近々、手合わせしてくれると助かる」


「もちろんです。いやしかし、流石の身のこなしですな。もし数年後、国の周辺に魔物が現れたとしても、殿下がいればなんとかなりそうな気がしますよ」


「何を言う。確かにその日のための鍛錬だが、俺だけでどうこう出来る話じゃない。お前たちも共に戦ってくれなければ困るぞ」


「ははは、分かっていますよ。そのいつかの日のために、我々も日々鍛錬を怠らないように致します」


笑い合いながら、2人は「魔物」やら「その日」やらと良くわからない会話を繰り広げている。どうやら殿下が鍛錬を始めた理由と関係がありそうだが、近々魔物と戦う予定でもあるのだろうか?と俺は首を傾げた。


「フェリクス様は予知夢に備えてくださってるのね……」


手合わせ後の殿下達をぼんやり眺めていると、隣に立つカミラ様がポツリと言葉を漏らした。どうやら俺には何の話か分からなかったけれど、カミラ様には殿下たちの話の内容が分かったらしい。


やっぱりお偉いさん方にしか分からない話があるんだろうか。

尋ねていいのか分からないけれど、「予知夢」の言葉が気になった俺はカミラ様に話を聞こうとして…………その横顔を見て動きを止めた。


口元の柔らかい微笑みに、ほんのり赤く染まった頬。少し潤んだ瞳で殿下を見つめるその横顔は、傲慢で高飛車だと噂のご令嬢とはほど遠く……


「うわ、可愛い……」


思わず心の声が漏れ出てしまい、俺は慌てて口を塞いだ。

けれど、カミラ様には少しだけ声が聞こえていたようで「何か言いました?」と不思議そうな顔で俺を振り返る。

少し目尻の上がった瞳は気の強そうな印象を与えるけれど、くりんと大きな瞳と相まって猫の様に愛らしい。そんな目で見つめられ、俺は心臓の鼓動が早くなる。


なんだかすごく可愛い。

言動と行動が合っていない天邪鬼なギャップがすごくいい。

殿下の婚約者じゃなきゃ口説いてたのに……。そもそも気の強い美人って、俺の好みなんだよなぁ……などと、不埒なことを考えていると、背中にゾクリと寒気が走り、俺はぶるりと身震いをする。

いや、待てよ。寒気なんて生温いものじゃない。これはどちらかと言えば、生きるか死ぬかの戦場で向けられる『殺気』を含むソレである。


「カミラ、来てたのか」


殺気を感じる方向から耳心地のいい声が聞こえ、俺はビクリと肩を揺らした。


「あっ……フェ、フェリクス様……!あの、たまたま通りがかったものですから、少しだけ見学しておりましたの」


カミラ様はバレバレな言い訳をしながら殿下の方へと振り返る。見つかってバツが悪そうに、表情は少し引きつっていた。


「ほう、こんな朝早くにたまたま通りがかったのか。結婚式の日取りも決まったし、最近は式の準備で忙しくしていると思ったが、こんな王宮の外れにも用があるとは、私が思った以上に式の準備は大変なのだな」


日程はずらせないが、もう少し余裕が出来るよう調整させないといけないな、と仰々しい気遣いを見せる殿下に、カミラ様は「そ、そんなことありません、大丈夫ですわ。今日は本当にたまたまでしたから!」と慌てふためいている。


ははぁ、なるほど。殿下はこんな風にカミラ様を可愛がっているのかと2人のやり取りを眺めていると、殿下がちらりと俺の方に視線を向けた。

何故だかその視線に、ぞくりとした何かを感じる。


「……確か君は今年入団したばかりの騎士だったな?カミラが世話になったようだ。礼を言う」


無表情ながら少し柔らかい表情で、殿下は俺に御礼の言葉を述べた。

まさか殿下と話すことになるとは思わなかった俺は、動揺しながら言葉を返す。


「う、い、いえ!そこの木陰で殿下を見ていらしたので、気になって話しかけただけですから!」


「そうか。わざわざすまないな。……ところで君はそこで何をしてたんだ?」


「え?あぁ、いえ、ちょっとサボ……いえ、休憩してたというか……」


「なるほどな。では、そろそろ体も癒えただろう?もし良ければ、カミラが世話になった礼に、私が手合わせの相手になるぞ。休憩したなら、体を思い切り動かしたいだろうからな」


殿下はそう言うと、見たことのないような極上の笑顔を浮かべた。

多分、周りの人からすれば素晴らしく爽やかな笑顔に見えるだろうが……俺には恐ろしいぐらいの殺気を覚える笑顔に見えた。


「ひぇ……い、いえ!ありがたい申し出ですが、俺ではフェリクス殿下の相手は務まりませんし、もっと鍛錬を重ねてからでないと……!!」


「そうか。では私と手合わせしていいと思えたらいつでも声をかけてくれ。その時は君に失礼の無いように、手加減なしで相手をしよう」


楽しみにしてるぞと一言添えて、殿下はカミラ様の手を取り訓練場を後にする。


「あの、フェリクス様?もう朝の鍛錬は宜しいのですか?」


「ああ。今日はこのくらいにしておこう。不埒な虫が付く前に、カミラを避難させねばならないからな」


「む、虫!?もしかして、私のどこかについてますか!?」


「安心しろ、もう追い払ったから大丈夫だ。それより折角朝早くにカミラの顔を見れたんだ。執務の時間まで共にゆっくり過ごそうか」


そうして仲睦まじそうに立ち去っていく2人を見ながら、俺はもう二度とカミラ様を不埒な目で見ないようにしようと心に誓ったのだった。



「いやまさか、こんな俺にも牽制するなんて……」


「な?カミラ様のことになると、殿下は俺たちにもわかりやすく感情を露わにするんだよ。俺も前に牽制されてチビるかと思った」


「あれは確かに欠点かもですね……」


最上級のスペックなのに、カミラ様のことになると俺のような下級騎士にまで牽制するなんて……なんというか、殿下のちょっと残念な部分を垣間見た気がする。


「でも、なんだか残念な部分が見えたほうが、親しみが湧きますね」


「ははは、そうだろ?殿下も人間なんだなって思えるよな」


そうして先輩と笑い合っているうちに、いつの間にやら殿下に対する劣等感が薄くなっていることに気がついた。完璧人間がいるなんて不公平だ!と不満を持っていたけれど、どうやら殿下も完璧ではなかったらしい。


「なんだろう。鍛錬してもどうせ才能には勝てないんだってやさぐれていましたけど、完璧な人間なんていないんだと思ったら、やる気がみなぎってきました。俺、最近サボり気味でしたけど、また鍛錬頑張ろうと思います!」


「おー!いいことじゃねぇか。……まあでも、確かにお前は鍛えてた方がいいだろうなぁ。殿下に目をつけられたっぽいし。いつか絶対、剣技でコテンパにされるんじゃねぇか?」


「……え?殿下と本気でやり合ったら、俺、絶対死にますよ……」


とりあえず、次に会ったときはカミラ様を不埒な目で見たことを誠心誠意謝ろう。

そして、絶対に殿下を敵に回さないようにしようと思いつつ……今後は殿下に負けないくらい鍛錬を積んで、いつかは魔物でも何でも一人で倒せるようになるんだと、俺は心に固く誓ったのだった。

宜しければ、評価をよろしくお願い致します!

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