悪役令嬢は死の間際に何を想うのか?
悪役令嬢が裁かれる直前の独白です。
「この者、ディアナ・ウェルズ"元"侯爵令嬢を絞首刑に処す!!」
処刑執行人の声が街の広場に響き渡った。
どうやら私の処刑が始まるようだ。
絞首刑台の周りには多くの民衆が集まり、歓声を上げる。
「殺せぇぇッ!」
「早くしろぉ!」
「この人間のクズが!」
民衆は罵声と怒号を私に浴びせる。
余程私に死んでもらいたいようだ。
私は絞首刑台の少し高い位置から広場を見下ろす。
民衆の中にふたりの貴族の男女がいた。
男は私がかつて愛した人、この国の皇太子。
女は私から愛した人を奪った下級貴族の令嬢。
「これは君が招いてた罪の結果だ...甘んじて受け入れてくれ」
皇太子は私に憐れみの眼を向けながら言った。
「こんな事になり残念です...。もっと他に道はあった筈なのに!」
令嬢は涙を目に浮かべ私に訴えた。
どうして、こうなってしまったのだろうか。
私はぼんやりと考えた。
「では執行を行う!罪人よ!最期に言い残す事はあるか?!」
執行人は私に問う。
「なにも...」
私は短く答えた。
その後、執行人は私の首に縄をかける。
「では死刑執行!」
その声と共に、私の足元の床が抜けたのだった...
「お嬢様...このような所で寝ていては風邪を引きますよ」
この侯爵家の唯一の使用人であるアベルが言った。
彼の幼さが残る端正な顔立ちと黒い綺麗な髪が私の視界に入る。
「ありがとう」
私はアベルに礼を言った後、自室に戻り眠る。
私は侯爵家の一人娘、ディアナ・ウェルズ。
この国の皇太子の婚約者だ。
始めは政略結婚だった。
私の父、ウェルズ侯爵は成り上がりの貴族だった。
元は聡明で誠実な人だったらしいが、今は見る影もない。
今では名声と権力を欲する怪物と成り下がってしまった。
私は父に幼い頃より、皇太子と結婚させる為に様々なことを叩き込まれた。
学問、音楽、芸術、帝王学、そして殿方の夜の相手。
子供だった私にとってその日々は地獄に他ならなかった。
だが、いざ皇太子を一目見た時、私は不覚にも恋に堕ちた。
「綺麗な髪ですね」
彼の何気ない言葉が私には宝物だった。
しかし、私の麗しの王子様は去ってしまった。
彼は私よりも遥かに美しく、優しく、純心な彼女の元へ行ってしまった。
そして私は嫉妬に取り憑かれた。
私は皇太子に振り向いて欲しくて。
ただ振り向いて欲しい一心で彼女を苦しめた。
彼女にとっては苦しみと痛みの日々だっただろう。
そうすれば、皇太子の元から去ると思い、私は彼女を追い詰めた。
しかし、彼女は屈しなかった。
あまつさえ、私に立ち向かったのだ。
「私には貴女の気持ちがわかりません。だけど友達になればきっと分かり合えるはずです」
彼女は私に、そう言い救いの手まで差し伸べた。
だが私がその手を取る事は決して無かった。
それどころか、その心の在り方に嫉妬して私は彼女の大切な人たちを殺してしまった。
「これで良かったので?」
血に塗れたアベルが私に問いかける。
その手には剣が握られており、美しい死神のようだ。
彼は元々、闇の世界で生きる人間だった。
しかし、仲間に裏切られ、死にかけていた所を私が気まぐれで救った。
それからは私の従順な僕となった。
「貴方までそんな事いうの?」
私は冷たく言い放つ。
「いえ、しかし...」
アベルが言い淀む。
「泣いてるように見えましたので...」
そう言われ自分が涙している事に私は気づいた。
そしてアベルが私の涙を掌で拭う。
「大丈夫です。僕はいつまでもお嬢様の味方ですから」
アベルは子供ような笑顔で私に言った。
それからの日々は血に塗れていた。
だが結局は何も上手くいかず、皇太子は彼女と結婚する事に。
そして私の悪事は白日の元に晒された。
父はその日に自害した。
よってウェルズ侯爵家はお取潰しとなり、私は全てを失ったのだ。
今思えば、どこで間違っていたのだろう?
どうすれば良かったのだろうか?
父の元から逃げ出していれば、彼女の手を取っていれば、皇太子を好きにならなければ...
いや、考えても無駄な事だ。
結局、私はいずれ道を踏み外していただろう。
もう疲れた...
少し休む事にしよう。
私は束の間の夢を見終わると死が訪れることを待つ事にした。
...いつまで経っても首に縄が食い込む感触がない。
不思議に思い眼を開ける。
「お嬢様...このような所で寝ていては風邪を引きますよ」
聞き慣れた声がした。
そこにはアベルがいたのだ。
「どうして?」
アベルはにっこりと笑う。
「言ったでしょ?僕は味方だって」
気づけば首の縄は切られていた。
横にいる執行人は地面に倒れ、血塗れになっていた。
民衆の困惑する声が広場に拡がる。
「侵入者を捕らえろ!」
広場にいる兵士たちが駆け寄ってくるのが見えた。
私はアベルに視線を向ける。
彼は傷だらけで、至る所から出血していた。
ここまでの道のりは決して楽ではなかったことを容易に想像させる。
「では行きましょうか」
アベルは私を抱えて逃げ出す。
まるで御伽噺にある魔王に攫われたお姫様を助ける勇者のように。
「お嬢様はこれから自分の人生を生きて下さい。他の誰でもない、貴女の人生を...」
街を駆け抜け、気づけば人の気配のない森の中にいた。
「でも、どうか...その貴女の人生のお側に、僕の居場所があると嬉しいです」
そう言うとアベルは私に口付けをする。
私の眼からは涙が溢れる。
私は多くの罪を犯しました。
それでも、どうか神様...今だけは目を閉じて見逃して下さい。
ーーー私は心の中で小さく祈った。
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