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悪役令嬢とライバル令嬢

「フェリクス殿下、カミラ様のことで少し……」


執務室で書類に目を通していると、従者が恐る恐る私に声を掛けてきた。

その声色と「カミラ」の名前に、良くない報告であることを早々に察する。


「……なんだ?カミラがどうかしたのか?」


顔を上げて従者に話を促せば、何とも言いづらそうにしながらも従者はおずおずと口を開いた。


「カミラ様ですが、最近スノード侯爵家のご令嬢と城内で言い争う姿を見たという報告が多数上がってまして、上位貴族の間で再び結婚を反対する声が増えてきているようです」


「ほお。喧嘩を吹っ掛けるくらい元気になったのか。調子を取り戻したようで何よりだ。分かった。カミラにはもう少し上手く喧嘩を吹っ掛けるよう注意しておこう」


そう言って再び書類へ目を落とせば、「殿下、問題はそこではございません!」と従者は必死に食い下がってきた。


「結婚の日取りを決めようとしている今、上位貴族の間で不満が高まれば、再びカミラ様のお命を狙う者が現れるかもしれないのですよ!」


「分かっている。冗談だ」


涙目の従者にそう言えば、「本当に分かっているんでしょうね?」とジト目で私を睨んでいる。カミラ同様からかい甲斐のあるこの従者に、私は目を通していた書類を机に置き広げてみせた。


「殿下?この書類は?」


「少し前に同じような報告を受けたからな。スノード侯爵家について少し調べさせてもらった」


広げた書類はスノード侯爵家についての調書である。


毒殺未遂で生死を彷徨って以降、私の婚約者であるカミラは傲慢な態度や悪行を改めていた。

理由を問いただしてみれば、どうやら私がカミラを捨てて他の者と結ばれる予知夢を見たことが切っ掛けだったらしい。しかし、私がカミラを捨てないと明言した後は、段々といつもの調子を取り戻しつつある。

ただ、よほど予知夢がトラウマだったのか、今もなお自重している部分はあるようだ。

そんなカミラが急にスノード侯爵家のご令嬢と言い争うようになったので、私は何か理由があるのではないかと隠密に調べさせていた。


広げられた調書を手に取り、従者はざっと目を通した。

そして読み進めていくうちに、段々と眉をひそめていく。


「……殿下。この調書の通りなら、カミラ様はスノード侯爵家の策略に嵌っていると思うのですが」


「ああ。スノード侯爵家の甘っちょろい策略にまんまと嵌り、思惑通り喧嘩を吹っ掛けているのだ」


私がにやりと笑えば、従者は呆れたように頭を抱える。


「どうしてお止めにならないのです……」


「自ら喧嘩を吹っ掛けているつもりなのに、実は策略に嵌っているところがなんともカミラらしくて、愛らしいだろう?」


そんなカミラを見ていたくて放置していたと言えば、従者は「そんなもの楽しまないで下さい」と呟いて更に頭を抱えた。


「まあ、でもそろそろ頃合いだな。次にカミラが言い争うことがあれば、私が直々に止めに行くから安心しろ」


「是非そうしてください。よろしくお願いしますよ、殿下……」


ため息を吐きながら部屋を出ていく従者を見送り、私は再び調書に目を向ける。

スノード侯爵家の企み自体は全く大したものではないが、そこに書かれている内容をカミラが信じて喧嘩を吹っ掛けたのならば、それを愛しく思うと同時に、少々不服でもあった。


「さて、どうしてくれようか」


ただ止めるだけではつまらない。

色々と思案し始めた私は、処理しなければならない書類を捌きつつ、どのように対応すればカミラが一番愛らしい顔を見せるのか、じっくり考えを巡らせることにした。





「何度も言っておりますが、フェリクス様の婚約者は私です。フェリクス様にお会いするのなら、まずは私を通して下さいませ」


「嫌だわカミラ様。あなたはただの婚約者でしょう?フェリクス殿下に会うかどうかを決める権利はないと思いますが?そうやって婚約者であるカミラ様が好き勝手していたら、フェリクス殿下の品位も落ちてしまいます」


「なんですって!?」


「品位を落とすようなことがあれば、また上位貴族の方々に嫌われますわよ。……再び毒を盛られないよう、お気を付け下さいませ」


カミラがスノード侯爵令嬢と鉢合わせになりそうだと従者に言われ、言い争いになる前にどうにかしてください!と泣きつかれたのは、つい先ほどのこと。

廊下の端から漏れ聞こえる争いの声に、従者は「間に合わなかったか……」と額に手を当て天を仰いでいる。

間に合わなかったのは、鉢合わせることを望んでいた私が、わざともたもたしていたせいなのだが……どうやら従者は気がつかなかったようだ。

長年私に仕えているが、こいつもまだまだだなと密かに思う。


そうして従者から、どうにかしてくださいねと涙目で訴えられた私は、こくりと神妙に頷いてみせ、カミラたちの元へと向かった。


廊下を渡り、突き当りを曲がった少し先に、カミラの後ろ姿とスノード侯爵令嬢、そして狼狽える侍女たちの姿があった。

一触即発な空気が漂い、カミラとスノード侯爵令嬢は睨み合っている。


「カミラ。何をしている?」


私が声をかけると、カミラはビクリと肩を震わせて勢いよくこちらを振り返った。

そして、悪事が見つかった子供のように挙動不審に狼狽している。


「フェ、フェリクス様!ど、どうしてここに……」


「王宮が私の住まいだからな。大体はここにいる」


「ち、違います!そういうことではございません!いつもは執務室にいる時間だったと思いますが?」


「カミラの楽しげな声が聞こえてきたから、こうして会いに来たのだ」


そう言いつつ柔和にカミラへ微笑むと、カミラは一瞬で顔を赤くしてそのまま固まった。

相変わらずカミラは私の微笑みに耐性が無いらしい。

照れているのか真っ赤な顔で口をあわあわとさせるカミラは、小動物のような愛らしさがあった。


とりあえずカミラを大人しくさせた私は、カミラの後ろにいるスノード侯爵令嬢へ目を向けた。ご令嬢は頬を染め、うっとりとした表情でこちらを見ていたが、私と目が合うとあざとさを含む表情に変わり、にっこりと微笑みかけてきた。


「確か、スノード侯爵令嬢の……」


「フェリクス殿下、ご機嫌麗しゅうございます。スノード侯爵の娘エミリアと申します。殿下とお会いできて、大変光栄ですわ」


流石侯爵家の娘と言うべきか。

エミリア嬢は完璧なカーテシーを披露した。佇まいの美しさはカミラに劣っていないようだ。

今は固まっているカミラだが、同じく侯爵家の娘なので、貴族令嬢としての所作は見惚れるほどに美しい。そのカミラの所作にも劣っていないところを見ると、彼女も幼い頃からかなり作法を教え込まれたのだろう。


「エミリア嬢。本日はどうして王宮へ?最近頻繁に来ていると耳にしたのだが、何か用事でも?」


「用事というほどではございませんが、最近父の付き添いで王宮に足を運んでおりますの。父は宰相のレスター様とお話があるみたいですから、レスター様との話が終わるまでこうして王宮内を散策しているのです。…………ですが、私がここに来ると必ずカミラ様がやってきて、不満げに理不尽な忠告をされて困っておりますのよ」


エミリア嬢は仰々しいほど悲痛な面持ちになると、ちらりとカミラを横目でみた。

私の微笑みで固まっていたカミラだったが、エミリア嬢の言葉に我に返ると、目尻を吊り上げ彼女を睨む。


「理不尽だなんてとんでもない!私は王宮内を勝手に歩き回るべきではないと注意しただけです!」


「あら!王宮を散策する許可はレスター様から頂いておりますわ。父とレスター様の話し合いが終わるまでは自由にしてよいと!ですから、カミラ様から注意を受ける謂れはございませんのよ?」


ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべ、エミリア嬢はカミラを嘲笑った。

先程まで猫を被った様子であったのに、カミラの調子に釣られたのかエミリア嬢の性悪さが垣間見える。


「それなら、庭園の方へ行けば良いでしょう?わざわざフェリクス様の執務室付近をウロウロと!あわよくばフェリクス様と接触しようという魂胆が見え見えだわ!何度も言っておりますが、フェリクス様に会いたいのなら、婚約者である私に話を通していただかないと!」


「先ほども申し上げましたけれど、いくら婚約者であろうとそんな権限ありませんよね?」


きゃいきゃいと再び口喧嘩を始めた2人に、従者が「殿下、止めてくださいよ!」と目で訴えかけてくる。

そんな困った目を向けられると、しばらく傍観していようかという気持ちが湧き上がってくるのだが……時間が勿体ないのでそろそろ2人の諍いを止めることにした。


「落ち着け2人とも。城内を散策することに関しては、本来ならカミラの言うとおり、あまりウロウロされると困るのだが……しかし宰相から許可がおりているのならばエミリア嬢に落ち度はない」


私の言葉に、エミリア嬢はにんまりと満面の笑みを浮かべた。

カミラは私の言葉が気に食わないのか、悔しそうに顔を顰めている。どうやらかなり機嫌を損ねているようだ。


「宰相のレスターが何故そのような許可を出したのかは触れないが、王族以外立ち入れない部屋もあるから、そういった部屋には近づかないよう気を付けてくれ」


「はい、もちろん気を付けますわ」


「では、私はカミラと話があるのでここで失礼させて貰う」


そう言ってカミラを見れば、ぎくりと肩を震わせて顔を青くしている。

恐らく私に呆れられたと不安に思いつつ、今回の行動を注意されるとでも思っているのだろう。

しかしそう思われることこそ心外だ。

カミラはまだ私を理解していないのだと、何とも言い難い沸々とした気持ちが湧き上がる。

そうして気持ちを燻らせていると、エミリア嬢が慌てて私に声をかけてきた。


「お待ちください、フェリクス殿下!」


「……なんだ?」


絶対に私を引き留めるだろうと予想していたが、案の定だと内心思う。私は何も知らないふりをして、エミリア嬢に返事をした。


「実は最近、我が領地で様々な鉱石を採掘できる場所が見つかったのです。そのことを是非フェリクス殿下のお耳に入れておきたくて……」


「ほう……それで?」


エミリア嬢の言葉に、カミラがピクリと反応するのが見えたが、私は敢えて話の続きをエミリア嬢へ促した。


「まだ詳細な調査はこれからですが、恐らく稀少石であるブルーダイアモンドも見つかるのではないかと言われております。国内は勿論、他国でも取引をしたい者は多く現れるでしょうし、きっと国を上げての大事業となるだろうと、父もレスター様と話を進めてる最中ですの」


「それは素晴らしいな。国益となる事業となればスノード侯爵家の功績は多くの民に賞賛されることになるだろう。お父上には是非完遂して頂きたい」


「もちろん父もそのつもりですわ!上位貴族として国の為、ひいては国民の為に最善を尽くす所存です。ですが、そうしますと……」


エミリア嬢はそこまで言うと、気まずそうな表情を作りカミラをちらりと横目で見た。

カミラはエミリア嬢の視線を感じ、苛立たしげにそっぽを向く。

彼女が何を言おうとしているのか、色々と察しているのだろう。


「その……我がスノード家が功績を挙げますと、カミラ様の家名であるサマセット侯爵家の名を掠めさせてしまい、上位貴族のバランスが崩れてしまうのではないかと危惧しているのです」


「どの貴族が名を上げようと、サマセット侯爵家の功績自体は変わらない。エミリア嬢の杞憂であろう」


「……果たしてそうでしょうか?」


手を胸の前で組み、エミリア嬢は憂いに満ちた瞳を向ける。


その瞳をもつ者を、私は過去何度か目にした覚えがある。

憂いているようでそうではない、正義を信じ己を正しいと疑わないその瞳は、ある意味傲慢さを含んでいるように思う。最終的には、その傲慢な思いが見え隠れして、多くは自滅の道を進むのだ。


「何が言いたい?」


「サマセット家の功績自体は変わらなくても、我がスノード家が名声を得るのは事実です。そうすれば、他の貴族や国民は何を考えるでしょう?恐らく、同じ侯爵家で立場も近いサマセット家と我がスノード家を比較し評価するでしょう。そしてそれは娘である私やカミラ様に対しても同様。悪評の立つカミラ様が未来の王太子妃であることと、私が王太子妃になった場合を比べ、どちらが相応しいかを憂う者が多く現れるのと思うのです……」


つらつらとご高説を垂れていたが、つまりはカミラより自分が王太子妃に相応しいと言いたいようだ。


「つまり、エミリア嬢は自分を婚約者とするように考えなおせと言いたいのか?」


「そうは言っておりません……ただ、今回父が功績を挙げた時、毒殺されかけたカミラ様よりも、私の方がフェリクス殿下に相応しいのかもしれない……と、ちらと考えたものですから。それに、最近カミラ様が王太子妃に相応しいのかといった疑問の声も再び増えてまいりましたし、先程も私に謂れのない忠告をしてきたりと自分本位な行動は少々目に余るものがございます。婚約者の行動によってはフェリクス殿下の品位を大いに下げてしまいますから、私心配しておりますの」


殊勝なことを言っているようで全くそうではない言い分に、疎ましい気持ちが湧き上がる。婚約者にしろと言ってるようなものではないかと思ったが、言ってもエミリア嬢はそれを否定するのだろう。

カミラはエミリア嬢の話を、嫌悪を前面に出した憎々しげな表情で聞いていた。

けれど、一切エミリア嬢の話に口を挟まなかったのは、「人の話を遮らない」という貴族令嬢としてのマナーを律儀に守っているからだと知っているので、妙な所で真面目だな、と私は心の中で笑いを零した。


「色々とエミリア嬢には考えがあるようだが……まあそうは言っても、私の婚約者は既に決まっているし、変えるつもりもないからな」


私の言葉に、エミリア嬢は憂いを一層強くした。

自分の言っていることが余程正しく、それを理解しない私を哀れにでも思っているのだろう。


「フェリクス殿下。よくよくお考えになった方が良いと思いますわ。上に立つ者の資質を考えた時に、どちらが国のためになるのか」


「どう考えようと、私の考えは変わらない」


「……もしかして、カミラ様と婚約破棄をした後に批判が起きることを危惧していますか?それなら大丈夫です!相手に非がなく婚約破棄をすれば批判は起きるでしょうが、カミラ様には色々と悪評がありますから。国民や上位貴族たちも納得致します」


「くどい。考えは変わらないと言っている」


少々強い口調でそう言えば、エミリア嬢はぐっと言葉を詰まらせて、若干怯んだようだった。だが、それでも諦めるつもりはないのか、少しばかり間を空けて、エミリア嬢は再び口を開いた。


「フェリクス殿下は冷静で合理的な考えをする方だと思っております。けれど、どうして婚約者に関しては不合理な考え方をなさるのですか?国益や評判を考えればどちらが王太子妃に相応しいのかなんて明白でしょうに」


不満を隠し切れない様子のエミリア嬢に、私はふっと口元を緩めさせた。

国益を仄めかせば、私がカミラとの婚約を破棄するだろうと考える者は案外多く、今まで何度そういった質問をされたか分からない。

スノード侯爵の調書に書かれていた企みも、実のところそういったものだった。


国益を仄めかし、最近大人しくしているカミラの評判を落とした上で、私がカミラに失望するように仕向け婚約破棄を画策していた。

事業で功績を挙げるだけでなく、娘が王太子妃ともなればスノード侯爵家は確実に名声を得られるとでも思ったのだろう。

カミラが婚約者であることに不満を持つレスターと共謀し、エミリア嬢を私に近づけさせ、カミラをわざと挑発したのだ。

しかも、わざわざ「エミリア嬢の方が婚約者に相応しい」などという噂まで流し、カミラの不安まで煽ってまで。


「お前たちが何を画策しているかは、大体把握している。しかし、何故その画策では、私が国益のためだけにカミラと婚約していると考えられているのか、不思議でならない」


「それは……違うと言うのですか?」


私の答えが意外だったのか、エミリア嬢は怪訝な顔を浮かべた。


「違うな。国益の為だけにカミラと婚約を続けているわけではない」


「「え……?」」


そう断言すると、何故か驚きの声が二重に上がる。

声がした一方を見ると、カミラが驚いた表情を浮かべ私を見ていた。

前回カミラには婚約の理由を伝えたはずなのに、まだ分かっていなかったのかと、嘆かわしい気持ちが湧き上がってくる。


……しかしそれも、疑う余地を残した私が悪いのだ。


「勘違いしたままの者がいると私も煩わしくもあるし、結婚の日取りが決まる前にはっきりと明言しておこう」


そう言って私は、前に立つカミラに一歩近づき、その手を取った。

突然のことに驚いたカミラが慌てて手を引こうとするが、私はそれを許さなかった。


「フェ、フェリクス様!と、突然……人前で……!!手、手を離してください」


「カミラにこそしっかりと伝えたいからな。私が国益の為だけにカミラと婚約している訳ではないのだと」


そのまま強引にカミラの手を引いて、優しく手の甲に口づけを落とせば、カミラは全身をリンゴの様に真っ赤に染めた。


「カミラ。私はカミラを愛しているからこそ婚約者に選んだのだ」


正確に気持ちが伝わるように、真っ直ぐカミラの目を見てそう伝えれば、カミラは呆気にとられた顔をした。


「そ、それは前に一度聞かせて頂いたので、し、知っております!」


「けれど、カミラは私の気持ちを疑っていたのだろう?スノード侯爵の稚拙な画策に嵌るカミラは愛しかったが、私がエミリア嬢になびくかもしれないと思われたのは心外だった」


私の言葉にカミラはぐっと言葉を詰まらせた。

予知夢の影響なのか何なのか、カミラは未だに私の愛を疑っている節がある。

今回、噂に呑まれエミリア嬢に喧嘩を吹っ掛けたのも、その不安の現れなのだろう。


カミラの手を取ったまま、私はエミリア嬢を振り返った。

エミリア嬢は、私の行動に驚いて、呆然とその場に立ち尽くしている。


「エミリア嬢、理由は聞いてのとおりだ。国益だけを考えればエミリア嬢との婚姻ももちろん考えられたのだろうが、そもそもの前提として私自身がカミラとの婚姻を望んでいるのだから婚約を破棄することは決してない。それに、サマセット侯爵家との繋がりで十分国益も望めると私は考えているし、カミラの評判については……まあ、カミラの自業自得と言えるだろうが、私はそこも気に入っているから、見逃して欲しいところだな」


諭すようにそう言えば、エミリア嬢はしばらく呆然とした後、ぐっと悔しそうに顔を顰めさせた。


「……何故カミラ様と婚約を継続しているのか不思議ではありましたが、まさか好意を抱いていられたとは……父も私も、フェリクス様のお気持ちまでは量れておりませんでしたわね」


先程までの憂いの目はなくなり、エミリア嬢は沈んだ声で口を開いた。

戦意を消失したエミリア嬢は、まるで抜け殻のようだった。


「スノード侯爵の策略に嵌まれず申し訳ないが、今後はこういった無用な諍いを起こすような画策はやめていただきたいと、お父上にお伝え願いたい」


「……はい。そうですわね……。ここまで気持ちを前面に出されては……私が惨めなだけですし」


「鉱石については私も期待している。できる限りの支援はすると約束しよう」


「…………ありがとうございます。父も喜びますわ」


生気のない声で礼を言い、あからさまに気落ちしたエミリア嬢は、大きな溜息を吐いた後、私に力のないカーテシーを披露した。

そうしてそのまま後ろを向くと、侍女を引き連れとぼとぼとと、この場を立ち去っていった。




————そうして、エミリア嬢の姿が見えなくなった頃。


「…………さて、カミラ」


「……っ!」


改めて私が声をかけると、その声色で何かを察知したカミラは、ビクリと体を震わせて私から距離をとろうした。けれど、先程からカミラの手を取っていた私は、それを許さずカミラを自分の元へと連れ戻す。


「何故、距離を取ろうとするんだ」


「い、いえ。何となく嫌な予感がしましたの」


そう言って引きつった笑顔を浮かべるカミラに、なかなか勘が鋭いじゃないかと私は内心ほくそ笑む。


「何を言う。今回の件でカミラを不安にさせたことを、私は反省しているんだ。改めて謝罪させて欲しい」


「そんな……!フェリクス様が反省することなど何もありません!フェイルクス様がもしかするとエミリア様に気持ちが傾いてしまうかもと、疑ってしまった私が悪いのです」


私の反省の言葉を、カミラは慌てて否定した。

やはり疑っていたのだなと、燻っていた気持ちを煽られるが、表面上は何ともないふりをした。


「いや、カミラは何も悪くない。疑う余地を作ってしまった私の落ち度だ。もっとカミラが安心するように愛を伝えなければならなかった」


真摯な表情でそう告げると、私はそっとカミラの手を両手で包み込んだ。


「カミラ、愛している」


「……!!」


見開かれたカミラの瞳に、カミラだけを見つめる私の顔が大きく映し出される。


「傲慢だと言われる性格も、感情のまま行動するその素直さも」


「……!!!」


「どんなカミラであろうと、私はカミラの全てを愛している」


「〜〜〜も、も、もうわかりましたから!それ以上は結構です!」


なんども愛を囁けば、カミラは顔を赤くして、私から大きく視線を逸らした。

動揺のあまりふるふると体を震わせるカミラに、私の心は満たされていく。


けれど、まだこれで終わらせるわけにはいかない。


「いや、まだ伝え足りない。そもそも今回の件を耳にしてから、どうすればカミラが私の愛を疑わずに済むのか、私なりにじっくりと考えたのだ」


「へ?」


素っ頓狂な声を上げ私を見上げるカミラに、私はにやりと口を緩ませた。


「今日みたいなことは今後も何度かあるだろう。この程度の愛の囁きでは、またカミラが私を信じられなくなるだろうからな。そうならないように、十分に私がカミラを愛していることを伝えておかなければならない」


「い、いえ。あのフェリクス様。私、十分理解致しましたわ」


「いや、遠慮などするなカミラ。その不安が消えるまで、今日はたっぷりと愛を囁き続けよう」


「そ、そんな、お時間を取らせる訳には……」


「ああ、時間ならたっぷりと用意したから安心しろ。なんせ今日の日のために、既に明日の分の執務まで全て終わらせてきたからな」


「明日の分の執務を終わらせたって……きゃっ!」


言葉を言い終わらないうちに、私はカミラを抱き上げて、逃がさないよう抱え込んだ。


「さあ、カミラ。今からたっぷりと私の部屋で愛を語らおうじゃないか」


そう言って、至近距離で微笑めば、カミラは全身を赤くして動揺で口をパクパクさせた。


「ちょ、ちょっとお待ちください!!フェリクス様!!十分に愛は伝わりましたから!!

大丈夫ですから!おろ、下ろしてくださいませ!!」


涙目になりながら、じたばたと暴れるカミラを抱え、私はそのまま廊下を歩き出す。

助けを求めて従者に手を伸ばしたカミラだったが、従者は諦めて下さいと、首をぶんぶん横に振った。


カミラが私以外に助けを求めたことにまた一つ燻りを覚えた私は、予定よりもじっくりと愛を教え込む必要があるなと、密かに心に決めたのだった。



————数日後。


王太子殿下はあの問題児のカミラ様を溺愛しているらしいという噂が広がり、国益だなんだと私に別の婚約者を宛がおうとする者は少なくなった。

レスターにもそれとなく笑顔で釘をさしたので、この一件以降、妙なことに協力はしていないようだ。

効果があって良かったと、私は充足感に満たされている。


ただ、そうなると必然的にカミラが喧嘩を吹っ掛ける機会も減り、カミラにしては随分大人しい日常を送っているようなのだが……それはそれで物足りなくもある。


「カミラ、最近は妙に大人しいな。また私の愛を疑って、ご令嬢たちとやり合っても良いんだぞ?」


私の部屋で紅茶を飲むカミラにからかうようにそう言えば、カミラは頬をぷくりと膨らませ、じと目で私を睨んできた。


「もう十分信用しておりますから、結構です!」


「なんだ、それは残念だ」


また一日中愛を囁こうと思ったのにと意味ありげに微笑えば、カミラは目をぱちくりさせて、顔を真っ赤に染めていく。


「愛らしいカミラの顔を見れて、私は楽しかったんだがな」


「楽しまないでください!……そ、それに……囁くならいつだって、私は別に……構いませんし……」


最後の方は聞こえないくらい小さい声で、可愛い我儘を呟いたカミラは、耳まで真っ赤にして俯いている。


その様子が何とも愛しくて、ちらちらと様子を伺うカミラの耳元で、私はお望み通り愛を囁くことにした。

宜しければ、評価をよろしくお願い致します。

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